【KAC20246】トランペットの横で、リンゴを一緒に食べた、あの美しい世界の中で君があげた、「えっ」という呟きを、ずっと忘れない
蒼井星空
きっと何かのプロローグ
僕らはどこから来たんだろう……。
僕らはなんなんだろう……。
僕らはなにをすればいいんだろう……。
僕らはどこへ行くんだろう……。
ある日、僕ともう1人はここにいた。
なんの脈絡もなく、僕はここにいて、目の前に君がいたんだ。
あたりは荒れ果てた大地。
ただ川と木と何か楽器のようなものがある。
そんな場所に生まれたのか、やってきたのか、放り出されたのか、今作り出されたのかわからないけど君と僕がいたんだ。
僕は君を抱き寄せる。
ほのかに暖かい。
ふと、周囲を見た。
川の水は澄んでいて、静かに流れる様子は周囲の神秘的な無の風景と対照的だ。
木はたくさんの生き生きとした葉と赤いリンゴをつけていて、雲ひとつない空に高く伸びている。
楽器はトランペットだった。
鮮やかな青、緑、赤、そして金。
君によって色づいた世界。
はじめてこの世界に色がついたようだ。
なんて美しい。
大地の荒涼さなんて一瞬で消え去ってしまった。
今ここにあるのはただただ美しい自然。
そして僕と君。
これからどうなるんだろう。どこへ向かうんだろう。
そんな思いすらも消えてしまった。
僕と君はこれからここで生きていくのだろうか。
それとも始まりと同じようにまた突然終わるのだろうか。
わからない。
僕は赤いリンゴをふたつ拾う。
鮮やかな赤色の大きな実だ。艶やかな表面からは甘い香りが漂う。手に持つとひんやりとしていて、触れる度に果肉のしっとりとした感触が伝わってくる。
僕はもう1人にリンゴを渡す。
これは礼だ。
世界に色をくれた君への。
これは
僕らが現れる前の世界への。
これは約束だ。
君とともにここで生きることの。
まるで結婚式みたいだと、僕は思う。
それならばと、木から枝を拝借する。
許してねと祈りながら折ったが、不思議なほどあっさりとその枝は木から離れた。
木は祝福してくれているようだ。
ありがたいことだ。
その枝にもリンゴがなっていた。
これは花束だ。
暖かい君への贈り物。
もう1人は僕の様子を眺めていたが、枝を差し出されて小さな声で呟いた。
「えっ」というその音に僕は少し恥ずかしくなって、枝を引っ込めそうになったがもう1人は受け取ってくれた。
これは誓いだ。
この世界への。
僕はトランペットを手に取り、力強く息を吹き込んだ。
とたんに沸き立つ世界の息吹。
飛び立っていくような鳥はいない。
しかし音が響き渡った。
そんな僕らの前で、川がただただ静かに流れ続けている。
【KAC20246】トランペットの横で、リンゴを一緒に食べた、あの美しい世界の中で君があげた、「えっ」という呟きを、ずっと忘れない 蒼井星空 @lordwind777
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます