陰陽師をプロデュース。番外編
奈月沙耶
とりま
某県某市の某やきとり店〇あえずにて。
「『とりま』ってさ、初めて聞いたとき、やきとりの種類かと思った。〈ねぎま〉の主役をネギにしたなら〈とりま〉みたいな」
「それな」
「とりあえずビール!は『とりビ』か?」
「『とりビー』は市民権得てるだろ」
「まじんがー?」
「やめろ」
「とりあえず、とは何事かと難色を示すビール愛好者もいるとか」
「ま?」
「ま!」
「とりあえず、まぁ、ねぎま十本!」
「なんで〈とりあえず〉と〈まぁ〉がセットになるんだ?」
「それな」
「なんでトリの間にあるのがネギなのが当然なんだ?」
「とりまのマは間じゃないぞ、マグロのマだぞ」
「まじんがー!!」
「やめろ」
「ネギとマグロを一緒に煮たり串に刺して焼いた料理がねぎま。マグロより安価な鶏肉を使うようになってそっちの方が一般的に広がった」
「へえぇぇぇ」
「テーブル叩くのやめろ」
「ねぎま鍋食ってみてぇー」
「家で作れそうだぞ。そら、クッ〇パッドにレシピが」
「まじんがー!」
「永遠に眠らせるぞ」
・
・
・
「って、隣のテーブルの人たちの会話でさ、ネギとマグロの鍋って興味ある」
「ふーん」
肉まんを頬ばった桐嶋くんは考えるように空に視線を投げ、肉まんを呑み込んでからにかっと笑った。
「ウチで作ってみる?」
そうしてその日の夕方、なんと、桐嶋くんの自宅にお邪魔することになった。桐嶋くんが陰陽師のお祖父さんと暮らしているお家だ。
現役陰陽師の自宅を拝見! 大興奮だ!
鼻息を荒くしたものの。桐嶋くんのお家は古い平屋のごくごく普通の住宅だった。
俺のじいちゃんばあちゃんちもこんな感じだ。玄関引き戸の模様入りのすりガラスこそ、昭和レトロと珍しいらしいが。
「じーちゃんはいないよ。まだ何日か帰って来ないみたい」
「そ、それは全国行脚的な……」
「ううん? どうだろう」
のほほんと、スーパーで購入した食材を持って奥に行く桐嶋くんについて行くと、廊下の突きあたりがつる草模様のすりガラスの引き戸で、その奥が薄暗い台所だった。
古くて暗いけれど、明り取りの窓の下の流し台や天板は横長に広くて使いやすそうだった。
「ええと、まずはとにかくねぎを刻んで……味付けはめんつゆで大丈夫だよね、そしたらさ、うどん入れようね、卵落として。めっちゃ腹空いてきたー」
普段から自炊なのか桐嶋くんは手際よく具材を準備してゆく。実家暮らしで、ラーメンくらいしか自分で調理しない俺は申し訳程度に長ネギを切ったくらいだ。
土鍋に野菜とマグロのアラを並べ、めんつゆを注ぎ入れ、さて煮込もう、という段になったとき、桐嶋くんはおもむろに独鈷杵を取り出して構えた。
「美味しくなる呪法をやるよ」
マジか! まさかこんなところで陰陽師らしいところを見られるとは!
わくわくする俺の前で、桐嶋くんは、かっと目を見開きざまにガスコンロのつまみをひねって点火し、そして叫んだ。
「はじめちょろちょろ中ぱっぱ! さしすせソルトで調味料!!」
がばっと土鍋の蓋をして、ふううーと桐嶋くんは肩で息をついた。
「…………」
それって呪文? 鍋料理じゃなくて米を炊く火加減だし、調味料なんかめんつゆしか使ってないし、「し」が塩で「そ」は味噌では……とツッコミどころ満載すぎて俺は逆に何も言えなかった。
ちなみに、こうして出来上がったねぎま鍋は美味だったし、しめのなべ焼き風うどんもとても美味しくいただいた。
と、いうことは。あれはほんとに料理を美味しくできる呪法なのだろうか――――。
陰陽師をプロデュース。番外編 奈月沙耶 @chibi915
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