第9話 退魔師の適性
霊魔管理局に到着してから驚きの連続だった。
まさかこの間知り合った退魔師さんのお姉さんが私の学校で保健の先生をしている静音先生だなんて思いもよらなかった。というか退魔師なんてしながらどうして学校の先生なんてやってるのか謎でしょうがない。
聞くだけ聞いてみたけど、上手くはぐらかされて結局理由を聞くことは出来なかった。
……まあそれは一旦置いとくとして。
今、私は退魔師としての適性検査を受けている最中だ。
「退魔師になる為には『魔力』っていう力が必要なの。昔は『霊力』なんて呼ばれ方もされてたけど、今はもっぱら魔力って呼ぶわね。私たち退魔師はそれを様々な力に変えて妖魔と戦っているわ」
そう語ったのは静香さん。
何となく、退魔師って呼ばれてるから霊力の方がしっくりくる気がするけど今は魔力という呼び方で統一されているらしい。
いま私は前面がガラス張りにされた広さ六畳ぐらいの部屋の中にいる。ガラス窓の向こう側には静香さんと静音先生がいて、部屋の天井に付けられたスピーカーを通して二人の声が聞こえる感じだ。
曰く、この部屋の中は余計なノイズ?が入らないように特殊な加工がされていて、極めて精密に検査をすることが出来るんだとか。色々細かい説明もされたけど、最終的に今みたいな感じで静音先生がまとめてくれた。
こういうところは、さすが先生だなと思った。
『それじゃあ……まずは魔力測定から、始めようか……』
「お、お願いしますっ」
『緊張しなくても、大丈夫だよ……別に痛いことなんて、無いから。指示通りに動いてくれれば、すぐに終る……』
「は、はい」
静音先生がそう言うや否や、部屋の床から腰ぐらいの高さの円柱――台座が飛び出してくる。まるで黒曜石のように真っ黒で光沢のある材質の物で作られているのが見た目で分かる。
『それじゃあ、そこに手を乗せて』
言われて台座に近づいてみると、上面には掌の形をしたガイドが描かれていてここに手を乗せろというのが一目見て分かった。それを見て若干ワクワクしている自分を抑えながらゆっくりと、言われた通り台座に右手を乗せた。
すると――
掌を乗せてほんの少しすると、台座からブォンと機械が起動するような音が鳴った。そしてそれと同時に台座が青く発光を始める。
「わぁ……!」
そのあまりにもそれっぽい光景に思わず感嘆の声が漏れる。
このとき近くにいた私は気付かなかったけど、黒曜石のような台座の表面に幾何学模様が浮かび上がっていたらしい。
そして台座の変化はそれだけには止まらなかった。
青い輝きをへて、今度は光の色が緑へと変化する。
それでもまだ終わらない。
緑色から赤色へ。そして赤色から――金色へとその輝きを変化させていった。
『……!』
スピーカーの向こうから息を呑むような音が聞こえてくるが、今の私にはそんなことを気にしている余裕は無かった。
なにせ、徐々に強くなっていく光がかなり眩しかったのだっっ!!
特に金色になってからは、もうサングラスでも欲しい程に眩しくて目を細めるどころか閉じてしまうぐらいに眩しい。こんなに発光するなんて事前に説明されてなかったぞと、文句を言いたくなる。
そしていい加減眩しいっ!!?、と静音先生にまだ終わらないのか聞こうとしたところで瞼に感じる光が徐々に収まっていくのが分かった。目を開けたときには、本当に光が収まる直前だった。
そのとき、金色の光に紛れてほんの少しピンク色っぽい光が見えた気がした。まああれだけカラフルに輝いていたんだから、ピンク色もあるのかと特に疑問には思わなかったんだけど。
すると、少ししてスピーカーから静音先生の声が聞こえてきた。
『ありがとう。魔力測定は無事終了したよ……次の検査をするから、手を外してもらっていいかい……?』
「あ、はい!」
それからも部屋の中に次々と出てくる測定器具?を使って学校の健康診断みたいな検査や、意味があるのか無いのかよく分からない検査をしたり。それが全て終わる頃には、ここに到着してから二時間近くが経過していたのだった。
桜子を別室で待たせながら、
しかしその表情は対照的であった。
静香は眉間に皺を寄せて難しい顔をして目を細めて紙面を見ているが、静音はその検査結果を見て愉快そうに鼻歌でも歌いだしそうなぐらいご機嫌な様子だった。
「……姉さん。これって……」
「ああ……これは凄いよ。まさか今の時代に退魔師の家系以外でこれほどの適性を持つ人間がいるなんて驚くべきことだ……! 確かに元を辿れば私たちのような家もまた、始まりはごく普通の家から端を発している……そう考えれば、佐倉くんのような存在が現代に現れたとしても、なんら不思議ではない。実に面白い結果だよ、これは……!」
「呆れた。自分の学校の生徒に対してそんな言い方、教師としてどうなの? 私としては全然笑えない結果なんですけど?」
「ふふ、安心してくれ……私にだって人並に生徒を慮る気持ちはあるよ。そこらのモルモットのような扱いなんて絶対にしないさ……」
「……まあいいわ。それよりも、この結果って間違いないのよね?」
「静香も一緒に見ていたじゃないか……佐倉くんは間違いなく一流の、いや超一流の退魔師になれる素質を持っている……!」
桜子の検査結果から分かったこと。それは桜子の退魔師としての適性が『あまりにも高過ぎる』ということだった。
「この魔力量……ほとんどの一般人が1~10程度、退魔師としての適性があると判断される基準が100以上。で、退魔師としては平々凡々な私の魔力量が650。それなのに……『1,500』なんて、信じられない結果よ」
「それだけじゃない。魔力の純度がそこらの退魔師より数倍以上高い……これも踏まえて考えると、数値的には『3.000オーバー』と見積もっても良さそうだ。既に魔力量だけなら、現役の一流退魔師と張れるね……」
「でも、確かにあの鬼の妖魔との戦いを見せられた後だったら納得よ。あのとき感じた途轍もない魔力、今思い出しても鳥肌が立つわ」
「ぜひ、私もその光景を現場で見たかったものだ……なるほど、これなら確かにレベル2の妖魔を倒し、続けてレベル3の妖魔の討伐に成功したことにも頷ける。といっても……制御の方にはまだ問題があるみたいだけどね……?」
「問題なんてもんじゃないわよっ!!」
静香が突然声を荒げる。
「今のあの子は不発弾と同じよ!? 魔力が全く制御できてなくて垂れ流し状態っ! 下手に感情を昂らせるようなことがあったら、制御不能になった魔力が暴発する可能性だってある!!」
静香が桜子の検査結果を見てもっとも問題視していたこと――それは桜子の魔力制御の未熟さだった。魔力を使うも使わないも、桜子は全て自身の感覚で行っていることが検査から分かっている。しかも意識的にではなく、無意識にだ。これをプラスに捉えれば退魔師としての才能だと言えるだろう。
しかし逆に言えば、いつ何が起こってもおかしくないぐらいに不安定なのだ。もし何かあったときに、制御する術を知らなければ自分だけではなく周囲にまで被害を出す事になる。
ゆえに退魔師にとって魔力の制御とは、基本中の基本。
それは自分自身を守るだけではなく、仲間を守ることにも繋がるから。
そんな懸念を抱いたが故に声を荒げた静香に対して、静音は検査結果が書かれた紙から目を離さずに答える。
「……その通りだ。ゆえに、今すぐにでも対策を講じなくてはいけない」
「対策……?」
「ああ。佐倉くんには霊魔管理局所属の退魔師になってもらう」
「……なるほどね。でも桜子ちゃんが退魔師になるかなんて本人の意志次第よ? 断られたとして魔力の封印処置をするっていう手もあると思うけど」
「そうなればいいけど、ね。今回の彼女の検査結果は、すぐに上に知られるだろう……すると上は間違いなく彼女の勧誘に動く。これだけの才能を示してしまったら、絶対に逃がさないだろう……特に最後の『アレ』を見れば、ね?」
「っ……!!」
静音が言った『アレ』という言葉に静香はドキリとしたような表情になる。
「金色を経てからの、ピンク色の輝き……あれは本来、測定装置には設定されていない色だ。そしてああした反応が現れる理由は一つ、測定者が『心具』に覚醒しているから。上は絶対に、佐倉くんを逃がさない……現代の退魔師不足は深刻だからね。力のある退魔師は特に、ね……」
「そうよね……ただ優秀な退魔師になりそうだってだけでも勧誘する理由には十分なのに、それが『心具』所持者となれば間違いないわ。はぁ……何だってあんな子どもに心具が目覚めるのよ」
「さあ。心具の覚醒条件は未だに解明されていない以上……例え子どもだろうが、老人だろうが覚醒したっておかしくはない――しかし、杖の心具を持って魔法少女を名乗ったなんて……くふっ……!」
「姉さん、絶対に桜子ちゃんの前で笑っちゃダメよ? ついこの間まで小学生だったんだから、そういうお年頃なのよ。姉さんだってそういう時期が――あったっけ?」
「もちろんさ……どうやってあの一瞬で姿を変えているのか? どうやって身体能力を引き上げ、特殊な能力を使えるようにしているのか……興味は尽きなかったよ……」
「……そうじゃないのよね」
子どもの頃から少しずれた感覚で物事を見ていたらしい静音に溜息をはく静香。
「それにしても、退魔師にするって具体的にはどうするの? まだ中学生だから正式な退魔師としては認められないわよ?」
「そこはウチを頼ろうと思ってる……源家の弟子の一人として魔力の制御法を学ばせるんだ。そうすれば、厄介な連中も早々介入出来ないだろう……?」
「なるほどね。分かったわ。後は桜子ちゃんをどう説得するかなんだけど「そこは私に任せてくれ……」――姉さんが? まあ、いいけど……」
静音の言葉に若干不安になった静香だったが、一先ず任せてみることにして桜子の待つ部屋へと向かった。といってもすぐ隣の部屋なのだが。
部屋の扉を開けると、することが無くて暇過ぎたのか座りながら舟を漕いでいる桜子の姿があった。
慣れない検査の連続で疲れたのもあるだろうと、二人はそっと部屋に入って扉を閉める。そしてほんの少しの罪悪感を抱きながら、静香が桜子の肩を揺さぶって目を覚まさせようとする。
「桜子ちゃん、起きて」
「んぅ……」
「ごめんね、疲れてるところ悪いんだけど、もうちょっとだけ頑張ってもらえる?」
「ぁ……はぁ……はいっ!?!? あ、すみません寝てましたっ!!?」
「大丈夫よ。こっちも随分と待たせちゃってごめんなさい。あなたの検査結果がまとまったから、聞いて欲しいの」
「は、はい! もちろんです! 是非聞かせてください!」
寝起き故か、まだ若干テンションのおかしな桜子に目が覚めるからと、静音がいつの間にか淹れていたコーヒーを手渡す。湯気が立ち昇るそれを一口含んで、熱さと苦さで桜子は急に目が覚めていくのを感じた。
「はぁ……ありがとうございます。目が覚めました」
「ふふ、それは良かった……それじゃあ早速だけど、君の検査結果の話をしようか」
「はい、お願いします!」
「まずは――」
そうして静音が語る自分の検査結果について、真剣な表情で時折驚きなども混ぜながら聞いていく桜子。途中、専門的な部分は静香がフォローを入れたしつつ何とか自分の中に落とし込もうと頑張っていた。
まず自分に退魔師としての才能があると言われたことに驚き、続けてその才能がずば抜けているという部分を聞いてさらに驚く。
検査結果の全てを聞き終えるころには、ぽけーっとした表情を晒すまでになっていた。
「――と、こんなところかな。大丈夫かい……佐倉くん?」
「……え、あ、はい。大丈夫です」
「まあ今日突然こんなところに連れてこられて、退魔師云々なんて話を聞かされたら頭の中ぐちゃぐちゃになるわよね。仕方ないわ。でも取り合えず、桜子ちゃんには退魔師として優れた才能がある。これだけは理解しておいて」
「私に、退魔師としての才能が……」
桜子自身ここ数日で妖魔という化け物に襲われたり戦ったりする中で、もしかしたら自分には特別な力があるんじゃないかと薄々思ってはいた。けれどそれをしっかり検査した上で、改めて面と向かって言われると喜びよりもどうして?という疑問が勝ってしまっていたのだ。
そんな桜子の様子を見て、静香は静音に目配せをして例の話をするように促す。
「さて、佐倉くん……一つ提案があるんだが、いいかい……?」
「提案、ですか?」
「君、退魔師になる気はないかい?」
「……!」
「退魔師になる、と言ってもいきなり妖魔と戦えなんて言う訳じゃ無い……ちゃんと言い直すと、魔力を制御する訓練を受けないか?という提案に近いね。君のその膨大な魔力量、そして覚醒した『心具』は場合によっては君や、その周りにも被害を及ぼす可能性がある……そうならない為にも、ちゃんとした指導を受けて欲しいと思っているんだ……」
桜子は静音の言葉を聞き、自分がどうしたいかを考える。
正直言って妖魔とか退魔師とか心具とか、まだ全然理解できていない。どうしてこの間まで普通の中学生をしていた自分が、こんなことに状況に陥っているのかも分かっていない。
でも、一度知ってしまった妖魔という存在。
そして妖魔に襲われたときに感じた恐怖。
妖魔を倒したときに感じた達成感。
静香を助けたときに感じた誰かを助けたいという気持ち。
そして退魔師という特別な存在への――憧れ。
そんな様々な感情が桜子の中に渦巻きながら、けれど一歩踏み出すのか、それとも今日のことは忘れて今まで通りの日常に戻るのか……天秤は傾いてはいるものの、それを決定的にするためにはまだ一手足りない様子だった。
そこでその足りない部分を補うべく、静音がさらに言葉を重ねる。
「ところで、佐倉くん。佐倉くんは魔法少女が好きなんだってね……?」
「え、はい。そう……ですね。アニメとか結構見てますけど」
「うんうん……退魔師って、魔法少女に似てると思わないかい?」
「え……?」
「正体を隠しながら日々活動し、魔法のような力を使いながら妖魔と戦う……まるでアニメに出てくる魔法少女みたい、だろう……?」
「……!!」
そんなことを言いだした静音を、静香が「嘘でしょ……?」とでも言いたげな唖然とした視線を向ける。その視線に気付いた静音は、けれど何故か自信ありげに口元に笑みを作った。
「特に君の持つ杖型の心具……それを使えば君がやりたい魔法少女っぽいことは大抵出来る、はずだ。例えば箒で空を飛んだり、変身したり、ビームを打ったりとか……それからついでにこれも見て欲しい」
「これは……?」
「退魔師になることで得られる特典をまとめた資料だ。お給金や、妖魔討伐による特別報酬、霊魔管理局にある各施設で受けることが出来るサービスなどなど、だよ……」
「……!」
一体、中学生相手に何を見せているんだと思わず顔を覆いたくなった静香。
いくら今時の子どもが情報化社会の中で大人びている子が増えているといっても、そんな文字通り現金な話をしてどうするんだと言いたくなる。
「あのっ! 私……退魔師やります!!」
「っ!?」
「そうか……そう言ってくれて嬉しいよ、佐倉くん。これからよろしく、頼むね……」
「はい、よろしくお願いします! 静音先生! 静香さんも!」
「え、ええ。よろしく……?」
果たしてどの部分が決定打となって、桜子に退魔師になることを決断させたのかは本人にしか分からない。
けれどここ、将来有望な一人の退魔師見習いが誕生したのであった。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
お待たせしてしまって、すみませんでした!
ちょっと展開に迷っているうちにあっというまに投稿予定日を過ぎてました……
そんな感じで、ようやく桜子が現代に生きる退魔師としての第一歩を踏み出すところまで辿り着くことが出来ましたぁ。果たしてここからどんなことが巻き起こるのか、楽しみにしていてください!
という訳で、また次回の更新をお楽しみに!
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