サコノエ

正田史

第1話

 何故こんな事になったのだろう。アタシに責任がないとは言わない。だけど、何をすれば良かったのか。

 それすらも、分からない。


 三時間前。

 アタシは友人である新山莎子にいやまさこの家に居た。正確には台所。普段ならこんな不躾な事はしないのだけれど、是非にと請われて仕方無く。

 学校からそのまま来たので、アタシは制服のままだ。

 莎子はといえば、ハンパ丈のスウェットパンツにタイトなカットソーに着替えていた。ふわふわの髪の毛のせいもあってか、子供のように見える。お嬢さん飴はいかが?本人に言ったら素直にありがとうと言うに違いない。

 ……そういえば、何で今日呼ばれたんだっけ。

 「どしたの?ノエ。ぼーっと、してた」

 ノエ、はアタシの仇名。正しくは菅原乃選すがわらのえる

  「いや、何で今日呼ばれたのかなって思って」

 言うと、莎子が口に両手を当てて驚いたようなジェスチャーをする。

 「えぇ?ヒドいよー。莎子、ノエにはいつもお世話様、だから。お礼するってゆった、よ?」

 「……、聞いてない」

 すると莎子はまた同じジェスチャー。

 「あれ?そだった?ノエがそゆうなら、そう、だよねー。ゆったと思ったのに。ま、いーよね。ノエ、来たし。えとねー、莎子が、ノエの好きなの、作ったげるんだー。莎子が、作るんだよー。ノエのために、ね。だからー、ノエは手、だしちゃ、ダメ。調理実習だって、ノエ、全部やっちゃうし。」

 怖いから、とは言えない。色々と。でも何が出来るのかは気になる。だって、食べるの、アタシなんでしょ?

 「で、何を作ってくれるの」

 「コ、レ」 

 どんっ、とテーブルの上に製菓用チョコレート。まぁ、チョコレートなら教本の通りにすれば失敗は少ないはずだ。……食べれないレベルの。

 でもチョコレートって、莎子の好物だよね。

 「まぁまぁゆったり、ご覧あれ」

そう言って莎子はコンロに鍋を乗せ、点火する。

 ……え。え?

「まずは、溶かすんだよね、えいっ」

 止める間もなく製菓用チョコレートを袋から出し、そのまま鍋に入れる。割る事もしないから、鍋からはみ出している。何、それ?

 「やっ」

 わー、あぐれっしぶー。……。さすがにはみ出した状態はおかしいと思ったのか、鍋に収まるように割り折る。でも、おかしいと思ったのはそこだけらしい。明らかにチョコレートとは違う臭いが漂い始めた。

 もう、何もしないで、火を消してくれると、嬉しいな……。

 「むー、溶けないぃ」

 ……一応、溶けます。溶けるペースより焼ける方が早いだけで。あぁ、もう、

 「莎子、」

 「ダメ、ゆっちゃ。ちゃんと、出来るトコ、見せるんだから。ゆったら、絶交」

 鍋から目は離さずに、いつになく厳しい顔で言い放つ。だけど、絶交。絶交って……。小学生じゃないんだから……。そういうのは見た目だけにして下さい。

 と、そうこうしている内に進展が。なんと、莎子さんが鍋に牛乳を入れてくれたではありませんか。神様ありがとう。これで人の飲み物になります。

 「あれぇ?でろでろ、になっちゃった。んー、ふー?どうやって、固まるんだろ」

 いえ、固まらなくて良いです。固まる、とかもう要らないから。お願いしますそこで終わって下さい。

 ……だけど。本当に残念ながら……、なのだけど。ここで終わってはくれなかった。

 冷蔵庫にソレを見つけた莎子の顔を、アタシは忘れる事はないだろう。神様がいるのだから、やっぱり、悪魔もいるのだ。

 「うふ、これで、固まる」

 ……悪魔は、天使のように笑うのですね。おぅおぅ、さっきのお礼返せよぅ、神様ぁ。

 莎子の手には……、卵。それを、鍋の上で割って、一つ、二つ、と落としていく。チョコレートの上に。

 ……そりゃあね、確かに、ね。固まるよ。……、卵だけ、は、ね。

 「後はー、これを、冷蔵庫に入れるんだよ、ねっ」

 きらきらと、やけに良い笑顔だけど。なんだけれども。莎子さん、ねぇ、貴方は、そんなチョコレートを見た事がおありで?


 そして、三時間経って、今。ナーウ。何だこのテンション。

 『冷やされたけど固まりはしなかったチョコミルクポーチドエッグ乗せ』、が、目の前に。

 ……当然、鍋のまま。これを見てチョコレー卜だと思う人間はチョコレートを食べた事のない人だけだろう。だけど目の前の人間は、これをチョコレートだと思っているのだ。いるに違いない。いるハズだ。……いて欲しい。


 「どぞ」

 ふすー、と鼻息も荒く。投げたボールをくわえて戻って来た犬の様な目で、莎子はアタシを見ている。これから逃げる程、アタシも鬼ではありません。むしろ沙子のが鬼だろう、これは。そして、当然のようにスプーンが用意されたけれど、スプーンでチョコレートを食べた経験はない。多分、莎子も。 

 ……覚悟を決めて、深く、深呼吸。それでは、      

 「いた、ダキ、ます。」


 ……ナシじゃ、なかった。当然アリではないのだけれど、年に一回位なら食べても良いかな、程度には。……うぇ。

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サコノエ 正田史 @fumisyouda

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