「食べる」ということは「何かを殺した代わりに自分が生きる」ということ。

頭では理解しているつもりでも、私は生きているにわとりを見た経験すらほとんどない。

ましてや解体作業なんて遠い世界のこと。

動物の「血」を見ただけでたぶん卒倒する。

それでもこうして生きて文章を作っている。

「殺した」自覚もなく「食べている」のだと思うと、なんだかとても罰当たりな生き方をしているような気がしてくる。

果たして私は「殺した」ぶんだけ「生きている」価値のある人間なんだろうか。

などと考えてしまう。

きっと他の皆様も考えさせられると思うので、是非このエッセイを読んでみて欲しいと思います。