第9話 オカルトブラザーズの怪談

案の定、俺が御社殿の窓周りにわざとつけた足跡や土汚れを見つけた血まみれの男の足は、窓の周りをぐるぐる回ってはよじ登って窓へ侵入をしようとしている。

 このまま諦めてどこかへ行ってくれないかな、あのイカレ野郎。

 だが、俺の願いは届かなかった。

 やつの足はしばらくすると電池が切れたかのように御社殿の前でじっと動きがピタリと止んでしまった。 

 俺は御社殿の下の隙間に隠れているので血まみれの男の下半身しか見えないが、服屋のショーウィンドウでよく見かけるズボンをはいたマネキンのように生気が感じられない。

 血まみれの男の周りにある葉っぱが風によって舞い散っているにもかかわらず、血にまみれた男の黒いズボンは風で少しもなびくことない。


 「あのぉ、聞こえていたら返事をして欲しいけど、そこにいるのは分かっているよ?わかっているよ?」

 さっき聞いたのっぺりとした血まみれの男の声とは明らかに違う声色に、俺は理解が追い付けなかった。

 御社殿の下の隙間からあたりを見渡しても、目の前にいる男の足の他に誰もいないのに別の声が聞こえるのはおかしい。

 血まみれの男の声とは正反対で抑揚があって、大人なしめで穏やかな声で人間味を感じる。

 

 「早く出てきてお話ししましょうよ。ここだと僕らはそっちへいけないんですよ」

 僕ら?

 目の前にいる人間の生首をぶら下げた血まみれ男の他に誰かいるの?

 それとも血まみれの男の別人格?そもそも、これって悪趣味な夢なのか?   本当は俺って、布団の中にいて悪夢を見続けているのかもしれない。

 目の前で聞こえる声に対して俺の混乱は限界に達して次第に現実逃避をし始めている。

 「あぁ、そういえば僕たち名前を名乗っていなかったね。これは失敬失敬失敬。僕らはねぇ、オカルトブラザーズって名前でYouTubeをやっている川瀬兄弟の兄のひろよだよ。趣味は呪いの人形集めだよ。呪いの曰く付きの人形あったらちょうだいちょうだい。あはははは」

 俺が状況を理解できず混乱してもお構いなしに血まみれの男こと川瀬ひろよが紙に書いた文章をそのまま読んだような無感情な声で自己紹介をし始める。


 「兄と共に動画配信しているまことです。ほら、名乗ったからそこで隠れているお兄さんも名乗ったらいいよね。怖がらずにさ」


 川瀬まことと名乗る謎の優しい声に何故か自分の名前を喋りそうになり、思わず土まみれの手で口を塞いでこらえようとする。

 が、口の中に砂や土が入り込んでも自分の口が意思とは関係なく勝手に動かそうとして止まらず、俺は半べそをかきながら自分の指を口の中に突っ込んだ。

 ここで、口を出せば何をするのかわからないのに、なんで口が動くんだよ。

 このままでは、自分が自分でなくなってしまう。

 俺の目には、汗みたいに涙がぽろぽろとひとりでにこぼれ落ちるのが精いっぱいだ。

 「このお兄さん、よっぽど喋りたくはないんだね。そこまで怖いかなぁ。僕らからしたら、君に憑いている悪霊の方がよっぽど怖いのにねぇ」


 「悪霊?」

 俺は思わず口を滑らせてしまい、再び口の中に指を突っ込んだまま振り向いたが、誰もいない。

 あるのは、蜘蛛の巣まみれでろくに掃除していない御社殿の下の柱のみだ。

 どこに悪霊がいるんだ?どこだどこだどこだ?入念にあたりを見渡しても俺には悪霊の姿は見えない。


 「あー、お兄さん。今は見えないんだけどね。最初に君と会ったときに君のそばに悪霊がいたんだよ。君の事を知っているし、君はその悪霊を見ている。おかしいと思わないかな?」

 「ひろよ兄さん。このお兄さんをオオチドロヌマくんに紹介できる?何なら今ここで電話できそう?」

 「うーん、スマホが血まみれで見えないし、せっかくだからお兄さんに一つ怪談話をしよう。一応、僕らは怪談師だし、怪談を聞いたら落ち着くかもしれない。しれない。あの霊媒師くるかもしれない」

 怖くて黙り込んだ俺を無視をして二人の狂人はある怪談話をし始めた。


 「僕の知り合いに大きい血に泥沼と書いて、大血泥沼って名字の霊媒師がいるんだけど、珍しい苗字だと思わない?」

 お兄さんその人がくるまでお兄さんは彼の怪談を話して待っててねぇ。と俺の返事を聞かずに一方的に二人は怪談話を始める。


 大血泥沼家。

 この名字は珍しいんですけども、僕の知り合いの伸晃《のぶてる》くんは中学のころから霊能力に目覚めて写真を撮ると必ず彼の周りに不可思議な心霊写真が写るようになっていた。


 最初は運動会や修学旅行、卒業式などの節目節目のイベントで先生から何度も何度も彼だけ写真の取り直しをするんだけど、だんだんそれが頻繁になっていき、その度に彼の周りで不幸なことが起きる。


 最初はそのくらいで済んだんだけど、霊能力に目覚めた14歳から1歳年を取る節目に周りで不幸が起きるもんだからねぇ。


 例えば15歳の節目の課外授業で突然彼のそばにあった老木に倒れて腕を捻挫したり…二十歳の誕生日につららが突然目の前に落ちたりとそれはそれは。

 あぁ、最近だと相方が収録の時に憑りつかれたりしていたっけな。

 なんで、彼だけがそんな目に合わされるのか。

 実は、大血泥沼って名字は代々男は代々50代になるまでに早死にする家系の一族なんですわ。

 幾多の不幸や悲劇に見舞われた一族であったが、その中でも最も恐ろしいのは、大血泥沼家の霊媒師である。

 彼の曽祖父は43歳になるときに突然の心筋梗塞で無くなり

 祖父と父親はお坊さんになることで何とか50歳を超えて呪いを回避できたけど、祖父の方は父親の呪いを被って74歳でこの世を去ったという。

 そんな僕の友達である大血泥沼伸晃は43歳で霊媒師を継いでいるからまだ呪いが続いているそうな。


 そんな彼の生業は、死者の魂を呼び寄せ、その声を聞き取って生きている人々に伝えるというもので、許可を取っては怪談として語ることもあるんですよ。


 そんな彼が見た中で本当に命を取られた出来事が38歳のお盆を迎えたころだった。


 お盆で実家に止まった深夜、トイレに行きたくなって目が覚めた。

 さていざ起き上がろうとすると…金縛りで体が動かない。

 寝室の襖が半分ほど開いていた。

 そこに…見知らぬ巫女らしき服を来た真っ黒なシルエットの女がいて、そいつは彼を襖越しで見ていた。

 夜の月明りに浮かぶその女の髪は肩くらいだろうが、ぐちゃぐちゃに乱れており、襖から少しはみ出ている

 確かここは2階のベランダで襖の先はちょうど花壇があるところだが、こんな真夜中に女がここへやってくるなんてのはあり得ない。

 いや、そもそもあれは生きた人じゃないだろう。


 すると。半分開いた襖からひょこっと顔半分だけ出してきた。

 血や泥で汚れた巫女姿の女は上下の歯をむき出しにするようにニターッと顔を歪ませて口を開け、目は般若のようにカッと見開き、まばたきすることなくジッと彼を見つめていた。

 

 神社で祈祷するときに使用される神楽鈴《かぐらすず》のシャンシャンとしたなり始めたかと思うと、襖をバサッと開いて巫女の姿の女が彼の方へとゆっくりと近づいている。


 このままでは殺されると直感し早く逃げたいと思っても、金縛りが解けなくて焦っていた。

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心霊スポットで今からYouTuberたかしを襲撃する @gi-ru777

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