お兄様の婚約者なんて生理的にムリです!

アソビのココロ

第1話

 クラプトン伯爵家当主であるお父様の書斎に呼び出され、言い渡されたことは唐突な命令でした。


「お前達婚約せい」

「「えっ?」」


 貴族に生まれた者として、嫁ぐのも家のためと理解してはいます。

 しかしどんな申し出が来ているよ、という事前の知らせくらいはあるものなのではないでしょうか?

 お兄様も寝耳の水のようですし、もちろんわたくしもです。


 クラプトン伯爵家に子はお兄様とわたくしの二人。

 お兄様とわたくしは異母兄妹です。

 残念ながらわたくし達のお母様はともに亡くなっています。

 普通ならばお兄様が家を継ぎ、わたくしが他家へ嫁に行くことになりますね。


 お兄様が言います。


「わかりました。僕の相手は誰になりますか?」


 わたくしも早く聞きたいですけれど、お兄様の方が先ですね。

 家は大事ですから。

 それにわたくしの義姉となるのがどなたかも興味あります。


「寝ぼけたことを言うな。アダム、エヴァ、お前達同士で婚約するのだ」

「「えっ?」」


 これは予想外です。

 思わずお兄様と顔を見合わせます。

 我が国の法律で、母親が違えば兄妹でも結婚していいことになっているのは知っています。

 ただ貴族は他家と結んで関係を築くことも重要ですから、異母兄妹で結婚なんて、ほぼ聞いたことがありません。


「理由を聞かせてもらってよろしいですか?」


 そうです、理由が知りたいです。

 お父様がふう、とため息を吐きます。


「……不敬に当たるから、この場だけの話だ。よいな?」

「「はい」」

「陛下がだらしない。国がごたついているのは知っているであろう?」


 頷きます。

 陛下が国政を顧みず、遊んでばかりおられるそうです。

 それで宰相派と大将軍派で主導権争いがあるとか。

 両派に与さない中立派も、第三極を目指そうとする者や我関せずの者、外国にすり寄ろうとする者などバラバラです。

 貴族学校でも生徒同士の関係がギスギスしてしまっています。


「クラプトン伯爵家としてはどうすべきだと考える? アダム、お前の考えを言ってみろ」

「……余計な政争に巻き込まれたくないですね」

「うむ、俺も同感だ」


 うちは田舎の伯爵家ですしね。

 食は足りていますので、最悪孤立しても困らない。

 むしろ他家の何らかの思惑に晒されたくない、ということですね?


「そこで僕とエヴァが婚約することで、他家から婚約を機に当家と結ぼうという目を潰す……」

「名案であろう?」

「名案ですね」


 ええ?

 名案かもしれませんけれど、お兄様はいいんですか?

 わたくしはお兄様の婚約者なんて困ってしまうのですけれど。


「お前達は仲がいいから構わぬであろう?」

「はい、僕はエヴァが婚約者なんて嬉しいです」


 まあ、お兄様ったら。

 お兄様はハンサムで優しいので、貴族学校でもかなり人気があります。

 クラプトン伯爵家の嫡男ということもあるでしょうけど。


 私は……。

 もちろんお兄様のことは好きです。

 ケンカらしいケンカもしたことがないです。


 でもあくまで兄妹として、家族愛があるという意味です。

 一人の男性として見ることができるのか、と言われるとどうでしょう?

 ちょっと生理的にムリです。

 今までの距離が近過ぎたからなのか、それとも実の兄妹だからなのでしょうか。


「エヴァも文句ないな?」

「は、はい……」


 意に染まぬ結婚など、貴族には当たり前です。

 お兄様はとてもいい人なのですから、贅沢なのはわたくしではありませんか。

 兄妹としてと同じように、婚約者として夫婦としていい関係を築けばいいのです。


 満足したようにお父様が言います。


「うむ、話は以上だ」


          ◇


 ――――――――――兄アダム視点。


 今日はまさかだった。

 エヴァが婚約者になるなんて。


 僕には母の記憶がない。

 実の母は僕が誕生の時に亡くなったというし、また二歳違いのエヴァが生まれた時も同じだった。

 だからエヴァの母の記憶もない。

 僕にとって一番身近な異性はエヴァだ。


 エヴァはクリーム色のふわふわした髪と、ちょっと眠そうな青い目が特徴的な、とても可愛い女の子。

 見かけ通りおっとりした淑女で、意外と賢く気遣いもできるんだ。

 妹が婚約者というのは、正直ちょっと戸惑いがある。

 でも僕はエヴァが婚約者というのは嬉しい。


 ……父上の考えもわかる。

 今の貴族社会は揺れている。

 ただ王太子殿下は聡明な方でリーダーシップがある。

 中立派からの期待が大きく、宰相派や大将軍派ともうまく付き合っていると聞いているので、一〇年後には状況が大きく変わると思う。

 その一〇年を大過なく乗り切るために、父上は不干渉を選んだのだ。

 僕も支持したい考え方だ。


 父上は言わないけど、僕の母とエヴァの母の両方を愛していた、ということもあるんじゃないかな?

 だから僕とエヴァの二人がクラプトン伯爵家を継ぐことを望んだ。

 穿ち過ぎだろうか?

 父上はいつも偉そうにしているけど、意外とロマンチストだから。


 しかしエヴァはどうなんだろう?

 父上に僕との婚約を言い渡された時、かなり動揺していたみたいだけど。


 エヴァと僕の仲はかなりいいと思う。

 幼い頃からいつも一緒に遊んでいた。

 今でもともに勉強したり買い物に行ったりすることが多い。

 いや、これは現在貴族を巡る状況がギスギスしていて、知人といえども迂闊に関係を深めてはいけないということもあるが。


 でもなあ。

 いくら仲が良くても兄と婚約者は違うよなあ。

 僕だって困惑したくらいだ。

 真面目で潔癖なところのあるエヴァは、兄妹で婚約そして結婚ということを割り切れるのかなあ?

 了承はしてたから大丈夫だと思いたいけど……。


          ◇


 ――――――――――その夜、エヴァ視点。


 淑女らしくはないとわかってはいますが、ベッドにぼふんとダイブします。

 はあ、お兄様の婚約者かあ。

 色々考えてみたのですけれど、どうしてもお兄様を異性という目で見られません。

 兄妹で婚約なんて不潔です。

 違和感が強くて、受け入れることができそうにありません。

 わたくしはダメだなあ。


(ふう)


 お兄様に任せればいいのかもしれません。

 いや、ゾワッとしてしまうのは同じですか。

 でもお兄様とわたくしの間に隙間があると思われるのはよろしくないですよね。

 他家の思惑が滑り込む原因になりそう。

 お父様の深謀が御破算、ひいてはクラプトン伯爵家の存亡にも関わりそうです。


 兄妹ということに拘り過ぎなのかしら?

 でも今まで兄妹として過ごしてきたことをなしにはできませんし。

 お兄様は婚約者お兄様は婚約者。

 ムリだあ。

 お兄様と愛を語らうことを考えると気持ち悪くて。


(婚約者らしくするにはどうしたら……)


「大分悩んでるようだね」

「えっ、どなた?」


 ここはわたくしの寝室ですよ?

 ふ、不審者?


「不審者ではあるけど、君の敵ではないよ。要は兄との婚約に悩んでいるんだろう? どうしても男女の仲にはなれそうもないと」

「え? ええ」


 現れたのは可愛い男の子です。

 が、見たことないようなつるっとした服装に尻尾?

 獣人ではないですよね。

 何でもないようにわたくしの寝室に忍び込んでこられる存在。

 それは……。


「あなたは悪魔ですか?」

「違うよ。我は良魔だよ」

「りょうま?」


 聞いたことがないですね。

 異常な状況なのに、思わず好奇心が刺激されます。


「良魔とは何ですか?」

「同じ魔族ではあるんだけどさ。悪魔は魂と引き換えに人間の願いを叶えるんだよ」

「聞いたことがあります」


 悪魔と取り引きして結局思い通りにならず、没落してしまったり命を落としてしまったりするお話はたくさんあります。


「悪魔はさ。魂と悪感情を欲しがるもんだから、人間を破滅させようとするんだよ。我ら良魔は違うよ。人間の好感情が欲しいから、願いを叶える際にも手厚いよ」

「証拠がありませんよね?」

「そこは信じてくれないかなあ。悪魔も我らもウソは吐かないよ。契約違反は自分の身を滅ぼすからね」


 あっ、これも聞いたことがあります。

 悪魔はウソを吐かないからこそ、自分はうまく取り引きできると信じ、結果として陥れられてしまうのだと。

 長きにわたって生きている悪魔を出し抜くのは至難の業だと。


「良魔さんも人間の魂と引き換えに、願いを叶えてくれるのですか?」

「いや、願いは叶えるけど、我らが欲しいのは別のもの」

「別のもの?」

「その前に良魔について説明させてもらっていいかな? 良魔を知らないでしょ?」

「はい」


 説明してくれるようです。

 ありがたいですね。

 ここに現れたということは、わたくしの願いを叶えてくれるということなのでしょうが。


「良魔は記憶の一部と引き換えに、人間の望みをかなえる魔族だよ」

「記憶? あっ!」

「そう、我と会った記憶も失ってしまうから、世の中には良魔のことがほとんど知られていないんだ」


 なるほど、そんな仕組みだったのですか。


「では悪魔と取り引きするくらいなら、良魔さんと取り引きして願いを叶えてもらう方が得?」

「とは言い切れないね。等価交換の原則というものがあってさ」

「等価交換の原則?」

「うん。魂と記憶の一部とを比較すると、もちろん魂の価値の方がよっぽど高いんだ。だから良魔よりも悪魔の叶えられる望みの方がうんと大きくなる」


 もっともな話ですね。

 だから悪魔と取り引きする者は欲をかいて、失敗してしまうことが多いのでしょう。


「さて、我と取り引きしない? 悪魔ほど大きな望みを叶えることはできないけど、リスクはうんと小さいよ。君と兄アダムをラブラブにすることくらいはできる」

「本当ですか!」

「もちろんさ。そして我は良魔だから、この取引を締結したことによる予想外の悪影響なんてないと断言しよう。概ね幸せ、どうだい?」


 お兄様は客観的に見ても、逞しくて優しくて素敵な人です。

 兄妹でさえなかったら、婚約者としてうまくやっていけると思うのです。

 ラブラブになれると嬉しいなあ。

 家のためにもなることですし。


 魔族は契約を守るもの。

 ならばデメリットはないですね。


「君が取り引きを受けないならば、我は君と会った記憶だけを回収して去るよ」

「いえ、取り引きを受けます。よろしくお願いします」

「ではいくよ」


 良魔さんの小さな手が広げられ、魔力が集中していることを感じます。

 眠気が増してきました……。


          ◇

 

 ――――――――――アダム視点。


「アダム様、少々よろしいでしょうか?」

「何事だ?」


 執事長とエヴァ付きの侍女じゃないか。

 緊張気味の表情だな。

 今日は学校も休日だというのに何があった?


「どうした?」

「エヴァ様がおかしいのです」

「病気か?」


 昨日僕の婚約者になることが決まったばかりだ。

 色々考え過ぎて眠れなかったんじゃないだろうか?

 だから今日は起きてこないんだと思っていたが。


「既にお医者様には見せました」

「そうだったか。診断結果は?」

「体調には問題ないとのこと」

「しかしどうも一部の記憶を失ってしまっているようなのです」

「記憶を?」


 記憶喪失?

 エヴァが?


「具体的にはアダム様のことを忘れているのかと」

「えっ?」

「昨日のアダム様との婚約のことを話題にしたら、おわかりでないようで。それで気付いたのです」


 僕のことを忘れてる?

 そんなピンポイントな記憶喪失ある?


「昨晩エヴァ様は苦悩していらしたのです。アダム様のことを殿方として見ることはどうしてもできないと。婚約なんてムリだと」

「さもありなん」


 エヴァは真面目で貞淑だ。

 兄である僕に色目を使うなんて慮外であったに違いない。

 可哀そうなエヴァ。

 君と婚約できることを喜んだ僕を許しておくれ。


「エヴァ様にお顔を見せてあげてもらえませんか?」

「わかった。すぐ行く」


          ◇


「エヴァ」

「あら、どなただったかしら?」


 本当だ。

 僕のことを忘れてしまっているらしい。

 まさか婚約のことがショックで?

 いや、知らない人扱いをされた僕もショックだが。


「……アダムだ。君の婚約者」

「婚約者。まあ、そうだったのね」


 屈託なく笑うエヴァ。

 無邪気なエヴァはそのままで。

 媚びと色気が加わった表情は初めて見るものだ。

 ……魅力的だな。


「昨日婚約したことは覚えているの。でもアダム様のことは忘れてしまっていたわ。ごめんなさいね」

「いや、いいんだ」

「どうしてこんな素敵な方のことを忘れてしまっていたのでしょう。夜に何か不思議なことがあった気がしたのだけれど……」

「夜? 不思議なこと?」


 やはり僕との婚約に悩んで夜寝られなかったんだ。

 困っていたようだったものな。

 父上や僕が話を進めてしまったから、言い出せなかったんだろう。

 そして何かがあった。


「アダム様、改めてよろしくお願いいたします」

「こちらこそ」


 エヴァの目、あれは恋する女性の目だ。

 エヴァの表情から目が離せない。

 あれっ? 

 結果的に僕達はうまくいくのでは?


 ふと僕の頭に何者かの思考が割り込んだ気がした。

 エヴァの記憶の一部をもらった、君達は幸せになれる、我が保証する、と。

 何者かの保証を丸ごと信じるわけではない。

 が、応援してくれる者がいるかと思うと少し安心できた。


 記憶の一部をもらった、か。

 つまりエヴァから僕の記憶が失われ、兄妹であるという心の枷がなくなった。

 愛すべき婚約者という事実だけが残ったからこその変化なのか?


 ただの仮説だ。

 だがそれでいい。


「エヴァ」

「あ……」


 エヴァを軽くハグする。

 ためらっていたようだが、抱きしめ返してくれた。


「嬉しいです」

「うん、僕もだ」


 大丈夫だ。

 父上も喜んでくださるし、クラプトン伯爵家も他家の思惑に流されないだろう。

 エヴァと視線が合い、微笑み合う。

 何者かには感謝しておこう。

 これが幸せの始まりなんだ。

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