優れた機能

MITA

優れた機能

 ある日のこと、有名な小説家であるエヌ氏の家にセールスが訪れた。


「なにか用かい」


「お初にお目にかかります。わたくし、こういうもので……」


 名刺を取り出した男に、エヌ氏は嫌な顔をした。


「セールスか。悪いけど、セールスはお断りだよ。今はそれどころじゃないんだ」


 そう行って扉を閉めようとするエヌ氏に、男は声を掛けた。


「おまちください。なにかお困り事はありませんか」


「しつこいな。まあ、あるといえば、ある。私は作家なんだが、使っていたワープロが壊れてしまってね。修理に出しているあいだ仕事をしないわけにもいかないから、新しいものを買わないといけない」


 その言葉に、男の顔がぱっと晴れやかになった。


「それでしたら、ちょうどわたくしどもも、ワープロをお売りしているところでございます」


「そう言うと思ったよ。だが、なんでもいいというわけじゃないんだ。以前同じように壊れて修理に出した時、店で最新型のワープロを買ったことがある。だが、変換機能がむちゃくちゃで、とても仕事にならなかった。何十万という文字を打つ仕事だから、ストレスなくやりたいものだろう」


「お客様のお怒り、ごもっともでございます。わたくしどもも、そのようなお叱りを受けることがよくございました。そこで、我が社の優秀な社員が画期的な新商品を開発したのでございます。搭載された最新型の人工知能が打ち手が今何を考えているかを予測し、入力した文字を自動で変換するという代物でして」


 といって、男は何の変哲もないワープロを取り出した。


「それはすばらしいな。しかし見た目は、どこも変わらないようだが」


「普段遣いするものですから、奇抜である必要はございませんでしょう。良い品を安くお客様へお届けすることが、我が社のモットーですので」


「まあ、そうかもしれない。だが、だからといって買う気はないぞ」


「変換機能の良さは、一朝一夕でわかるものではございません。ぜひ、無料でお使いになられてみてください。一週間後に、またお伺いさせていただきます。使ってお気に召されたようでしたら、ぜひその時にお買い上げいただければと……」


「ふうん。まあ、無料ただで使えるというのなら、使ってみよう。ただし、あとになって、一度使ったのだから買い取れなどと言われても、こちらは買い取らないぞ」


「もちろんでございます」


 セールスの男は笑顔でそういって、エヌ氏の家を去っていった。




 そうして一週間後、男は約束通り戻ってきた。


「どうでしたでしょうか」


 男の予想に反して、エヌ氏はうんざりした顔をして、ワープロを男に突き返した。


「どうしたもこうしたもない、これはだめだ」


 セールスの男は驚いて、エヌ氏に尋ねた。


「だめと申されますと、我が社の商品になにか問題でも……」


「いや、問題はない。むしろ、すばらしい変換機能だ」


「それならば、どうして……」


「このワープロはたしかに、賢いことには、賢い。だが、あまりにも賢すぎる。私がミステリを書いている最中、とりあえずと打ったら、トリあえずと出てきた。たしかに頭の中で思い描いていたとおりだが、私はむしろ、鳥が犯人であるということを伏線として綺麗に隠して書こうとしていたのに、こいつはそれを途中で台無しにしてしまった。いちいち変換をもとに戻さなければならないし、同じことが何度も続くと、自分の考えたトリックの質が悪いように思えてきて、自信がなくなって書く気力も失せてしまう。どうも機械というのは、ちょっと頭が悪いぐらいがちょうど良いらしい」

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