俺をボッチにした癖に、ヤンデレ幼馴染が俺の戸籍を狙ってくる

黒味缶

俺をボッチにした癖に、ヤンデレ幼馴染が俺の戸籍を狙ってくる

 高校生活早々、俺はボッチになっていた。それもこれも、全て今俺の目の前にいる女のせいである。


「ねえ、りゅーくん?」


 かつては夜空の星より綺麗だった瞳。今は油を流したドブ川のように、瞳を濁らせつつギラつかせている。

 そいつは、俺の顔を下から覗き込みながらありえないことを口にした。


「とりあえず、結婚しましょう?」


 その手には、記入済みの婚姻届けがあった。


「断る!」


 婚姻届けを破り捨てながら明確に断るが、やつは残念そうな素振をしながらも視線だけはこちらから外さない。しばらく会わないうちにこいつは、山岡やまおかみさきはわけのわからない存在になってしまった。

 なんなら今の俺にわかるのは、入学早々滅茶苦茶周囲から恐れられて友人が一人もいない原因が、この女にあるらしいという事だけである。




 岬と俺の出会いは、10年前にさかのぼる。小学一年生の二学期にやってきた転校生が岬だった。

 物珍しい存在として扱われた岬は、おとなしい女の子だった。人との対話が苦手なのは傍から見てもわかったから、その時はただの同級生として過ごしていた。

 互いに名前と顔は一致する程度のクラスメイト。その関係が変わったのは、翌年の運動会のあとだった。


 すでに引っ込み思案であることが知られていた岬は、50m走でドベになったことで上級生のいじめの対象になった。他にもドベをとった奴は沢山いたのに、その中でも大人しいから何をしてもいいと思われてしまったらしい。

 俺がそれに気づいたのは偶然だった。生き物係として学校で飼っているウサギの小屋のチェックをしている時に、小屋の裏側で岬をイジメている現場を見つけてしまったのだ。


「あーっ!いけないんだ!!イジメてるー!!」


 すぐさま持ち前のデカい声でそいつらのやっていることを客観的に言ってやったら、そいつらは逃げ出した。

 取り残されて半泣きだった岬にも、落ち着かせるために声をかけた。


「おれ、かこまれてたのしか見てねえから。やまおかのぱんつ、見てないからな」

「……そ、そう……ありがとう……」


 本当は見えてた。でも見たと言ったら傷つけると思ったから、見てないと言った。……今思えば最初からその辺の事はバレていたと思う。この言動でバレてない方が不思議だろう。

 ともかくそれ以降、俺は勝手に岬のボディーガードをやることにした。心配だった。本当は見ちゃったことに対する罪滅ぼしの気持ちもちょっとあった。

 とはいえできる事と言えば、同じ遊びに誘ったり、上級生に連れ去られないようにしておく……つまりは仲良くなる事ぐらいのもの。それでも効果はちゃんとあった。

 してやられた上級生が俺を怖がらせようとしたこともあったが、俺に怖いという気持ちはなかった。この辺は祖父が武術関連の講師をやってたのもある。俺も少しではあるが身を守るための心得があった。

 仮に暴力を振るわれてもやり返せるという自信を醸し出す俺は、相手には関わっても損になる相手として映ったようだ。俺がそばにいることで、上級生によるイジメていいおもちゃとしての岬への執着は、次第に見なくなっていった。

 そうしているうちに岬も俺に懐いてくれたし、俺も岬の事を憎からず思うようになっていった。


 情緒の成長につれて関係を揶揄われる事も増えていったけど、小学校高学年になるころにはもう俺と岬は不可分の親友になっていた。

 岬は頭が良く、俺が勉強で詰まっている時は優しく教えてくれた。そういう時にはお礼として、俺が知っている簡単な護身を教えたりもした。


「逃げちゃうのが一番だけどな」

「……逃げれるかなぁ?」

「ま、逃げるようなことがある前に俺が追い返してやるけどな!」


 明確に言う事はなかったが、好きな子に良いところを見せようとしていた部分も結構あった。

 岬の方がそういう情緒は早く育っていたはずだけど、俺が不器用に隠すのを見てか彼女から指摘してくるようなこともなかった。

 互いに、互いが大事なのをわかっている。伝えなくてもいつかはと思える……そんな関係は、半ばで途切れることになった。


「ねえ、りゅーくん。おじさんが言ってたこと、本当?」

「ああ……ごめん、岬。ずっと守っていたかったけど、引っ越さなきゃいけなくなった」


 引っ越しの理由は両親の離婚。

 うちの場合は母の有責だったそれを理由に、俺は父と一緒に父の実家のある方に引っ越すことになった。


「ねえ、手紙、出すよ」

「ああ、頼むよ。俺も返事できるだけ早く出す。俺がスマホ買ってもらえてたらアプリとかで話せたりもしたんだけどな……そういうのに使うお金を母ちゃんが使っちゃったらしくって」

「りゅーくんやおじさんは悪くないよ。君が引っ越さなきゃいけなくなるとは思ってなかったけど、おばさんのことは噂になるぐらいだったから。でもお手紙は出せるよね?」

「うん」


 身内の恥を好きな女の子にも知られている、というのが恥ずかしかったのは覚えている。

 俺は、岬の事が大好きだった。下ネタの内容もまだまだ小学生らしいもので、欲らしい欲がまだ芽生えていなかった、幼い恋心だった。




 そうして時を経て、岬があのあたりの公立高校に進学すると聞いた俺は、親父と祖父母の了承を得て同じ高校を受験した。


「その結果再会した岬が激ヤバ女になってるとは思ってなかった……」


 校舎裏でのボッチ飯。日常となってしまったこの状況にも、岬の様子にも、憂いしか感じない。

 そもそもなぜ俺が恐れられているのか?進学先の違う小学生時代の友人を何とか探し出して集めた情報によれば、岬が俺がいなくなった後にクソヤバ女と化した上にその状況で俺の事を語りまくったかららしい。

 どういうヤバさかは教えてもらえなかった。話を流したのが自分だと思われたくないとかなんとか。そして出来れば連絡を控えて欲しいとも言われた。悲しい。


「そもそも俺みたいに別の中学から来てる学生もいるはずなのに、せいぜい県内とはいえ全員に岬の名前が広がってるって時点でなんかおかしいな?」

「そうかなぁ~?あ、市外の道場とかでも知られてるからかも?」

「ヒッ」


 いつの間にかそばに来てる!いや、考え事してるからってここまで物音立てない事ってあるか?!


「……あのね?ちょっと反省はしてるの。りゅーくんが来ると思ってなくて、地元では全然セーブしてなかったから……それでりゅーくんの学生生活に影響でるなんて、思ってなくって。地元の話題も、高校生の間大人しくしてれば収まると思ってたし……」


 しゅんとうなだれる岬。見た目はかわいい。順当にあの時好きだった少女が成長すればこうなるだろうという容姿だ。

 でも迫られた時や今みたく近寄られた時に感じる、圧。これがあるせいで、彼女を信用してはならないと本能が警告してくる。

 蛇に睨まれた蛙のように、身を固める。岬は言葉の申し訳なさとは真逆の、熱っぽい視線を俺に絡めてくる。


「本当だよ? だって私、りゅーくんとは高校卒業後の進路を合わせる気だったから」

「そういうのは狙ってたのか」

「うん。自分から会いに行かないとって思ってたから……だからもう会いにきてくれるのは嬉しかったの。すっごく」


 俺の左腕をとり、抱き着いてくる。まだ固い制服の布地を数枚越したところに、たしかな柔らかさを感じる。

 けどそれ以上に気づくべきことがあった。 こいつ、この状態から俺を投げることができる……!


「うふふっ♪気づいた?」

「……護身、使うのか?」

「自己防衛だもん」


 なるほど読めてきた。

 俺という防波堤がいなくなったことは、岬の生活にダイレクトに悪影響を及ぼしていたらしい。それでも一縷の望みをかけて、岬に聞いた。


「そんな奴らからは、逃げたって良い。岬が暴力をふるう必要は無いんだ」

「りゅーくん、私が怖がりなの知ってるでしょ?怖かったんだよ……怖かったんだから……持ってるものを使うのは当たり前じゃない?」


 明確に言ったら「そんなことしていないよ」という答えが返ってくるのを少し期待していた。そんなことはなかった。

 かつては他者を傷つける事にも臆病だった岬は、実力者であることを抱きしめる力で暗に伝えつつも甘えるように言う。


「クズなやつって、沢山いるんだよ?りゅーくんはそういうの追い返す雰囲気あったけど……私は、何度も戦ってわからせて、情報が広まらないと今みたいに落ち着けなかったんだぁ……だから、倒したの。りゅーくんとの思い出のおかげで自分の身を守れるんだって事に縋りながら、沢山倒したの……仕方ないよね?クズなやつが、沢山いたんだもん」


 残りの弁当をかきこむ俺を眺める岬の目は、やはり濁っていた。

 いつの日かキャンプファイヤーの光の中で見た夜空よりも済んだ瞳は、今は絶望と安易な力でドブ川のようになっている。

 ……じゃあ、その上に浮かぶぎらつくものは何か。答えは出せるけど、出したくなかった。だから、一旦かつて見た星より煌めく瞳の輝きはただ失ったのだと思う事にした。


「……それでも、そういう判断をしたこと、周囲に知られるぐらいに何度も人を叩きのめしたっぽい事は褒められないな」

「りゅーくんが守ってくれるなら、もうしないよ? する必要、なくなるんでしょ?」


 濁ったままぎらつく瞳を細めて、岬はどこからか取り出した婚姻届けを俺に差し出す。

 そうする仕草もまるで水の流れのように自然で、まだ成長途中と思わしきふくらみは俺の腕に押し付けられたままだ。こいつ、俺が性欲に流されるのも期待しているな。


「何があってもいいようにたくさん持ってるの♡とりあえずでいいから、私と一緒に居るよってこれに書いて♡まだ学生だし提出はできないけど、それで私安心するから……ねっ?」

「断る。今の岬を受け付ける気はない」

「……そっか」


 今は受けない。今の岬を受け付けてはいけない。俺がいない間に傷つけられた岬を、傷ついた状態でも良いと受け入れてしまうわけにはいかない。

 “とりあえず”だなんて安易な言葉で関係を進めるようになってしまった岬と、“とりあえず”で結ばれたって未来にあるのは悪い状況だけだ。

 正直ちょっと心残りがありつつも、腕に抱き着いていた岬を引きはがす。離されることは素直に受け入れたものの、岬の瞳の様子は一向に変わらなかった。


「でも私、りゅーくんの事諦めないよ? どんな手を使っても、ずーっと一緒にいるから♡」

「……そうか」


 俺と岬の、岬の更生と俺の戸籍を賭けた争いの火蓋が、落とされた。

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