石と老人
高野ザンク
森での邂逅
敷島と、未知子を荷台に乗せた誠一の自転車は、舗装された道から砂利道を通って、目的地である森の入り口まで辿り着いた。とはいえ、切り出された崖の上に鬱蒼とした森があるだけで、歓迎されている雰囲気はない。2台の自転車を砂利道の脇に置いて、三人は森の奥へ注意深く入っていった。
まだ日が高いにも関わらず、木々が多いせいか森の中は薄暗く、そして空気がひんやり感じられる。Tシャツで来るんじゃなかったと誠一は思った。見れば、敷島はナップザックから取り出したウインドブレイカーを羽織っていた。用意深いったらない。
「こんな広い森のどこを探せば見つかるんだ?」
寒さも手伝って、誠一が苛立った声を敷島にかける。
「情報によれば、もう少し先に進めば、目印があるはずだ」
敷島が余裕の表情で返事をする。どうやらいわゆる科学マニアの仲間から、隕石がどのあたりにあるかという情報を得ているようで、迷わず森の奥へ進んで行った。
5分ほど歩いただろうか。先導する敷島が歩みを止めた。誠一と未知子が追いつくと、彼は前方を指差す。そこには「立入禁止」の立て札が置かれトラロープで塞がれてられていた。
「逆に『入ってください』って言っているようなもんだよな」
三人は頷きあって、トラロープを乗り越えて先に進む。しばらくすると、木々が減り、開けた場所に出る。眼前には人間大の石が置いてあった。遠目にはただの石にも見えるが、近づいてみると黒褐色でなにやら禍々しい力を感じる。
「ほら。あったろ」
敷島が嬉々として言う。これこそが目的の隕石だった。
「これ、落っこちてきたままなのかな」
あまりにも無防備に置かれているので、未知子が不思議そうにいった。
「この質量が落下して、周りが無事なわけがない。これは……」
敷島が、軍手をした手で石を触ってみる。
「バラバラだった隕石をひとつに固めたんだ」
「そのとおりだ」
三人の背後から男の声がした。
振り返ると、白衣を着た男がすっと立っている。年齢は五十代後半ぐらいのようにも見えるが、どことなく、それ以上に年齢を重ねているような、老人の雰囲気があった。
「普通、立入禁止の表示を見たら、そこには入らないものだが……」
老人が皮肉気味にそう言って、隕石に向かって歩いてくる。三人は自然と彼から距離をとった。
「見たところ、まだ学生のようだな。自由研究の宿題をしに来たのかもしれないが、ルールは守らんといかんだろ」
老人が教師のような口調で戒めるが、不思議と威圧感はない。どこかこの闖入者たちの存在を楽しんでいるかのようだった。
「あなたはこの教団の人ですか?」
誠一が恐る恐る訊ねる。
「教団……そうだな、まあ我々がやっているのは宗教みたいなものか」
老人は独り言のように答えた。
「外からどう言われているかは知らんが、ここは我々の私有地だ。すぐに出て行きなさい」
「そういうわけにもいかないんだよ」
敷島が老人に詰め寄った。
「俺たちにはこの隕石が必要なんだ。全部とは言わないから、ちょっとわけてもらえないですかね。ほら、その自由研究の成果として」
老人に対抗するように皮肉めかして、そう言った。
「お前はこの隕石にどのぐらいの価値があるか知っているのか」
老人は敷島の目をしっかり見据えて訊ねる。
敷島は彼の視線に怖けず、自分の考えを説いた。この老人が自分と同じぐらい科学を理解できると思ったのか、あるいはできないならできないで言い負かしてやればいいと思ったのか、隕石のもつエネルギーの、その可能性について理路整然と語る。未知子と誠一には全く理解できない内容だが、老人はただ黙ってそれを聞いていた。
「……つまり、この隕石を俺が分析して有効活用できれば、世のため人のためになるってことだよ。研究成果はアンタたちに共有してもいい。そうすれば教団のためにもなるだろう?」
老人は話を聞いている間、敷島から目を逸さなかった。敷島もじっと老人の目を見続けていた。
「なるほど、面白い」
老人は少し笑みを浮かべて、そう答えた。
「お前は普通の人間とは違うようだな。ただ……」
老人は長いため息をついた。
「まだまだ青二才だ」
敷島がそのセリフを聞くと、老人に対して敵意に満ちた表情をした。未知子はもちろん、誠一ですら彼のそんな表情を見たのは初めてだった。
「いいか。なぜバラバラになった隕石をこうやって積み上げたのか。お前にはわかるか?わからんだろう」
老人が厳しい口調で言う。敷島は、理由を考えているようだったが、言葉はでなかった。宗教上の理由、というのが頭に浮かんだが、この老人がそんなことを言うはずがないと確信していた。
「合わせることでエネルギーが培養されるんだよ!つまりこの石は生命体なんだ!」
老人が叫ぶと、そのあまりの大声に森の鳥たちが驚いて一斉に飛び去っていった。森はそのまましばらくざわついていた。
「そんなことが……」
「あるのだ」
老人は敷島の言葉を遮った。
「お前は確かに優秀だ。優秀すぎると言っていい。ただ、まだまだ宇宙のことを知らない。今わかっていることだけで物事を理解しようとするな」
そう言って老人は白衣のポケットから金槌を取り出した。敷島がさっと後ろにさがる。その姿を見て、老人はフッと笑った。
「いまさら傷つけようとは思わんよ」
そう言って、振り返ると隕石の山に向かって金槌を振り上げる。
カキィンと小気味いい音が鳴って、いくつかの隕石が剥がれて地面に落ちた。老人はそのうちの小ぶりな石を拾い上げると、敷島に向かって突き出した。
「持って行け」
敷島はまだ老人を睨みつけていた。ただ、先ほどよりも敵意はない。この老人に、今の自分は敵わないと悟ったのかもしれない。
「今のお前が扱えるのはとりあえずはこのぐらいだろう。卵サイズだけにトリあえずな」
老人は真顔でダジャレを言った。
「半年以上培養していたから、この大きさでもエネルギーは想定の10倍はあると思え」
敷島は大事そうに隕石を両手で受け取り、ナップザックに入れた。
老人は隕石から離れて歩き出した。もう用事は済んだというように。
しばらく歩いて、三人を振り返り言う。
「なんにせよ、お前たちがやるべきことをやれ。そうすれば……」
途端、バサバサバサバサと森の鳥たちが一斉に飛び始めて、老人の言葉をかき消した。それを知ってか知らずか、老人はニヤリと笑うと、また歩き始め、最後には森の中に消えていった。
誠一はあっけにとられて、まだその場に立ちすくんでいた。敷島を嗜めるようにして去っていった男は確かにいたのに、なぜか現実ではないような錯覚を覚えた。ふと隣をみると、未知子も同じように思っていたのか、しばらく呆けたように見えたが、誠一の視線に気づくとこちらを見て、困ったような顔をした。
二人を横目に、敷島は隕石の前にしゃがみこみ、さきほど落ちた隕石の欠片を拾っていた。
「おい、敷島。それ以上持っていっちゃ……」
「いいんだよ!」
敷島が怒声を発する。
「あのじいさん、人を馬鹿にするのもいい加減にしろってんだ。ガキ扱いしやがって」
ブツブツ文句を言いながら、落ちた隕石を拾っては両手でぎゅうぎゅうと固まりにしていく。全部拾い終わると、それは両手よりも大きな卵型になっていた。
「なにがトリあえず、だ。言わせてもらえば、俺にとってのトリあえずはダチョウの卵サイズだよ」
敷島は隕石を突き出して二人に主張する。その姿がやけにこどもっぽく見えて、未知子と誠一は同時に吹き出した。つられたのか、また森がバサバサと音をたてて、二人の笑い声をかき消していった。
石と老人 高野ザンク @zanqtakano
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