水炎の行使者たち

生來 哲学

これからが私達の本当の戦いだ

「諸君には三分以内に終わらせなければならないことがある。分かるか?」

「はい! 分かりません!」

「よろしい、君は失格だ」

 ポチッと教官が手元のスイッチを押す。

「ぁぁぁぁぁあ」

 悲鳴と共に赤毛の少女が突如足下に現れた落とし穴に落ちて姿を消した。

「私は内見に行ったマイホームがあまりにも酷くて指にささくれが出来るほどストレスがたまっている。次にふさげたことを言ったら容赦なく豚箱にぶち込むのでそのつもりで居るように」

 ぱしん、と教官が手にした鞭を鳴らすが声を上げられるものは誰もいなかった。

「よろしい。では、ミッションを説明する。諸君等も知っての通り、現在我々は危機的状況下にある。すべてを破壊しながら突き進むバッファローの群れによる破壊災害である。

 我が国が誇る特殊能力部隊である諸君等にはかのバッファローの群れの討伐を行ってもらう」

 教官の言葉に居並ぶ隊員達に動揺が走る。彼らは十代の学生集団だ。この超能力学園で生まれついての特殊能力を見込まれて超能力を開発されてきたある種のエリート集団だが、これが初の実戦。しかも軍隊ですら壊滅させたかのバッファローの群れが相手。厳しい戦いが予想された。

「さて、作戦の要となるのが当代最強の炎使いの穂村蛍。君の能力が――いないようだが?」

「さっき落ちていきました」

 教官は無言で手元のスイッチを押した。質問に答えた青髪の少女が作戦室から姿を消す。

「仕方ない。では残った諸君等で討伐ミッションを行う。

 これは主命である。決して失敗の許されぬミッションだ。

 全力で取り組め」

 かくて人類史に残る最大の決戦が始まることとなる。




「いやぁ、まさか本部から来た教官があんなに話の通じない人だったなんてね。ちょっとジョークで和ませようとしただけなのに」

 光のない独房で赤毛の少女――穂村蛍が寝転がりながらぼやく。

「あなたはいいわよ。私は事実を述べただけで落とされたんだけど」

 対面の独房で壁にもたれかかりながら青髪の少女――水原みずはら真凪まながため息をつく。

「作戦はどうなったのかしら。みんな無事だといいけど」

「大丈夫だって! みんなあたし等より優秀なんだし! いけるいける!」

 心配する真凪をよそに蛍は楽天的なことを言う。確かに戦闘力では劣るとはいえ他の子供達もみんな一流の超能力者だそうそう負けるはずがない。

「とりあえず、なんとかなるでしょ」

 などと言ってると独房にぶんっと通信画面のホログラムが浮かび上がった。

『作戦は失敗した。部隊は全滅だ』

全滅じぇんめちゅ!?」「うそん

 蛍と真凪が同時に声を上げる。

「ちょちょちょちょ、教官! 何があったんですか!」

「いやいやいやいや、あれだけの人数集めて何やってたの?」

 真凪と蛍がそれぞれ質問を投げかけるが通信画面に映る教官は遠くを見る目をして応えない。どうやら一方向通信であり、蛍たちの声は聞こえないようだった。

『あれは我々人類には過ぎたる存在だったのだ。間もなくこの学園もバッファローの群れによって破壊される。総員、即時この学園から撤退せよ』

「教官のアホ~!」

「いいからココを出るわよ!」

 かちゃっ、と開いた独房の扉を蹴り飛ばして蛍と真凪は地下牢を脱出――しようとしたが時既に遅し。

ぶもぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ

 雄牛の嘶きと共に地下室が激震する。聞こえてくる破壊音、悲鳴、崩壊音、そして――。

「……止まった」

 嫌ほど静かになった地下牢に蛍の言葉が響く。

「行きましょう」

 地響きで地下牢に伏せていた真凪が立ち上がり、同じく伏せていた蛍の手を取る。

 目に飛び込んできたのは地平線だった。

 あまりにも何もない光景に認識が追いつかない。

 学園は首都の中心部にあったはずである。にも関わらず、視界には文明の痕跡は映らず、ただただ荒野だけが入り込むのみ。

 すべては破壊されたのである。




「いや! まだだっ!」

 蛍の叫びと共に爆音と共に火柱が立ち上った。

 途端、再び地響きと共にバッファロー達の雄叫びが聞こえてきた。

「蛍!?」

「やるんだよ、真凪! 私達で。レッドスネークcome on!!」

 蛍の叫びと共に地下から巨大な蛇型ロボットが出現する。

「私達を海に!」

『あぎゃあ!』

 いい返事と共に巨大蛇型ロボット――レッドスネークは蛍と真凪を丸呑みして荒野を疾走した。背後から真っ赤な巨大蛇を追いかけバッファローの群れが迫る。だがなんとかレッドスネークの方が速度が速いようだった。

「やるのね、本当に」

「当たり前っての。私達が揃って出来ないことなんてない」

 不安に震える真凪の手を蛍がぎゅっと握りしめる。不思議と真凪の震えはどこかへと消えていった。

ざぱんっ

 レッドスネークが太平洋にダイブする。

「この辺でいい! 浮上して!」

 レッドスネークは海岸から約1kmの地点で浮上し、口をぱかっと開ける。

 レッドスネークの開口部から蛍と真凪が身体を乗り出し海岸を見据えた。

 地響きと共にバッファローが海岸に迫る。

 やがて、地響きが消失した。

 バッファロー達は宙を駆け、一直線に海岸に浮かぶ蛍たちを目指す。

「今!」

 蛍が海面に巨大な火炎球を叩き込んだ。

 ぼこんっ、と海面に大きなへこみが出来、ぐんにゃりと海面がたわむ。

「真凪!」

「――分かってるわ」

 真凪が海面に触れると海面のたわみが更に加速化し、大きな高低差を生む。

 海面の歪みが大波を産み、やがて津波を発生させる。

 更地となった、かつて人の住む都市があった海岸へ大海嘯だいかいしょうが襲う。文明をも滅ぼす巨大な波を――しかしすべてを破壊して突き進むバッファローの群れの前には無力だった。

 波の力を破壊し、海に空洞を開けながらなおも突き進む。

「そんな――!?」

 悲鳴を上げる真凪の横で蛍が沈降していくバッファローの群れを静かに見つめていた。

 それまで空を走っていたバッファローは津波と激突したことによりその進路を斜め下――海底へと変えていた。

 学園での研究によれば、あのバッファローたちは攻撃を受けた場合、最も強い攻撃に対して進路を変えて突き進む修正がある。あのバッファローたちは今や海を攻撃対象として海底へ海底へと突き進んでいた。

「すべてを破壊するバッファローに破壊できないものはない。でも、そのエネルギーには限界があるはず。この地球の七割を締める海という巨大な質量の全てをあのバッファロー達に破壊しきれるはずがない」

 長大な海底トンネルを作りながら突き進むバッファローの群れであったが、やがて破壊が追いつかなくなったのかその動きは鈍っていき、やがて母なる海に圧し潰され、動かなくなったとレッドスネークのコンピューターが報告をした。

「……終わったね」

「だね」

 静かになった海で蛍と真凪が見つめ合う。

「これからどうしよう?」

「とりあえず、なんとかなるでしょ」

 真凪の手を蛍の温かい手が包み込んだ。

「そうね」

 かくて人類史に大きく刻まれる戦いは終わりを告げた。

 その後、彼女たちの姿を見た者はいない。



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