第8話 追いかけてくる血まみれの男 8
「きみぃ、ぼくと同じものを感じるよ。あのぉ、ちょっと立ち止まって話を聞きたいんだけど、止まってよ」
血まみれの男は俺の方へめがけて獲物を追う野犬のように一目散に後を追ってきた。
なんで、よりによって俺の方へ!?
さっきまで歩くのに苦労していた廃寺の荒れた石畳を気にする暇もなく、俺は男から逃げるために走った。
「おにいさーん、待ってよ。僕の話を聞いてよ」
俺の背中から聞こえる血まみれの男の抑揚のない平坦な声は、人間の言葉を真似て喋るAIのような得体の知れなを感じ気味が悪い。
あんな人気のない心霊スポットのど真ん中で何をしていたんだ?という疑問。
なんで、俺を追いかけてくるのかという戸惑い。
あんなのに、捕まったら俺はどうなるのかという恐怖。
こんな心霊スポットに来なければよかった、という後悔。
これらが混ざり合って感情や今起きている出来事に対して整理が追い付かない。
逃げる先なんて全く考えていなかった俺は、いつの間にか山奥へと昇って行った。
走る度に頬や目元に爪楊枝程の細い小枝や葉っぱがまばらに引っかかって走りづらくても。
だが、足元に転がってた木に足を引っ掛けて頭からダイブする形ですっ転んでしまった。
転んだ拍子にシャツの首元や、ズボンのウエスト、靴と靴下の隙間に乾いた土や枯れ葉、小石が入ってしまった。
本当は今すぐにでも服を脱いで土や枯れ葉、小石を取り除いてから家に帰ってシャワーを浴びて寝たい。
だが、後ろを振り向くと、あの血まみれの刃物を持って生首を首にかけた男がすぐそこまで迫っている。
「おにいさーん、待ってよ。僕の話を聞いてよ」「おにいさーん、待ってよ。僕の話を聞いてよ」「おにいさーん、待ってよ。僕の話を聞いてよ」
しかも、顔色一つ変えずに動画のリピート再生のように何度も何度も同じ言葉を繰り返している。
あんなのに捕まったら、俺は殺される!
そう思った俺は、そんな身体のあちこちに感じる不快感を無視して再び立ち上がって走った。
走る度に、靴と靴下の隙間に入った小石が足の裏に痛覚を刺激し続けるが、これも無視した。
だが、しばらくすると心臓がバクバクして息がしづらくなって力つきそうだ。
どうする?今のままでは、あの血まみれの男に追い付かれてしまう………。
そのとき、俺の頭にぱっと稲妻のように閃いた。
そうだ、山に登ればなんとかなるかもしれない。
俺は大学時代に登山部で山登りでいろんな山に登ったことがあるのを思い出した。
今いるこの山は、人があまり道を整備していない山だ。
急斜面で足場が悪いし、枯葉やゆるくて柔らかい土で滑りやすくなっているから素人が登るのに苦労する。
今俺が履いている靴は普通の靴で、本来はスパイク付きのトレッキングシューズがないと滑って登りづらいが、相手も同じ条件のはずだ。
登山経験の俺ならあの男を振り切れるはずだ。
一か八か、俺は全速力で山へ登り始めた。
案の定、普通の靴だから急傾斜な山道だと滑りやすくて登りづらい。
しかも整備されていない山奥なので、大量の枯葉や木の枝、枯れ木やらが絡み合った天然の障害物をかき分けて登るのは正直しんどい。
一歩ずつ登っては木の枝をかき分け、時に倒木を登って駆け上がり、時には服に引っ付いてチクチクする引っ付き虫に耐えながら突き進んだ。
そのかいがあったのか、後ろから聞こえる男の声は徐々に遠のいた。
それでも、下から血まみれの男が登って追いかけてくるので、かき分けるついでに枯葉付きの木の枝や石を投げつけたら、ひるんだ。
俺はこのチャンスを逃さないために、たまたま近くにあった野球ボールサイズの四角い石を血まみれの男へ目掛けて投げつけた。
投げつけた石は男の右こめかみにヒットし、よろめいた拍子に転げ落ちていった。
「うわぁおお」
男の情けない断末魔がこだまし、下へ下へ転げ落ちるのを確認した俺は、振り向き、ゆっくり登っていくと山の中腹へとたどり着いた。
ひとまず助かったんだ。
安心した俺はさっきまでバクバクだった心臓を整えるために、切り株に腰かけて休憩をした。
あの廃寺にいた血まみれの男は一体何者なんだ?なんで生首をぶら下げているんだ?あの人形まみれの廃寺で何をしたかったんだ?儀式?そして、なんで俺を追いかけてきたんだ?
あいつ、別の男を殺して生首をぶら下げていたから明らかになにかしらの呪いの儀式をしているのは確かだが、目的がわからない。
冷静に廃寺で起きた出来事を冷静に整理しても、これまで起きた出来事の情報量が多すぎて答えはわからない。
「きみぃ、ぼくと同じものを感じるよ。あのぉ、ちょっと立ち止まって話を聞きたいんだけど、止まってよ」
確かあの血まみれの男が、俺を追いかけてきたときにそう言っていたのを思い出したが、俺には皆目見当はつかない。
俺とあの血まみれの男は同じ?どこが同じなのか。
その答えがわかればなんであの男が他のハロウィンイベントに参加した人に目をくれず俺を執拗に追い回したのかがわかるかもしれない。
これまで走ってきたときに引っ付いた引っ付き虫をとったり服や靴の中に入り込んだ小石や土を取り除いたりして何とか走れるコンディションを整えた。
さっさとあいつに見つからないように、この場所から離れた車で帰ろう。
もうあんなイカレた男がいるところでハロウィンイベントの続きなんて楽しめるどころじゃねぇし、未だに来ないたかしを待っていられない。
だけど、ここはどこなのかわからない。
旧日暮村の山奥の山頂だということはわかるが、どうやって元いた廃寺、駐車場まで戻ればいいんだ?
スマホで確認するも、県外で夜の19時半をさしていた。
山はどこも同じような雰囲気で木々に囲まれているから迷いやすい。
だが幸いなことに辺りはまだ日が明るいからあいつに見つからずにゆっくり降りて………あかる…い?
「今、夜の19時半だよなぁ」
俺の身体中の冷たい汗が一気に吹き出だして虫が這うように下へ下へと滴り落ちる。
冬は日が短いからこんな日が照っているのはおかしい。
ハロウィンイベント参加時は確かに夕方で薄暗かったはずだ。
廃寺まで移動するのに参加者の女性が足を挫くほど薄暗くて足元が見づらかったのに、今はまるで昼間のような明るさであたりの数十メートル先の景色がはっきりと見える。
俺は自分の身に起きている出来事に対する理解が追い付かず、何度もあたりを見渡してスマホを確認するも景色は変わらない。
スマホの時間は夜の19時をさしているのに、辺りは昼間で太陽の日差しが厚い。
そういえば、さっきあいつの顔をみた時も妙にあたりが明るかった。
もしかして、あれから一晩経ったのか?いや、別の時間軸に迷い込んだのか?
目の前に起きている現象のせいで、俺の頭の中がパニックになって発狂しかけていたが、更に追い打ちをかけるかのように後ろから枯れ木を踏む足音が聞こえる。
またあいつが追いかけてきたんだ!!
今はこの不可思議な現象について考えている暇はない。俺は再び走っていると、目の前に古ぼけた神社が見えた。
とりあえず、この神社の中に隠れてやり過ごそう。
そう思い、神社の御社殿ごしゃでんへと向かって隠れようと思ったが、古い南京錠の鍵がかかって中へ入れない。
なんとか、こじ開けようと南京錠をカチカチと動かしたりその辺の木の棒でこじ開けられないか試したりしても、ビクとも動かない。
そうこうしているうちに、男の声と足元がだんだん大きくなっていくことに気が付き、俺の心が掻きむしられるように焦っていく。
どうする?俺!ここに隠れてやり過ごす方法は?また追いかけられるのはもう限界だ。
そんな焦りに焦って行き詰っていた思考に一閃の光がまた差し込む。
御社殿の窓をよじ登って中に入ったように見せかけて御社殿の下へと潜り込んで隠れることにした。
下へと潜り込む際に、顔に蜘蛛の巣や土ががかかって不快だったが、それでも進んだ。
仮に俺があの神社の御社殿の南京錠を打ち破って隠れたとしても、あの血まみれの男には刃物を持っている。
その刃物を何回も振り下ろされたら扉を破壊してくるかもしれない。
だったら、下に潜ってやり過ごす方がバレにくいだろう。
ある程度進んだ俺は、血まみれの男の様子を見るために体制を変えて見てみると、既に血まみれの男の足がそこにあった。
「あれ~こんなところに隠れたのかな?お~い出ておいでよ。お兄さん。僕たちはお兄さんをとって食おうとはしないよ。出ておいでよ」
抑揚のない、のっぺりとした口調の男の声が聞こえる。
さっきまでは追い付かれるんじゃないかという恐怖で頭いっぱいになったが、隠れたことによって少し安心感がでて考える余裕が生まれた。
目の前の得体のしれない男は絶対に俺がこんな下にいるなんて思わないだろう。
案の定、俺が御社殿の窓周りにわざとつけた足跡や土汚れを見つけた血まみれの男の足は、窓の周りをぐるぐる回ってはよじ登って窓へ侵入をしようとしている。
このまま諦めてどこかへ行ってくれないかな、あのイカレ野郎。
だが、やつはしばらくすると電池が切れたかのようにじっと動かなくなってしまった。
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