第10話 退魔師見習い『佐倉桜子』

「どうしたの桜子? なんか上機嫌じゃない?」


「え、そうかな?」


 学校の休み時間、ともちゃんにそんな感じで話しかけられた。


「昨日遊んだ時もそうだったけど、なんか浮かれてるというか。やっぱり何かあったんじゃないの?」


「う~ん、別に何かあったって訳じゃないんだけど~……」


 嘘である。


 一昨日の土曜日、私は退魔師になった。正確にいえば退魔師じゃなくて『退魔師見習い』なんだけどね。何の訓練も積んでない私がいきなりプロになるなんて土台無理な話で、まずは見習いから始めることになったのだ。


 そして今日はなんと、退魔師見習いになってから初めての訓練がある日なのである!!


 正直、それが楽しみで昨日からずっと浮かれているかもしれない。


「そうかな~?……まあいいけど。ところで桜子、今日の放課後一緒に勉強しない? そろそろテストも近いから分かんないとこ聞きたくて」


「ごめん! 今日は前々から予定が入ってて……」


「そうなの? そっか、じゃあ仕方ないね」


「ごめんね。明日とかなら大丈夫なんだけど」


「うーん、明日は私が部活があるからダメなんだよね」


 ちなみに、ともちゃんは中学生に入ってから陸上部に所属している。昔から走るのが速かったけど、部活に入った今でも部内で上から数えた方が早いぐらいの実力なんだとか。さすがはともちゃんである。


「しょうがない。また時間が合う時にするか。どうせテストが近くなれば部活もなくなるし」


「うん! その時はなるべく予定空けられるようにするね!」


「頼むぞ~? 私の成績は桜子にかかっているといっても過言じゃないんだから!」


「いや、そこは自分でも頑張ってよ」


「自慢じゃないが、自分で勉強した結果のテストが50点を超えたためしがない!!」


「本当に自慢じゃないからね、それ……」


 ともちゃんとそんな話をしたりして、あっという間に放課後。

 あっという間というには、普段よりも時間が長く感じられた気もしたけど。やっぱり楽しみなことが待っている時って、不思議と時間が長く感じるんだよね。


 下校のチャイムが鳴る中、私は昇降口ではなく保健室の方に向かった。


「失礼します。静音先生いますかー?」


「ああ、待っていたよ……佐倉くん」


 他に誰もいない保健室の中で、奥にある棚の影からひょっこりと静音先生が顔を出した。


「今日はよろしくお願いします!」


「こちらこそ、よろしく……と言っても、教えるのは私ではなく、静香なんだがね……」


「そういえば放課後保健室に来るようにって言われてましたけど、今日の訓練ってどこでやるんですか? まさか学校じゃないですよね?」


「ははっ、さすがに学校ではやらないさ……学校の外に静香が迎えに来ているはずだから、それに乗って向かってもらうよ」


「迎えって……」


 思い出すのは以前、家の前に迎えに来てくれた黒塗りの高級車っぽい車。まさかあんなので迎えに来られたら目立ってしょうがないよ、と思いつつ静音先生について外に出る。

 

 普段私たち生徒が使わない教職員が出入りする裏門から出てそのすぐ近くに一台の車が停まっていた。といっても私が懸念したような黒塗りの高級車ではなく、どこにでもあるような普通の軽自動車だったけど。


 運転席側の窓に近づくと、中には今日も安定して黒スーツの静香さんの姿があった。


 静音先生が窓をコンコンと叩くと、静香さんがそれに気付き窓を開ける。


「佐倉くんを連れてきたよ……後はよろしく、ね……」


「ええ任せてちょうだい。それじゃあ桜子ちゃん、乗って乗って」


「あ、はい! 静音先生、さようなら! また明日!」


「ああ、頑張っておいで……」


 静音先生に見送られながら乗り込むとすぐに車は出発した。


「次からは場所を考えましょう。学校の近くにこんな格好の人物が乗った車が止まってたらそりゃ怪しまれるわよね」


「ああ、そういう。ちなみに服装を変えるって選択肢は無いんですか?」


「それじゃ私のアイデンティティが無くなるから、無いわね」


「アイデンティティ……」


 静香さんのこだわりは正直よく分からない。大人になれば分かるようになるのだろうか?


 それはともかくとして、車は学校を出発してから十分ほどのところで一軒の家の前で止まった。


 いや、家というより……屋敷? それも洋風ではなく和風の武家屋敷のようなところ。


 外観は横に長い木製の塀があって正面は私の身長よりも余裕で高い立派な門がお出迎えしている。その門の向こうにはこちらも立派な玄関があって、そこに続く道には砂利と石畳の和風な趣を感じさせるよう整備されている。


「ここって……」


 向かっている途中に薄々もしかして?と思って、到着してやっぱりと思った。


 この家というか屋敷、私が通っていた小学校や今通っている中学校でもそれなりに噂になっている場所だ。外観からも分かる広い敷地と、一般人が住んでいるとは思えないほど立派な家の造り。特定の自由業の人たちが住んでいる場所だとか、富豪もしくは名家の家だとか、まあ色々な噂が立っていた。


 まさか、自分がここに来るとは思ってもみなかったけど……


「さ、着いたわ。ここが私と静音姉さんの実家、源家の本家よ」


「す、すごい家に住んでるんですね」


「今は二人とも別の場所に住んでるけどね。でも子どもの頃はこんな家に出入りしてたもんだから、クラスメイトにも色々言われたのよねぇ……ああ、桜子ちゃんは心配しなくても大丈夫だから。認識阻害の術を使ってるから、この家に入っていったのが桜子ちゃんだってバレる事はないわよ」


「そうなんですね。ありがとうございます!」


「どういたしまして。ほんと、うちの連中もそこらへん気を使ってくれれば私も苦労することなかったのに――それじゃあ行きましょう」


「は、はい!」


 静香さんについてお屋敷に入る。


 途中で何人か着物を着た人とすれ違ったけど、静香さんの姿を見ると軽く会釈をする姿があった。雰囲気的に静香さんの家族って感じじゃなくて、お手伝いさんみたいな人なんだと思う。


 お手伝いさんがいる家って……なんて思ったけど、これだけ広い家なら一人や二人ぐらいいてもおかしくないかと自分で納得した。ああでも、出会う人全員が和服を着ていたのにはさすがに驚いたけど。


 静香さんに連れてこられたのはお屋敷の奥の方にある道場のような場所だった。


「今日からここでみっちり退魔師としての基礎を叩きこんでいくわ。覚悟はいいかしら?」


「はいっ!!」


「いい返事ね。それじゃあ始めていきましょう――」


 そうして私にとって、人生初となる退魔師になるための訓練が始まった。


「まず桜子ちゃんには『魔力』についてちゃんとした知識と、それを正しく扱う為の訓練を受けて貰うわ」


 道場の真ん中でホワイトボードの前に立った静香さんがそう言う。


「魔力とは何なのかって話だけど、ざっくりいえば一種の生命エネルギーよ。どんな生き物でも、それこそ人間以外の動物だって持っている。そんな全ての人間に備わっている魔力だけど、もちろんその人によって大小がある。この魔力の大小が退魔師になれるかなれないかの最初の関門になるの」


「どうして魔力が少ないと退魔師になれないんですか?」


「単純に術が使えなくて妖魔と戦えないからよ。魔力を使って術を発動するための最低ラインがあるの。ちなみに、野生動物が術を使わない理由も同じよ」


「なるほど」


 前に静香さんが退魔師が足りなくて大変だみたいなことを言っていた。それだけ退魔師になる為には魔力を沢山持っていないといけないということなんだろう。


「続けるわね。桜子ちゃんはこの魔力の量に関しては合格点よ。それどころか、周りに自慢できるレベルね。誇っていいわ」


「あ、ありがとうございま「ただし! それを制御する技術が未熟なのはこの間言った通りよ」――はい……」


「まあこれについては仕方ないんだけどね。なにせ何の訓練も受けないでいきなりぶっつけ本番でやってたんだから。おそらくは、桜子ちゃんの心具がその辺りを完璧にサポートしてたんでしょうね」


「心具が……」


「さて、聞いてばかりもつまらないだろうから、そろそろ実践的な練習を始めていきましょう」


 そういうと、静香さんは二枚のお札を取り出してみせた。


「源家は古くは陰陽師の家系に連なる退魔師の家よ。だから伝統的にこうして札を使って術を使うの。いわゆる『霊札術』といわれる系統の術ね。術の体系の中では一般的で、色々と応用幅が広い万能系の術に分類されるわ。もちろん初心者の訓練にもぴたりなのよ?」


 そう言って静香さんは手に持っていたお札のうち片方を私に差し出す。


 受け取ったそれは和紙みたいな材質の少しざらっとした感触で、表面にのみ複雑な文字なのか模様なのかよく分からない何かが描かれていた。


「霊札は魔力を込めることによって、そこに書かれている術式通りの現象が起こる。例えば桜子ちゃんに渡したそれには、魔力を込めると発光する術式が書かれているわ。こっちのにも同じ術式が書かれてる。見てて――」


 静香さんはそこで言葉を切り、霊札に視線を向ける。


 すると次の瞬間、仕掛けもないただの紙が僅かに光をまとい始めた。そしてあっという間に電球ぐらい明るく光るようになる。


「まぶしっ」


「こんな感じよ。これを今から桜子ちゃんにもやってもらうわ。自分自身の魔力をしっかりと認識して、その上で自分の意志で動かし霊札に魔力を送る。ちなみに桜子ちゃんは自分の中の魔力を感じることは出来る?」


「えっと……分かんないです」


「なるほどね。それじゃあ以前に心具の杖を使ったときの感覚は覚えてるかしら?」


「なんか力が抜けるような感覚があったのは覚えてるんですけど、それ以外はさっぱりって感じで……」


「分かったわ。じゃあまずはそこから始めましょう。桜子ちゃん、私の手を握ってくれる?」


「手、ですか? 分かりました」


 静香さんは私の前に膝をつくとそう言って掌を差し、私はその手を取る。


「今から私の魔力をちょっとだけ桜子ちゃんに流すわ。それでまずは魔力の流れを感じてちょうだい」


「が、がんばりますっ」


「じゃあいくわよ――」


 少しして、差し出した掌から何か温かい流れが腕を遡って来るのを感じた。


「どう?」


「なんか、変な感じです」


「慣れないとそうよね。でも今はその流れと、どんな風に感じるかを覚える事に集中して」


「はい……」


 時間にして一分ぐらいはそうしていただろうか。


 私は静香さんに言われた通り自分の腕を伝っているその流れの感覚を覚えることに集中した。


「――ここまでよ」


「っ……」


 静香さんの声がしてはっと我に返る。


 自分でも思った以上に集中していたみたいだ。


 そして顔を上げると、額に汗を浮かべ呼吸を荒くした静香さんの姿があった。

 まるで全力疾走した後みたいな感じになっている。


「せ、静香さん!? 大丈夫ですか!?」


「ええ、大丈夫よ……ちょっと疲れただけだから。気にしないで」


「ちょっと疲れただけって――」


 ただ魔力を流すだけの行為がそんなに疲労するものなのか、と疑問に感じたが一旦静香さんの呼吸が整うのを持つ。


「ふぅ……ごめんなさい。心配させちゃったかしら」


「いえ、その、魔力を使うのってそんなに疲労するものなのかなって」


「今回は魔力が少ない方が多い方へ流そうとしたからちょっぴり大変だったってだけ。退魔師界隈では弟子が師匠より魔力が多かったときは、こうなるのが普通なの。私もやるのは初めてだったけど、思った以上でびっくりしちゃった」


「そんな……なんかあの、ごめんなさい」


「別に桜子ちゃんが謝ることじゃないわ。言ったでしょ、退魔師にとってはこれが普通なんだって。そんなことより、どう? 魔力の流れは感じ取れた?」


「あ、はい! それは何とか」


「じゃあ、それと同じ感覚を自分の身体の中で探してみて。おへその下辺りを意識すると感じやすいと思うわ。もう一度これやるの大変だから、頑張ってね?」


「はい! 頑張ります!」


 静香さんは冗談めかして言ったけど、さっきのが大変なことに変わりないはず。だったらさっきの感覚を忘れないうちに頑張って自分の中の魔力を感じ取らないと――


 自分の内側の意識を集中させる。


 さっき静香さんに流してもらった魔力の感覚。


 それから杖を使ったときに感じた、力が抜けるような感覚。


 これまでに魔力を感じた経験はそれぐらいしかない。だからこそその二つの経験を鮮明に思い出して、どこをどんな風に流れていたのかをトレースする。それから静香さんにアドバイスされたおへそのした辺りも意識する。


 ……まだ分からない


 …………まだ、分からない


 ………………ん?


 おへその下の辺りに何か温かいものを一瞬だけ感じた。その感覚を追いかけるようにさらに意識を集中させる。


 ……あっ――


 再びそれを捉えた時、視界がぱっと開け、今まで曖昧だった感覚が急に鮮明になったのを感じた。


 おへその下あたりに強く大きく感じるそれが、心臓の鼓動とともに血液のように全身を巡っている。指の先から爪先まで満遍なく巡り、そして身体から外へ漏れ出している魔力も感じることが出来た。


「静香さん」


「すごいわ……こんな短時間で感じられるようになるなんて。正直、この段階で一週間以上かかると想定してたのに」


「そうなんですか?」


「ええ。改めて思うけど、本当に凄まじい才能ね……いいわ。それじゃあ次はその魔力を自分の意志で動かす訓練に移るわよ」


「はい。お願いします!」


 静香さんによる退魔師の特訓、修行は続く。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

お待たせしました!


という訳でいよいよ桜子が魔法少女(退魔師)への道を歩き出しましたね。そろそろ十話も超えてくるので、この一章も後半に差し掛かっている訳ですが。

退魔師見習いとなった桜子がどのような活躍をするのか!?はたまたしないのか!? 

次回以降の更新もぜひお楽しみに!


また面白い、続きが読みたいと思って下さったら『いいね』や★評価、感想等もよろしくお願いします!執筆の励みになります!

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