204号室

 ここに越してきて約一ヶ月、少しボロいのと部屋が狭いことにさえ目を瞑ってしまえばかなり住みやすい。

 一つの階に四室あり、204号室は外にある階段を登った二階の一番奥で角部屋である。

 彼女に伝えるのも少し不安だったが、

「俺引っ越したわw綾音あやね来る?」

「普通に行きたいんだけど。」などという会話をスマホ上で交わした後、綾音が来ることになった。

 引っ越してから最初に家に誘った時、平然をよそおっていたがアパートを見せた時に綾音の目が少しギョっとしていた事を見逃さなかった。おそらく綺麗なマンションなどを期待していたんだろう。

 少しほこりっぽいところがあるらしく綾音は週に一、二度来る程度だったが関係に亀裂が生じることはなかった。むしろ、自分達の騒音でご近所との間に亀裂が生じていているのだ。

 綾音が泊まりにくるとテンションが上がってしまうのか、声が大きくなってしまい度々壁ドンをくらっている。

 壁ドンを四回くらった辺りから綾音が少しずつおかしい。


 今日も壁ドンをくらった。五回目だ。

 綾音が何かに気づいたように震えているので、とりあえず話を聞いたのだが、少し冷や汗をかいた。そんなことあるのかな。

 不安なので明日呼ぼうと思う。


「こんにちは、竹井と申します。」

 和尚の概念を引っ張り出したような見た目に同じ男でもわかるぐらいの声の低さの男がでてきて流石だと思ったと同時にカフェで待ち合わせるべきではなかったと後悔した。


 竹井さんはかなりの声量で念仏のようなものを唱えはじめると徐々に竹井さんの顔が青ざめた。

「これは違います。」

「と言いますと?」

「これは霊障ではなく、確実に人の仕業です。」

「いや、そんなことあるわけないです。だとしたらおかしいですよ。」

「とにかく、私にできることが無い以上はここにいる理由も無いので、申し訳ないが帰らせてもらいます。」

「いや、ちょっと待って下さいよ。」

 追いかけようとしたが、青ざめた顔でアパートから去っていく竹井さんは速く、ただ見つめることしかできなかった。

「もしかして詐欺だったのかな。」

 次はもっといい人を探すことにして今日は寝ることにしよう。


『ピンポーン』


 誰だろう。

「下の階の者ですが、間違って荷物が届いちゃって…」

 下の階の人はこんな顔だったっけ、綾音から壁ドンが下の階からじゃなく、横の203号室から聴こえるっていう話のせいか少し疑心暗鬼になっているのかもしれない。

 あるわけないよな、だって隣の203号室は誰も住んでないし、幽霊とかも疑ったけど霊障でもないらしいし、多分勘違いだろう。


『ギシィ…ギシィ…』


 一歩一歩と玄関に近づく。

「そういや、綾音を最初に家に誘った時とか隣に誰か住んでるのって質問されたな。」

 

『カチャカチャ…』


 ドアチェーンを外しいているとふと思い出す。

「そういや、綾音が203号室の人と目があったとか言ってたな。勘違いですませちゃったけど…」


『カチャン…』


 鍵が開けた音で我に返ると同時に、鍵を開けた事を深く後悔し、鍵をかけようと鍵に手を伸ばしたが、もう遅かった。


『ガチャ…』


 嫌な汗が止まらない。隣にいるのは幽霊でもなく、当たり前のように誰も住んでない部屋で暮らしているヤバイ奴で、今そいつは下の階の住人を騙り自分の前に立っているのだから。

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隣の部屋の事 斎藤 三津希 @saito_zuizui

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