トリ、堪へず。ーそこに放さないで!外伝ー
三椏香津
トリ、堪へず。
前世での出来事はよく覚えている。
生まれは日本。古い神社を取り囲む木々の中、ある野良猫に一方的な追いかけっこを受けていた。一面を覆っていた白が薄くなり陽が暖かくなると、決まって追いかけてきた。
そんな僕を助けてくれていたのが『彼女』だ。僕がそう思っただけで『彼女』なのかは定かじゃない。話せもしないから向こうに助けるつもりがあるかもわからないが、僕はいつも彼女に登ることで猫から逃れていた。
「ありがとう…。。」
彼女が咲かせるピンクの花が風に揺れていた。お礼に僕は得意の鳴き声を聞いてもらった。最初は聞けたものじゃなかったが、今ではなかなかの鳴き声ではないかと自負していた。彼女の根元では僕をあきらめた猫が昼寝をしていた。
僕の鳴き声は本来、メスに送る求愛の証らしい。だけどこれが僕にとって幸せな時間だった。
翌年彼女は死んだ、人間に切り落とされたのだ。周りが言うには最近やってきた虫が、彼女を食い荒らしたようだ。
逃げられる場所がなくなったということよりも、彼女との時間が戻らないことがたまらなく悲しかった。
僕は猫の胃袋に収まってやることにした。
そして現世、僕は人間に生まれ変わった。ここには僕が知らない動植物や人種が多くいた、前世とは異なる世界なのだろう。何より、ここには春になってもピンクの花を咲かせる樹木は存在しなかった。
「君学園を首席で卒業したんでしょ?すごいじゃない!」
「…ありがとうございます。」
多少勉強ができるからなんだと思いながらも、僕はこれから上司になる人に愛想笑いを返した。
「そんな君には優秀な指導係をつけようね、ここに配属されて半年なんだけどどんどん成果を上げてるすごい子なんだ。」
「そうなんですね。」
「いたいた、おーいヨシノさん!」
一人の女性が大きな声で返事をしながら駆け寄ってきて、ピンクの髪が揺れた。『彼女』だ。僕は堪らず涙を流した。
僕の第2の生涯は少し恥ずかしいとこから始まった。
トリ、堪へず。ーそこに放さないで!外伝ー 三椏香津 @k_mitsumata
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます