戦いの才能皆無の無能な雑用係、パーティーから追放される……?

ソーマ

無能な雑用係、戦力外通告……?

「ケビン、君をパーティーから追放する」

「え」


ある日突然、ケビンはパーティリーダーであるデニスからそう通告された。


「な、なんで……」

「なんで? アンタ理由に心当たり無いの?」


そう言ったのはデニスの隣に立っているレイチェルだ。


「そ、そりゃ確かに俺はメチャクチャ弱いけど……」


弱々しい声で呟くケビン。

ケビンは神に見捨てられたのかと思うレベルで戦うことに関する才能が無い。

剣を持ってもまともに振るうことができず、短剣ですら危なっかしい。

かと言って魔法の才能があるのかと言えばそうでもなく、はっきり言って戦いでは足手まといにしかならない。

いざ戦いになるとケビンを守る為に最低1人つけなければならず、戦力がダウンしてしまうのだ。


「そ、それでも今までパーティに入れてくれてたじゃないか!」

「今までは、な」


部屋の入り口で壁にもたれかかりながら立っていたゲイルがぶっきらぼうに言う。


「今まではこれで何とかなっていましたが、これからもそうだとは限りません」


ゲイルに続くようにして口を開いたのは、レイチェルの横に静かに立っていたソフィアだ。

彼らは全員がそれぞれの方面で戦力になっている。

デニスは剣も魔法もそつなくこなせるオールラウンダー。

ゲイルは魔法は使えないが近接戦闘に関しては右に出るものはいない。

レイチェルはケビンより非力だが魔法の威力はピカイチ。

ソフィアは攻撃力は無いに等しいが補助・回復魔法のスペシャリストだ。


「で、でも……!」

「ケビン、これはパーティの総意なんだ。分かってくれ」


尚も食い下がろうとするケビンをデニスは言い聞かせるように諭す。


「よって改めて通告する。ケビン、君をパーティから追放する! …………3日間」

「そんなデニス! 考え直して……え? 3日間?」


パーティ追放を考え直してもらおうと訴えかけようとしたケビンだが、デニスが付け足した言葉に首を傾げる。


「そう、3日間だ。3日の間、僕たちは君無しで活動する」

「え、何で……?」


3日間だけの追放。

意味の分からない処遇にケビンは再び首を傾げる。


「ケビン、君は自分が言う通り確かにメチャクチャ弱い」

「うっ……」


自覚はしていたが改めて言われると心に刺さる。


「剣はまともに振れないし、槍や弓矢もセンスが無い」

「魔力も全く無いみたいだし?」

「その……戦いにおいては役に立ってるとは……」


デニスに同意するようにゲイル・レイチェル・ソフィアも言葉を続ける。


「つまり、君は戦いにおける才能が微塵も無いと言って良い」

「た、確かにそうだけど……」

「でもな」


言い淀むケビンを遮るようにデニスが言葉をかぶせる。


「「「「戦い以外のことについては有能すぎるんだよ(のよ)(ですよ)!!」」」」


そしてパーティメンバー4人が口を揃えて叫んだ。


「えっ……えぇ?」


突然のことにケビンは混乱する。


「ケビン、君は戦いができないんじゃない。戦い以外ができすぎるんだよ」


デニスがケビンの目をまっすぐ見ながらそう言う。

そう、このケビンは戦いの才能は無いが戦い以外の才能に溢れすぎているのだ。

それこそ神々に溺愛されるレベルで。


「ケビン、冒険者ギルドから仕事の依頼を貰ってくるのは君だろう?」

「う、うん。俺は雑用係だし……」

「その依頼がどれも今の俺たちには難しすぎず、かといって簡単すぎもしないちょうどいいものばかりだ。しかも報酬の割も良い」

「つまりケビンがアタシたちの力量をしっかり把握して、最適な依頼を持ってきてくれてるってこと」


ゲイルとレイチェルがデニスの言いたいことを補足する。


「そして必要な物資を調達してくれているのもケビンさんですよね?」

「雑用係なんだしそれくらいは……」

「依頼毎に何が必要かをきちんと下調べしたうえで無駄なく用意してくれていただろう? そのおかげかお金に困っているという話は聞いたことが無い」


ソフィアとデニスが違う角度からケビンのしてきたことを評価する。


「と言うかポーションとかの消耗品が店売りの物と違う気がするんだけど。効きが良いというか何というか……」

「消耗品はいくらあっても困らないから俺が調合したんだ。雑用係だしそれくらいは作れないと」

「この前新調してもらった俺の剣が間違って岩を斬ったりしても刃こぼれすらしないんだが」

「あ、この前買うように頼んできたやつ? 買うと高いから俺が自分で作ったんだ。雑用係だし」

「この前から僕の盾が魔法的なオーラを纏うようになったんだけど心当たりは無いかい?」

「良い魔石が手に入ったから合成してみたんだ。雑用係だからね。デニスは前線に立つんだから防御をいくら固めても困らないだろ?」

「明らかに雑用係の範疇超えてますよ!?」


それぞれの疑問に答えるケビンに突っ込むソフィア。


「そうかな? あ、そうそうソフィアの服にほつれがあったから繕っておいたよ。雑用係だから」

「え? あ、そう言えばこの前木の枝に引っ掛けてしまったところがいつの間にか直ってましたけど、それもケビンさんが……」

「なぁケビン。今挙げただけでも君は情報収集・経理・調合・鍛冶・合成・裁縫を難なくこなしている。これを有能と言わず何と言う?」

「でも、だったら何で追放なんて……」

「今デニスが言った通り、アンタは戦い以外のことを一手に引き受けてる。アタシには想像でしか言えないけど、物凄いハードワークなんじゃない?」

「もし万が一のことがあってケビンさんが倒れたら、私たちのパーティは一瞬で崩壊します。ケビンさんがこのパーティの生命線なのです」

「だからケビンの負担を和らげるためと、僕たちだけでもある程度はできるようにならないといけないという戒めの為だ。追放ってのはただの方便だよ」


つまりデニスたちは働きすぎのケビンの身を案じて休むように言ってくれただけなのだ。

そのことが分かってケビンは大きく安堵のため息を吐く。


「お、脅かさないでよ……心臓が止まるかと思った……」

「悪い悪い。まぁそう言う訳だ。冒険者稼業はしばらく僕たちに任せて、君はゆっくりと羽を伸ばすと良い」

「でもその間の雑用は……」

「それくらいならアタシたちでも何とかなるわよ」

「というか何とかしないといけないのです。私たちは今までケビンさんに頼りすぎでした」

「本来冒険者たるもの自分の身の回りのことは自分でできないといけない。だが俺たちはケビンがやってくれるからと怠けすぎていた。これは俺たちにも必要なことなんだ」


そう言うデニスたちのケビンに向ける目は優しいものだった。


「……分かったよ。そういうことなら3日間休ませてもらうね」

「という訳で明日ギルドに行って何か良い依頼が無いか探すからな」

「あっ、それだったら……」

「ストップケビン! 既にアンタの休暇は始まってるのよ。口出しは無用よ」


何かを言おうとしたケビンの口をレイチェルの手が塞ぐ。


「良い依頼は早い者勝ちだろうから朝一で向かおう。そのために今日はもう休むぞ」

「そうですね。寝坊しないでくださいねレイチェル」

「ソフィアもね」


そう言いながらそれぞれ自分たちの個室へと戻っていくデニスたち。


「…………良いのかなぁ……?」


ケビンはその背中をぼんやりと見送りながらそう呟いた。



「……よし、皆揃ったな」


翌朝6時。

ケビンを除くパーティメンバー全員が宿屋の前に集合した。


「じゃあ早速ギルドに行こう」

「ギルドの場所は分かるのか? 最近ずっとケビンに任せっきりだったが」

「ははは、流石にそれくらいは覚えてるさ」


そう笑ってデニスはギルドへ足を進める。

特に道に迷うことも無くデニスたちはギルドに着いた。


「ようこそ冒険者ギルドへ……あら、デニスさん? 珍しいですね。今日はケビンさんじゃないんですか?」


受付窓口で出迎えてくれたギルド職員、ナターシャがデニスの顔を見て首を傾げる。

デニスたちがケビンに任せきりになりギルドに顔を出す機会がめっきり減ったというのにしっかり顔を覚えていたらしい。


「あぁ。恥ずかしい話なんだが最近はずっとケビンに任せすぎで僕たちが弛んでるんじゃないかと思ってね。自戒の為にケビンは3日間休みを取ってもらって鍛え直すことにしたんだ」

「まぁ、そうなんですね。そこで気づけて自分たちを戒められるのは素晴らしいことだと思いますよ? それに気づかず落ちぶれてそれでも気づかず全く姿を見なくなったパーティも少なくありませんから」


しれっと言うナターシャにデニスたちは内心冷や汗をかく。

ただ引退しただけならまだ良い。

出先で魔物に無残に殺されたり、殺されないにしても目も当てられない状態にされたりしている可能性もある。

冒険者とは常にそう言う危険と隣合わせなのだ。

もし手遅れになっていたら間違いなく自分たちは同じ末路を辿っていただろう。


「と言う訳で僕たちだけでできそうな依頼が無いか探しに来たってわけだ」

「ナターシャさん、何か良い依頼はありますか?」


ソフィアがナターシャに尋ねる。


「朝一で来たんだ。きっと新しく舞い込んだ依頼が山のように……」

「あの、朝早くに来ていただいたところ申し訳ないですけど……依頼情報の更新は朝9時ですよ?」

「え?」


申し訳なさそうにそう言うナターシャにデニスたちは間の抜けた返事を返す。


「じゃあ、今ある依頼は……」

「薬草採取などの常設依頼だけですね」


常設依頼とは、その名の通り常に出されている依頼だ。

基本的に難易度の低い依頼が多く、達成できなくても違約金が発生しないので初心者冒険者が受けるにはちょうど良い。

ただ報酬も低いので、ある程度慣れると見向きもされなくなる。

ケビンが昨日言おうとしたことはこれだ。


『依頼情報は朝9時に更新されるからその直前にギルドに行くと良いよ』


毎度依頼を受けに行くケビンなら当然この事を知っていた。

しかしケビンに任せきりだったデニスたちはこれを知らなかったのだ。


「……し、仕方ない。これもケビンに任せきりにしていた報いだ。9時になるまで薬草採取をして時間を潰そう」

「ああ、それは良い手ですね。薬草の買取は常に行っていますのでわざわざ依頼として受けなくても問題ありません」


デニスの提案にナターシャが笑顔で賛同する。


「よし、じゃあ早速行くぞ!」


そう言ってデニスは踵を返しギルドを出る。


「あっ……」


そこであることに気づいたナターシャが呼び止めようとしたが、最後尾のソフィアが扉を閉める方が一瞬早かった。


「……デニスさんたち、薬草の知識を持ってるのかしら?」


静かになったギルド受付の空間に、ぽつりと呟いたナターシャの声が響いた。




ーー数分後。




「なぁデニス」


ギルドを出て意気揚々と町の外へ向かうデニスにゲイルが声をかける。


「何だゲイル?」

「張り切ってるところ悪いんだが、薬草ってどんな見た目をしてるんだ?」

「え?」

「どの辺に生えてるの?」

「……え?」


ゲイルとレイチェルの質問に何も答えられないデニス。

無言のままダラダラと冷や汗を垂らす。


「……ここでもケビンさんの重要性が浮き彫りになりましたね」


そう呟くソフィアに対し何も言えないデニスたち。

ケビンは自分で調合するくらいだ。当然薬草の特徴を熟知しているだろう。

それどころか群生地を知っていてもおかしくない。

ケビンに聞けば詳しい情報を教えてくれるだろう。


「……ギルドに戻って調べてこよう」


しかしケビンには3日間休んでもらうと決めたのだ。

頼ることはできない。

デニスは恥を忍んでギルドに戻り、薬草に関する情報を収集しに行くのだった。

せめてもの救いは朝も早い時間だったのでギルド内にはナターシャ以外誰もいなかったことだろう。



「…………ファイアボール・ショットガン!!」


レイチェルがそう唱えると同時に多数の小さな火の玉が現れる。

そして目の前のウルフの群れに向かい拡散しながら飛んでいき着弾、そして炸裂した。

今の魔法は1発単体の威力はさほど高くないが、連鎖爆発することで強力な破壊力を生む魔法である。

ウルフ程度なら当たれば致命傷になる。

仮に当たらなくてもひるませるのには十分だ。


「……クイックネス! ストレングス!! デニスさんゲイルさん、今です!」


速度と力の補助魔法をデニスとゲイルにかけたソフィアが叫ぶ。


「任せろ!!」

「ふんっ!!」


デニスとゲイルが突っ込み、レイチェルが撃ち漏らしたウルフを掃討する。

ものの数分もしないうちにウルフの群れを壊滅させることに成功したデニスたち。


「……ま、こんなものだね」

「……ふん、肩慣らしにもならんな」

「楽勝楽勝! アタシたちの敵じゃないわね!」

「皆さん、怪我はしてませんか?」


敵の気配がもう無いことを確認してデニスたちは戦闘態勢を解除する。

9時まで薬草採取で時間を潰していたデニスたち。

時間が来たと同時に貼り出された依頼書からウルフ討伐の依頼を選んで受けた。

デニスたちの実力を考えたらぬるすぎる依頼なのだが、デニスは敢えてこれを選んだ。

理由はケビン抜きでどこまでやれるか分からない以上無理はできないということがひとつ。

もうひとつは……


「さて、これから野営の準備をするぞ」

「えっと……まずは何するんだっけ? 食料の確保?」

「拠点となる焚火を作るんじゃなかったか?」

「野営に適した場所を探すのが先ではないですか?」


今回のデニスたちにとってウルフ討伐はおまけで、本題は別にある。

ウルフの主な生息地とデニスたちが拠点としている町とではそこそこ距離がある。

頑張れば日帰りも不可能ではないがそれでは意味が無い。

ケビン抜きで野営をすることが本題なのだ。

戦闘では見事に息の合った連係プレイを見せたデニスたちだが、野営の準備となるとてんでダメだ。遅々として進まない。

その様子を見てため息を吐きたくなるデニスだが、自分も人のことは言えないので堪える。


「……ソフィアが正解だ。ケビンはまず野営に適した場所探しから始めてた」


かろうじてケビンがやっていた段取りを覚えていたデニスがそう言う。


「野営に適した場所……って、どんな所だ?」

「雨風がしのげて夜襲に遭いにくい場所……だったかな」

「あっ! だったらあの洞穴はどう?」


レイチェルが指さした先には小さな横穴が掘られた岩があった。

穴の中に生き物の気配は無い。

一晩過ごす程度なら特に問題は無いだろう。


「よし、場所はこれで良いな」

「じゃあ次は?」

「次こそ焚火だろう。調理や獣避けなどで役に立つし」

「だったらアタシに任せて! ファイヤー……」

「す、ストップストップレイチェル!」


火を起こすために火炎魔法を唱えようとするレイチェルをソフィアが慌てて止める。


「何? どうしたのよソフィア」

「今何の魔法を使おうとしたのですか?」

「え? ファイヤーボールを……」

「それ攻撃魔法ですから! それにレイチェルの魔力だとこの辺全部吹き飛びますから!!」

「あ」


ソフィアに指摘されて気づく。

確かに今レイチェルが唱えようとしたのは『攻撃』魔法である。

薪に向けてそんな魔法を撃てば間違いなく薪は爆散する。

しかもレイチェルの魔法攻撃力は非常に高い。

そのせいでソフィアの指摘通り薪だけでなく辺り一帯纏めて爆散してもおかしくないのだ。


「レイチェル、もっと威力の低い魔法は無いのかい?」

「これが最弱よ……あえて威力を落とすって難しいのよ」

「いやそもそも攻撃魔法を使うなって話じゃないのか」

「でもアタシ、攻撃魔法しか持ってないわよ」

「じゃあ発想を変えたらどうですか? 雷魔法や熱魔法で加熱すれ……ば……」


そう言いかけたソフィアだが語尾が段々小さくなる。


「…………辺り一帯火の海になるわね」

「ですよねー…………」


ここでも威力の高さが仇となる。


「あ、そう言えばデニスも魔法が使えるじゃないか」


ゲイルが思い出したかのように言う。


「あっ、そうよ! しかもデニスはアタシほど威力が無いから調整……が……」


妙案とばかりに声を張り上げるレイチェルだが、何かを思い出したようで先程のソフィア同様語尾が小さくなる。


「…………うん、すまない。僕の魔法は水属性と風属性しかないんだ」

「そうだったわねー…………」


申し訳なさそうに言うデニスだが、これは仕方がない話だ。

そもそも2属性の魔法を実戦レベルで使えるだけでも十分凄いのだ。

多属性を扱えるレイチェルなど規格外も良い所なのである。


「ちなみにソフィアは……」

「……すみません。私は補助魔法と回復魔法しか……」

「うん、分かってた」


ダメ元でソフィアに聞いてみたデニスだが、予想通りの回答にがっくりと肩を落とす。


「……こうなったら残された道は3つだ」

「3つ?」

「1つ目は今から僕かソフィアが何とかして火種を起こすレベルでも良いから火属性の魔法を覚えること」

「できるのか? 俺は魔法のことは詳しくないがそんな簡単なものではないのではないか?」


デニスの出した1つ目の案に眉を顰めるゲイル。


「まぁ簡単ではないですね」

「ただ指先に火を灯すくらいなら何とかなるかもしれない」

「ふむ……で、2つ目は?」

「レイチェルが頑張って魔力を極小にまで抑えて火炎魔法を撃つ」

「それが一番現実的な気がするが……レイチェル、行けそうか? さっきあえて威力を落とすのは難しいと言っていたが」

「んー……でもまぁやるだけやってみるしかないでしょ」

「で……3つ目は?」

「ゲイルが物理的に火を起こす」


そう言ってデニスは乾いた木の板と棒をどこからか取り出す。


「それをこすり合わせて摩擦熱で燃やす訳か……え、俺が?」


思案しながら呟くゲイルだが、自分がやると言われて聞き返す。


「僕とソフィアは火属性魔法を頑張って習得してみるし」

「アタシは頑張って火炎魔法の威力を落としてみるし」

「補助魔法はかけるのでゲイルさんも頑張ってみてください」


そう言ってソフィアは筋力上昇・速度上昇・器用さ上昇の補助魔法をゲイルにかける。


「……確かに俺だけ何もしないという訳にはいかないか。分かった、やってみる」


そう言ってデニスから木の棒と板を受け取るゲイル。


「よし、じゃあ各自頑張ってくれ!」


デニスの言葉を合図に、各自がそれぞれの方法で火起こしを始めた。




ーー数十秒後。




「ぐぬぬぬぬぬぬぬ…………!」

「んんんんんんん…………!」

「はあああああああ…………!」

「ぬおおおおおおおおおお!!」


それぞれが凄い形相で唸っている。

デニスとソフィアは指先を瞬きも忘れて睨みつけ、レイチェルは手のひらをドーム状にして意識を集中。

ゲイルは狂ったかのように木の棒を板に擦り付けていた。


各々は大まじめなのだが、傍から見たらただただ異様な光景だ。

せめてもの救いはその光景の異様さにあてられて周辺の魔物や野生の獣が近寄ろうとすらしなかったことだろう。




……結果だけ言うと火を起こすことはできた。

威力を落とす制御に失敗したレイチェルのファイヤーボールの余波がゲイルの持っていた木の棒にたまたま引火するという正に奇跡の現象のおかげではあるが。



「はぁ、はぁ、はぁ……や、やっと焚き火になった……」


あれからどうにかして一応焚き火としての体裁が整った火を囲み、デニスたちは荒い息を落ち着かせる。

ある意味魔物との戦闘よりもボロボロになっている4人。


「け、ケビンは……毎回こんなことをやっていたのか……?」

「アタシたちの……手際が悪すぎるってのもあると思うけど……これは、流石に……」

「あ、あとは……この火が消えないように適宜薪を入れて行くだけ、ですね……」

「あーもー疲れた! 早くお風呂に入りたーい!」


そう叫んで両手両足を投げ出して後ろに倒れ込むレイチェル。


「あの……レイチェル? お風呂なんてありませんよ?」

「え?」


だがソフィアの言葉に耳を疑って再び起き上がる。


「だってこれは野営ですよ? 水場が近くにあるならまだしも……」

「え? でもいつもは……」

「……それもケビンさんがいたからです」

「……そうだった……」


こういう時ケビンは即席で水浴び場を作ってくれていた。

それが当たり前になっていたので失念していたが、実は凄まじいことをケビンはやっていたのだと改めて認識するレイチェル。


「え、というかケビンはどうやって水を確保していたの……?」

「そういえば特に意識していませんでしたが、いつも野営をする時は水場がすぐ近くにありましたね……」

「……ということは、ケビンは元々水場が近くにある所を選んでたということなのか」

「……マジ?」

「……どこまで有能なんだアイツは」


新たに明かされた事実に開いた口が塞がらないデニスとレイチェルとゲイル。


「……仕方ない、とりあえず今日のところはこれで我慢してくれ」


そう言ってデニスは呪文を唱える。

すると人ひとりの体がすっぽりと包めるくらいの大きさの水玉が現れた。

デニスの水魔法だ。

レイチェルとは違い生活魔法も習得しているデニスはこんなこともできるのだ。

オールラウンダーは伊達ではない。


「お湯ではないのが申し訳ないが……」

「いえ、それでも十分よ。ありがとうデニス」


そう言って服を脱ぎ始めるレイチェル。

デニスやゲイルが目の前にいるのに躊躇する様子は無い。

そんなことで羞恥心を持つようでは冒険者は務まらない。

下手に恥ずかしがって躊躇したら命を落とすことになるという場面が無いとは限らないのだ。

何事においても最優先されるのは命というのが冒険者の鉄則だ。

今回も人目につかないところで完全に無防備になるなど愚の骨頂である。

野盗に襲われでもしたら笑えない。

そうなることを考えたら仲間に肌を晒すくらい何でもない。

服を全部脱いだレイチェルはデニスが作った水玉に飛び込む。


「あぁ〜……冷たいけど気持ちいいわぁ……」


火を起こすことで火照った体が良い感じに冷まされていく。

しばらく水玉の中でぷかぷかと浮いていたレイチェルは満足したのか水玉から出てきてそのまま焚き火にあたりに行く。


「……当たり前のように使ってた火と水がこんなにありがたいものだったとはね……」

「本当にケビンさんには頭が上がらないね……あ、デニスさん、次は私もお願いします」

「ああ。レイチェルの体が乾いたら新しい水を出すよ」


その後体を乾かしたレイチェルが服を着るのと入れ替わりでソフィアが服を脱いで水玉に浸かる。

そしてソフィアの水浴びが終わってから食事の準備を始めるデニスたち。

とは言っても町であらかじめ買っていた携帯食料を食べるだけだが。


「……そう言えばこういう状況でもケビンは温かくて美味しい料理を作ってくれてたわね」

「下手な宿屋よりも豪勢な食事が出てたよな」

「アイツ戦闘以外はホント何でもできるわね……」


そう言って干し肉をかじるレイチェル。


「あ、そうそうマナポーションも飲んどかないと。結構魔力使っちゃったし」


レイチェルが持ち物袋から青い液体の入った瓶を取り出す。

そして蓋を開けて一気に口の中に流し込む。


「あっ……待ってレイチェ」

「ぶふーーーーーーーーーっ!!?」


そして思い切り噴いた。

ソフィアの静止は間に合わなかったようだ。


「うわっ!? 何だどうした!!?」

「まっ……まずっ……!? 苦くて酸っぱくて辛くて生臭くて……とにかくまずっ!!」

「だ、大丈夫か? とにかく水を」


そう言ってデニスが再び水魔法を唱える。

それを使って口の中をゆすぎ、ようやく落ち着いたレイチェル。


「あ、ありがとデニス……そうだったマナポーションって物凄く不味いんだった……」

「え? でも普段はいつもはそんな素振り……あぁ……」

「……はい、ケビンさんの調合したマナポーションはそこが改善されてるんです」

「むしろちょっと甘くて美味しいのよ……」


ケビンの作るマナポーションに慣れてたのでいつもの癖で一気に飲もうとしたのが敗因だった。

口の中にまだ激マズマナポーションの味が残っているレイチェルは、一応魔力は回復したが精神力が瀕死状態になってしまった。


「……ということはこのポーションも……」


ゲイルは冷や汗をかきながら自分が持っている赤色の液体が入っている瓶を見つめる。


「いや、普通のポーションは店売りの物でも悪くない味だったはずだ」

「……そ、そうか……」


デニスに言われ、ゲイルは恐る恐るポーションを飲む。

確かに味はケビンの作ったポーションとあまり変わらない。

そのことにほっと胸を撫で下ろすゲイル。


「さぁ、今日はもう休もう。火の番の順番はいつも通りで良いかな?」

「そうだな。じゃあ頼んだレイチェル、ソフィア」

「ええ、任せて」

「おやすみなさいデニスさん、ゲイルさん」


こういった野営時の火の番は流石にケビンに任せ切りにはせずパーティ全員で行っていた。

なのでここは特に何のトラブルも発生しない。

レイチェルとソフィアを先頭にしたのは2人は体力が低く途中で起こすのは負担になることと、ソフィア1人だけでは万が一何かあった時に戦闘能力が皆無だからだ。

ちなみにケビンの時はデニスかゲイルが共に火の番をしている。


「じゃあ2時間後に僕を起こしてくれ」


そう言って横になり目を閉じるデニス。

ゲイルは座った体勢のまま眠るようだ。


「……本当に今日一日でケビンさんのありがたみを痛感しましたね……」

「全くよ。アイツは戦えないことを気にしてたけどそんなのどうでもいいのよ。というかケビンが戦えないんじゃなくてアタシたちが戦うしかできないという方が正しい気がしてきたわ」

「冒険者というのは戦うだけではないですからね。弱いからって追放するパーティの気がしれません」


今朝ナターシャが言っていたことを思い出すソフィア。


「ホントよねー。アホなんじゃないかしらソイツら……まぁ制裁は受けてるみたいだけど」


ナターシャの話によると、ある日を境に全く姿を見なくなったという。


「……アタシたちはそうならないようにしないとね」

「大丈夫ですよ。私たちはこうやってケビンさんのありがたさを自覚できたんですから」

「そうよね。アタシたちがケビンを追放とか有り得ない。むしろお嫁に欲しい」

「何言ってるんですかレイチェル?」


ツッコミどころ満載の発言をするレイチェルを真顔で見つめるソフィア。


「あははー、冗談よじょうだ」

「ケビンさんは私の所にお嫁に来てもらうんです」

「ん……え?」


笑って流そうとしたレイチェルだが、予想外のソフィアの言葉に笑いが止まる。


「……今聞き捨てならないことを聞いたね」

「ああ」


さらにデニスとゲイルも起き上がり話に参加してきた。


「デニスにゲイル!? アンタらまだ起きてたの?」

「そんなすぐに寝られる訳ないだろう」

「そんなことよりも、ケビンを嫁に貰うのは俺だ」

「いいや僕だ」

「ちょっと待なさいよ、アンタら男でしょうが!」

「そうですよ、そしてケビンさんも男性です。同性で結婚するのは」

「そんなの些細な問題でしかない」

「それに君たちだって女性なのに男のケビンを嫁にもらおうとしてるじゃないか」

「それこそ些細な問題よ! 役割が入れ替わるだけなんだから」


おかしな所で言い争いを始めるデニスたち。

しかしその言い争いは意外な形ですぐに収まることになった。


「だったらもう全員がケビンさんをお嫁にすればいいんじゃないですか?」

「「「それだ(よ)!!!」」」


ソフィアが適当に言ったことを天啓を得たとばかりに声を揃えて同意するデニスたち。


「え……」

「そうだそうすれば良いんじゃないか!」

「確かにそれなら平和的解決だな。ナイスアイデアだソフィア」

「でも流石に子供を作るのはアタシとソフィアに任せてもらうわよ?」

「まぁそれは仕方ない。デニスと俺じゃ天地がひっくり返っても無理だからな」

「そうと決まれば早速明日町に帰ってケビンに報告だ!」

「うふふ、きっと驚くわよケビン」

「あー……確かに驚くでしょうねー……」


なかなかぶっ飛んだ方向で話が纏まってしまったことに呆然とするソフィア。


「じゃあ改めておやすみ!」


そう言って再び眠りにつくデニスとゲイル。


(……ご、ごめんなさいケビンさん……なんかおかしなことになってしまいました……)


そう言って心の中で謝るソフィア。

まぁソフィアもケビンを嫁にするとか言ってるあたり五十歩百歩なのだが。



「ケビン! やはり君をパーティの雑用係から除名する!」

「えぇっ!?」


翌朝、早々に町の拠点に帰ってきたデニスにそう宣告され、ケビンは驚きの声をあげる。


「な、なんで……」

「そして僕たち4人の嫁に任命する!!」

「ホントになんで!?」


そして続けて放たれたデニスの言葉に更に大きな驚きの声をあげるのであった。



これを読んでるアナタも、パーティメンバーを一方向からだけで評価して無能だからって切り捨てるのはやめよう!

追放、ダメ! ゼッタイ!!






「……いや、なんだコレ?」


ギルドの連絡板にでかでかと貼り付けられている紙を見てジークは眉を顰める。


「何でも理不尽な理由でのパーティ追放がギルドでも問題になって、注意喚起のために職員が作った話らしいわよ」


ジークの横で同じものを見ていたシーラが答える。


「……いや、8割以上いらん情報の気がするけど……」

「でも話としては面白いわよ?」

「うん、まぁ……俺もつい最後まで読んじゃったけどさ」

「じゃあそろそろ行きましょ? 今日は遊びに来てるマオに町の案内をするんでしょ? シルフィアたちはもう集合場所で待ってるわよ」

「あ、もうそんな時間か」


無駄話もそこそこに、ジークとシーラは準備を整えてギルドを後にするのであった。



……後にこの創作話が謎の人気を呼び最推しカップリングがどれなのかということでギルド内部や冒険者たちの間で派閥が出来上がる程にまで発展するのだが、その時のジークたちは知る由もなかったのである。

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