第14話
「ところで龍彦、これは何?」
そう言って水樹は机の上を指差した。夕飯を食べ終わったら取りかかろうと思っていた現代文の課題が広げてある。見られて困るものではないが、顔が熱くなった。
「これは……」
「学校?」
定時制高校に通い始めて半年以上になる。金はあったし、保護者の名前は親戚に頭を下げて借りた。なりふり構っていられず、無感情に済ませるつもりだった。だが、あれだけ嫌ったあの女は、目に涙を浮かべて承諾した。世界に嫌われていると思っていた。だが、俺が世界を嫌っていたのかもしれない。目を見て話すことは、まだ出来なかったが。
スリは辞めた。水樹の不在から現実逃避するように、ひたすら勉強をした。
入学のきっかけはふたつある。ひとつめは手に職を付け、いつか水樹が帰ってきたとき、安心させてやれるように。ふたつめは、消えた水樹を捜し出すためだ。
水樹を失い何かせずにはいられなかった、ただそれだけのことかもしれない。
隠していても仕方がなく、帰宅の興奮も手伝い、全て打ち明けた。
「警察かあ」
「笑うなよ。もう水樹を見付けるにはそれしかないと思ったんだ」
「愛されてる」
「ようやく気付いたか。今度からうちを空けるときは、必ず一報入れてくれよな」
「僕、帰ってこない方がよかったかな」
「何てこと言うんだ」
「だって、またスリ師に逆戻りする?」
「そんなことしたら水樹はまた不安になるだろ。同じことは繰り返さない。俺は戻らない。だからここにいてくれ」
「ねえ龍彦、阿久津さんに感謝だね。あの人が僕を拾ってくれなければ、高校なんか行くことなかったでしょ」
「ふざけんな。感謝なんかするか。水樹、俺は警察官になるぞ。そんでいつか阿久津の野郎を逮捕してやる。あいつのせいで寿命が縮んだんだ」
「じゃあ四課だね。僕の将来も安泰だ」
「ヨンカ?」
「そんなことも知らないで目指してるわけ? 龍彦らしいや。ま、頑張って勉強してください」
「何だよそれ、教えろよ」
水樹はケラケラと笑った。
その顔を見て、また少し涙腺がゆるんだ。
俺は一生をかけてこの笑顔を守るだろう。
そして長い人生を、いつまでも共に――。
プリズナーズ 水野いつき @projectamy
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