第11話 確かな才能

 静香による退魔師の特訓が始まって既に一週間が経過していた。

 

 桜子は学校などの日常生活を送りながら放課後や休日には高頻度で源家に赴き、静香から退魔師の指導を受けていた。最初に教わった魔力の制御に加え、現代を生きる退魔師について、そして妖魔についてなどの知識も少しずつ教えられた。


 その中でも特に、実技面に関しての伸びは凄まじく静香の当初の想定を軽く凌駕するものであった。


「ふぅー……」


 道場の中央で、学校のジャージに身を包んだ桜子が立っていた。


 足は肩幅に開かれ、その手には数枚の霊札が握られている。それを顔の前に持ってきて集中力を高めるように深く呼吸を繰り返す。


「……」


 その姿を、静香が少し離れた位置から見守っていた。


 この一週間の中で桜子は、途轍もない速さで魔力を扱う技術を自分のものにしつつあった。まるで乾いたスポンジが水を吸収するように、静香の教えを瞬く間に理解し実践してみせた。


 仮に幼少の頃から魔力について知りその教えを受けてきた退魔師の家系の人間だったとしても、桜子ほど上手くそして早く実践することは出来ないだろう。


 それは一重に、桜子の退魔師としてのセンスがずば抜けていることを示していた。


 静香の最初の想定では、現時点で魔力を知覚しそれを動かす訓練に移れていれば御の字だと考えていた。


 しかし、桜子はそんな想定を良い意味で打ち破った。


 まず、訓練初日の時点で魔力の知覚を完了した。

 これ自体は既に魔力を使った経験もあったことで静香も驚きこそしたものの、その程度ですんでいた。しかし続く魔力操作の訓練に移ったところで、その持ち前のセンスに驚愕させられた。


 メインとなる魔力操作は大きく二種類の操作に分類することが出来る。


 それが『循環』と『放出』である。


 それぞれが退魔師としての基礎となる魔力操作であり、そして最も疎かにしてはならない基盤を作る部分でもある。それゆえに、この基礎的な二種類の魔力操作を見ればその退魔師の力量が分かると言われるほどであり、逆にこれが出来ていない者は半人前として認識される。


 このもっとも基礎的な二つを、桜子はやはりすぐに自分のものとした。


 それもただやって見せただけではない。自分がやっていることの改善点を見つけると、それを修正するための方法を模索しすぐに実践する。それによって改善した点と、変わらない点、より悪化した点を洗い出し、また修正を試みる。これの繰り返しを静香が助言するまでもなくやっていたのだ。


 それをただのセンスという言葉で片付けてしまうにはあまりにも常識外れな光景であり、静香は嫉妬を通り越して感心すらしてしまった。何も嫉妬しなかった訳ではない。あれほどの才能が自分にもあればと、見ているのが辛くなった瞬間もあった。


 けれど、とても楽しそうに退魔師としての技術を学び、そして自分を先生と慕ってくれる桜子の姿を見ていると、次第にそういった感情よりもこの子に自分の知る全てを教えてあげたいという感情の方が強くなっていった。


「……いい感じよ」


 静香は自分の目に『魔力の流れを視認できる』ようになる霊札術を施して桜子の様子を見ていた。


 その目には、桜子の体内を一定のスピードで循環する魔力の流れがはっきりと映っていた。正直言って、魔力操作の技術に関しては既に自分に匹敵する技量があると考えていた。たった一週間の訓練でこれなのだ。自分が追い抜かれるのにそう時間もかからないだろうとも。


 事実、その通りであり桜子の魔力操作の技量は既に現役の正規退魔師と比較しても遜色ないレベルにあった。


 体内を循環する魔力が、霊札に注がれていく。


「――」


 そして次の瞬間、桜子は握っていた数枚の霊札を投げた。


 数m離れた空中でピタリと静止した霊札は、それぞれが全く同じ強さで光を放ちその光量は少ししても安定して変わることはない。


 五分ほどその状態を続けた後、桜子が大きく息を吐き出すのに合わせて霊札は輝きを失い地面にはらりと落ちた。


「ふぅ~…………」


「お疲れさま、桜子ちゃん」


 それを見計らったタイミングで静香がタオルと飲み物を持ってやってくる。


「ありがとうございます、静香先生」


 ちなみにこの先生という呼び方は静香が強制したものではなく、桜子が自発的に呼び始めたものだ。自分は教わる立場だからといつの間にか先生呼びが定着し、静香もそう呼ばれて満更でもない様子で受け入れた。


「私が見た限り五枚の霊札の注がれた魔力はほぼ等量。その証拠に霊札の効果発動時間はほぼ同じだった。まったく……この一週間で本当に信じられないほどの進歩ね」


「まだまだ結構な集中がいりますけどね。それに、かなり疲れますし……」


 静香から受け取ったペットボトルのスポーツ飲料を直角にして豪快に飲み干し、タオルで顔に吹き出た汗を拭き取る。


 動きこそ無かったものの、その様子からかなりの集中を強いられ消耗したことがうかがえた。


「それでも、よ。この短期間でここまで成長するのはほんとうに凄いことなんだから。教える側としては鼻高々な気分よ」


「そう言われると、嬉しいです!」


「あとは細々とした技術もあるけど、基本は今の『循環』と『放出』を磨いていくのが退魔師として大きな成長に繋がるわ。霊札を使った練習はここじゃなくても出来るから、訓練が無い日でも欠かさないように」


「はいっ!」


「よろしい。それじゃあ今日はここまでにしましょう」


「はい。ありがとうございました!」


 道場を後にした桜子達は訓練でかいた汗を流すために、屋敷の方にあるお風呂でシャワーを浴びる。さすが立派な造りの屋敷だけあって、湯殿の作りも複数人が一度に入れる檜の湯舟に加え、広さもまるで銭湯のそれのようだった。


 桜子も初めてそこを利用したときは、そのあまりの豪華さに声を上げて驚いたほど。


 着ていた服を洗濯機に放り込み、緊張と集中で固まった筋肉の凝りを解すように身体を伸ばしながら汗を流した。風呂から上がると今度は持ってきていた私服に着替えて、二人揃って昼食を食べる――のだが、今日はそこに一人追加がいた。


「静音姉さん。どうしているの?」


「あ、静音先生!」

 

 風呂上りの二人の視線の先には見慣れた保健室スタイルの静音の姿があった。

 もっとも、服装に関していえば休日の風呂上りにも関わらず相変わらずの黒スーツな静香が言えたものではないのだが。


「いやなに、佐倉くんの様子が気になってね……ついでにここにも用があったから、待っていたんだ……」


「そうならそうで連絡の一つぐらいくれればいいのに。いきなり来るから驚いたわよ」


「思い出したらするつもりだったんだけど、ね。すっかり忘れてた……」


「……あっそ」


 そんな姉妹のやり取りを眺めていると、立場が逆の方がピッタリなんじゃなかろうかと桜子は口には出さないけど思ってしまった。


「まあ正直タイミングとしてはちょうど良かったわ。私も桜子ちゃんのことで姉さんに聞きたいことがあったし」


「ん? なんだい……?」


「『心具』のことよ。これに関しては同じ持ってない立場でも、姉さんの方が詳しいでしょ?」


「ふむ、確かにそうだ。しかし、その話は食後にしないか? 今は休憩中なんだから、しっかりと頭を休めた方がいい……」


 そのようなやり取りがあり三人で昼食を取ることになった。


 メニューについては家の雰囲気にあった和風の食事となっており、主菜であるサバの味噌煮を中心に副菜としてほうれん草のお浸しと卵焼き、白米と豆腐とわかめの味噌汁という割と家庭的なメニューになっている。

 

 食べ始めて少し経った頃、桜子が唐突に疑問を口にした。


「あの、思ってたんですけど……」


「なにかしら?」


「この家って先生たちの実家なんですよね? それにしては先生たち以外には使用人さん?しか見かけないなと」


「ああそんなこと。源家が退魔師の家系だっていうのは言ったでしょ? うちは父が今の当主なんだけど、現役の退魔師でもあるの。しかもそれなりに強いもんだから、日本のあちこちを飛び回ってて、母もそれについてサポートしてるの。だから中々帰ってこれないのよね」


「ああ、それで」


「まあ連絡は取れるし心配はしてないんだけど――あとついでに一つ教えておくと、うちには使用人はいないわよ。あれは全部『式神』なの」


「式神、ですか?」


「そう、退魔師が使う術の一つね。仮初の命を宿した依り代……って難しいか。う~ん、現代風に言うと人工知能が搭載されたロボットって感じかしら?」


「そうだったんですか!? 普通に人間だと思ってました!?」


「桜子ちゃんもそのうち見分けがつくようになるわよ。ちゃんと見ると、魔力で動いてることがすぐ分かるから。この家は両親が不在の間は式神が管理してるの。さすがに外から使用人を雇うには色々問題も多いし、内弟子も今はいないから」

 

 そんな意外なことが判明しつつ、昼食を食べ終えた三人。


 午後の最初は元から座学を進めていくことになっていたので、教える側が静香から静音にバトンタッチして進められることとなった。


「さて、それじゃあ『心具』についてだったね……ふむ、佐倉くんはどこまで知っているのかな……?」


「えっと、凄く珍しい道具?現象?で、私が魔力を使うのを手伝ってくれる……ぐらいです」


「なるほど、ね。それじゃあまずは、心具とは何なのか?について、話そうか……」


 静音が学校の授業のように心具について説明を始める。


「まず、心具はいま佐倉くんが言った通り大変珍しいもの、だ。どちらかというと現象に近いかもしれないね……現代においても、その出現条件や形すら分かっていない不思議な現象だ……また熟達した退魔師が覚醒することが傾向としては多い……」


「形も分かってないって……もしかして全部が杖の形って訳じゃないんですか?」


「その通り、だよ。似ている形状をとることはあっても、完全に同一となることは無いと言われている……だから心具は、それを覚醒した人間によって様々な形状になるんだ。例えば、佐倉くんの杖だったり、あるいは剣だったり、槍だったり……中には動物の形になった、なんて記録も残っているね……」


「動物っ!?……なんというか、よく分かんないですね。心具って」


「そう、その通りなんだよ。心具とはよく分からないものなんだ……でも唯一分かっていること――というより、推測されていることがある。それは心具の形や能力は、その人物の心象を反映しているんじゃないか、ということだ……だからこそ、『心具』と呼ばれているんだよ……」


 桜子はその静音の説明にいまいちピンと来ていない様子だった。どうして自分の心を反映した形が杖になるのか、となんとなく釈然としないのだろう。


 その様子を察した静音は、その反応すらも面白そうに笑ってみせる。


「人の心なんて千差万別。例えそれが自分自身の心だろうと、それを完全に把握するのは難しい……佐倉くんの心具がどうしてその形になったのか、いずれ分かるときがくるさ……」


「……?」


「それよりも重要なのは、君が持つ心具の能力について、だ……」


「心具の能力ってさっきも言ってましたよね。それも心具によって違うんですか!?」


「そういうことだね……」


 桜子がこれまでに心具を使ったのは、たったの二回。いずれも妖魔との戦闘の中で使ったっきりである。


 静香との訓練の中では基本的に心具を扱うことは無かった。いくつか理由はあるが、最もたる理由はやはり基礎をきちんと固めるためには心具という補助は無い方が都合がいいからだった。


 そしてそんな僅か二回の話を事前に聞いていた静音は、自分なりに桜子の心具について、その能力を推測していた。


 それが――『イメージの具現化』である。


「イメージの、具現化……」


「佐倉くんはいずれの場合の時点でも、退魔師としての技を習ったことすら無かった……つまり、妖魔を倒した技は完全に自己流で使ったということになる。しかし、魔力の扱いも知らない一般人にはそんなこと不可能だ……ゆえに立てた推論が、『イメージの具現化』だ……」


 例えば桜子が初めて妖魔と遭遇し、それを討伐したとき――桜子は主に二つの術を行使していた。


 一つは妖魔を倒す為にアニメの技を再現した「桜一閃」、もう一つは自分の身体や公園の遊具などを修理した術。この二つを使ったとき、桜子はいずれも杖を握りながらそのイメージを伝えることによって杖がそれに応える形で術が発動していた。


「つまり、その杖は佐倉くんの想いイメージを形にすることが出来る……そう考えるのが妥当だろう……」


「姉さん。それって、イメージさえ出来れば何でも出来るって言ってるのと同じなんだけど……?」


「理論上は、そうなる。もちろん、使う術の規模によって魔力の消費もあるだろうから、何でもとはいかないだろうけど、ね……」


「そんな無茶苦茶な……」


 静香の信じられないと言いたげな視線が桜子に、いや桜子の前に置かれた杖に注がれる。


「現状で分かるのは、そんなところだ……静香、佐倉くんの習熟度はどうなんだい?」


「え、ええ。魔力操作に関しては『循環』、『放出』ともに現役の退魔師に遜色ないレベルまで成長しているわ。霊札術とか知識方面に関しては、さすがにまだ素人に毛が生えた程度だけど、それでもこの短期間においては信じられない成長幅よ。本人の努力も勿論だけど、センスが常軌を逸してるわ」


「なるほど……」


 静香の言葉を聞き、静音は少し考えるような動作を見せてから言葉を続けた。


「だとすれば、次に進む準備を始める必要がありそうだね……」


「次って?」


 静香が怪訝そうに聞き返すと、静音は先ほどと同じ面白そうな笑みを浮かべた。


「心具を使った本格的な戦闘訓練、だよ……」


「それはっ!? いくらなんでも早すぎるわよ!!」


「確かにそうかもしれない。そこで、だ……近々、管理局主催の新人退魔師のレクリエーションがある……それに参加するのはどうだろう……?」


「――ああ、そういえばそんな連絡が来てたっけ」


 自分の今後について話し合う二人を横目に、桜子は目の前に置かれた心具に視線を注いでいた。先ほどの話の中で心具とは己の心象が形を成したものだと説明されたが、桜子はそれから自分の中の思い当たるふしを考えていた。

 

 杖といわれて真っ先に思い浮かぶのは、やはり魔法使いだろう。そして魔法使いといえば、桜子が愛してやまない『魔法少女桃色サクラ!』が連想される。確かに慎重に思い出してみれば、杖が現れたときサクラのように魔法が使えれば!と考えていた。


 ――しかし、である


 確かに桃色サクラや他の魔法少女たちも魔法を発動する触媒として杖を用いる。けれども、その中に桜子が持っているような形の杖は登場しないのだ。もちろん主人公である桃色サクラの杖も形状が異なる。


 だからこそ、静音の説明を聞いてもいまいち納得がいかなかったのだ。


 自分の心が形になるというのなら、どうせならサクラとお揃いの杖が良かったと……


 杖を見ながらそんなことを考えるが、それに対して特に答えが出る訳でもなく。


「――桜子ちゃんはどうしたい?」


「……え、私ですか?」


「実戦を想定した訓練ってことは、今までの訓練よりも危険は段違いよ。怪我をする可能性だってあるわ。それでも姉さんが言ったように、実戦訓練に参加したい?」


「私は……挑戦してみたい、です」


「……」


 その言葉に、静香はしばし沈黙し何かを考え込むように瞳を閉じた。やがて、深く溜息を吐き出す。


「分かったわ。気持ちは分かるもの。でも、今のままじゃまだ参加させられない。訓練の中で、私が参加してもいいと思う水準に達したら許可します。その分、これまでよりもハードになるわよ?」


「頑張りますっ!!」


 そう宣言した桜子の瞳には、確かな決意と自身の成長への期待が宿っていた。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

遅くなってしまってすみませんでした!(´;ω;`)


今回はあとがき無しでお願いします!

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魔法少女なんだから身バレ禁止は当然でしょ? ミジンコ @saikyo37564

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