星の彼方の……
月夜野すみれ
星の向こうの転生先
洞窟の中の壁にいつものように石で線を引く。
それから洞窟を出て夜空を見上げた。
見慣れぬ星の並びに、
やっぱ、異世界か……。
と、
戦国時代に転生した時に備えて古文・漢文は覚えとけ、と言われてたから頑張って勉強してたのに――。
ここは日本じゃない……!
というか日本語の世界じゃない……!
古文・漢文が出来ても昔の日本か、せめて中国でなければ役に立たない。
異世界に転生してしまった時に備えて必死でやってたのに――。
言葉は通じる。
日本語ではないのに何故か分かる理由を解明して本を書けば一発当てられ――。
ここで書いても意味がない……。
元の世界に戻って発表出来なければ意味がないのだ。
全国にいる異世界に転生してしまった同志達に伝えられないのは残念だ。
いや、必要なのは既に転生している人ではなく、これから転生する人達か……。
まぁ、まだ解明してないけどな……。
と、突っ込んでくれる相手がいないので、とりあえず自分で突っ込んでおく。
「
異世界ものの定番――か、どうかは知らんけど――見知らぬ世界で困っているところを助けてくれた少女が北斗に声を掛けてきた。
少女の名前はマナ。
お約束だから美少女。
マナが洞窟の壁に目を向ける。
〝正〟の字がずらっと並んでいた。
もし数百年後の人がこれを見たら一体なんの模様なのかと首を傾げるだろう。
日数を数えたものだよ……。
と、遥か未来で頭を
聞こえないだろうけど……。
「毎晩こうやって線を引いてるけど、数えてどうするの? やっぱり帰りたいから?」
マナが少し悲しげに訊ねる。
あ、ここに頭を
帰りたい……のだろうか……?
北斗は壁の〝正〟の文字に目を向けた。
〝正〟の数は七十三個。
つまり今日でちょうど三百六十五日、地球の
地球の中緯度地域と同じく季節はほぼ一巡した。
とりあえず、一年という事になる。
地球ならな……。
だが、北斗がここに来たのは春のお祭りの日だった。
そのお祭りというのは東の方に立っている高い柱と柱の間から太陽が昇る日に行われる。
そこから太陽が出るのは一年に一日だけだそうだ。
春の初め頃だから地球で言うところの春分の日に当たるのだろう。
そして次のお祭りの日は三日後。
つまり、この星が恒星の周りを一周するのは三百六十五日ではないのだ。
ここが天動説の世界でなければ、だけどな……。
カレンダーの話をしているわけではないから
閏年に一日入れようが入れまいが地球の春分の日は春だし――日本の場合――冬至が冬なのは変わらない。
カレンダーが存在しなければ日付のズレも関係ないのだ。
そもそも一月が三十日じゃないしな……。
北斗はそう思いながら北の空を見上げた。
北の空に北極星はない。
ここに来た初日、北極星の高度は緯度に等しいから高度を調べれば大体の緯度が分かると言うオタ知識活用のチャンス! と思って北極星を探したが見付からなかった。
北斗七星やカシオペアと似たような並びの星はあるし、その先に三等星の星はあるのだが北の空ではないから、そこから辿った先にある星は時間によって夜空を移動していって地面の下に沈んでしまう。
北の空に目印になるような動かない星がない。
これは案外不便だ。
他の異世界は磁石があるのか……?
方角が分からなくて困ったというような話は聞いたことがない気がするが――。
オリオン座の三ツ星のような並びの星もあるのだが、地球の星空で見ていたよりかなり高い位置にある。
地球でも緯度が低い地方へ行けばそうなるのだが、ここの季候は中緯度地域のものだ。
不意に、わずかだが辺りが明るくなった。
北の空に赤い光――オーロラ(多分)――が出ている。
これもこの世界の特徴の一つで、ここには時々オーロラが出るのだ。
低緯度地域でも極稀にオーロラが出ることがあるが低緯度と言っても、オーロラの低緯度とは中緯度地域のことなのである。
その中緯度ですら三十七、八度だから東京よりは北なのだ。
この点でも高い位置に見えている星座がオリオン座でないことの証拠になる。
オーロラが見えるほど緯度が高い場所ではオリオン座は高い位置には来ない。
その時、マナが北斗の返事を待っているのに気付いて慌てて〝正〟の字と月の満ち欠けのことを説明した。
「こうやって日数を数えて色々調べてるんだよ」
〝正〟の字は七つおきに上に〝三〟という数字が書いてある。
この世界にも月があり、満ち欠けもしているが新月から新月までの期間が三十日ではない――地球の場合も正確には三十日ではなく二十九・五日くらいなのだが。
ここの月はおおよそ三十八日で一巡している。
見かけ上の大きさも地球の月より少し小さい。
「月が一巡する日数とか……北斗は占い師だったの?」
「いや、占いはしないよ」
北斗は苦笑しながら答えた。
帰りたいかという質問は――。
北斗は死んだわけではないから正確には転生ではなく転移だ。
だから方法さえあれば帰れるはずだが――。
異世界であれ、もう一年――というか三百六十五日も過ごしていてここでの生活にすっかり慣れてしまっている。
地球で高校生をしていた時にはいなかった彼女も出来た――いうまでもないがマナ――。
振られたら望郷の念も湧くだろうが……。
今のところはまだ振られてない。
なのでホームシックには掛かってない。
古文・漢文は残念ながら役に立ってはいないが三角関数は大活躍している。
距離を測ったり土地の面積を調べたり。
三角関数のお陰で仕事が見付かって彼女も出来て周りから一目置かれるようになりました!的な――。
三角関数自体はこの世界にもあるのだが、計算の仕方を知っている人が少ないのだ。
ちなみにここで使われているのは十進数で、数字もアラビア数字に何となく形が似ているから計算は問題なかった。
とはいえ、地学方面が好きだったが、文理選択で文系を選んで文系の勉強に力を入れていたから三角関数よりも複雑な計算は出来ないのだが――。
「これは北斗の世界の数字?」
マナが〝正〟の字を指して訊ねてきた。
「いや、これは漢字。あ、つまり、普通の文字だよ。ただ、これは線を五本引くから数を数える時に便利だったから俺の世界では数を数えるのに使ってたんだ」
「ふぅん」
マナは小首を傾げて壁に並んだ〝正〟の字を見ていた。
三日後の朝、北斗はマナに連れられて神殿に向かった。
西の彼方に山脈が見えるが富士山はない。
「神殿には宝物が収められてるんだけど、年に一度のお祭りの日だけ見られるんだよ」
とマナが説明してくれた。
去年、北斗が来たのはお祭りの日だったが、目を開いたら異世界で色々ばたばたしていたからお祭りには行っていない。
だから今年初めてなのだ。
「宝物って言っても特に面白くないから誰も見に来ないんだけど、北斗は興味を持つかもしれないよ」
マナがそう言って宝物庫に案内してくれた。
宝物庫の中はカビ臭かった。
神官が扉を開けてくれたので北斗達は中に入った。
安置されていたのは細長い石碑だった。
側面に彫られていた文字は――。
〝
これは中央公園の石碑だ。
ここは地球の――新宿だったのか――。
完
以下、北極星その他の理由の解説です。
本文中に長々と書かれてもウザいと思ったので……。
興味がある方だけどうぞ。
北極星:歳差運動により北極星は徐々にズレていってポラリスは北からズレていってるのでいずれ北極星ではなくなりますが、2万6千年弱で1周してまた北極星になります。
オリオン座が高い位置にあるのとオーロラも歳差運動によるものです。
月は徐々に遠ざかっているので公転周期は長くなっているので一巡するのが二十九・五日より長くなってます。
一年が三百六十五日ではないのは地球の公転速度の速さの変化によるもので私の知る限り地球が太陽から遠ざかってるわけではありません。
富士山は噴火して吹き飛んだから、関東山地の稜線は長年の風の浸食によるものです。
石碑の文字は結構深く彫られているので残るかな、と。
計算していないので具体的にどれくらい未来なのかはぼかしました。
想定としては1万年くらい(ポラリスが一番天の北極から離れる頃)ですが、一ヶ月が三十七~八日くらいになるのはどれくらい先かは不明です。
Special thanks:彩恵りりさん(@Science_Release)
以前、彩恵りりさんがTwitterに投稿されていた異世界だと思ったら地球だったという「猿の惑星」オチというのを見て考えた話です。
りりさんに詳しい考証を聞いたわけではないので考証間違いがあったらそれは私のミスです。
星の彼方の…… 月夜野すみれ @tsukiyonosumire
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