第25話 あたし、極上の妻ですから!! 

 桃未が旅に行くぜとか言っているが、以前ダンジョンに行くとか言ってカフェだったというオチがある。


 だから今回もそういう店か何かに連れて行くだろうとみていたのに……。


「ぷはー!! うましっ! そんなところで突っ立ってないで、あたしからのお酌を受けるがいいぜ!」

「……まろすぎるお茶によくそんなリアクションがとれるな」

「飲むのか飲まないのか、どっちなのさ!!」

「もらうよ……」


 どこかでバイトをしていた稼ぎがあるんだぜと言いながら、桃未は俺の手を引き電車で二時間ほどかけ、二鷹の森旅館なるちょっとお高そうなところに俺を連れて来た。


 どこかでバイトというのはもちろん、動画配信の合間に流れていたエキストラのことだと思うが、それについては何も言わないでおく。


 それはいいとして、


「お前、いや……星里香まで何でこの部屋にいてくつろいでるんだよ?」


 桃未がすぐ近くにいるのに全然気にしてないんだな。


「もしかしてセリのこと、気にしてくれてた? それならいつでもいいよ?」


 そう言いながら太ももやら胸元をチラ見せするのはやめて欲しい。付き合っていた時は少なくともこんなあからさまな行動はしてこなかったんだが。


「何がいいのかは聞かないでおく」


 どういうつもりか、俺の元カノである星里香までもが桃未と一緒について来た。しかも星里香の部屋代は自分で出したらしい。


 ここにきて元カノが邪魔してくるとは予想外だが、肝心の桃未はまるで気にしてもいないのは大人の余裕とかいう奴だろうか。


 しかしこんな平和な旅館に来てまで何をやるつもりなんだ?


「悠真の気になる人とは、もう……した?」

「した……? 何を?」

「あ、そういう誤魔化しいらないから。こうして旅館に来てる仲ってことはそうなのかな、と」


 ……星里香が言おうとしてることくらいさすがに分かる。しかし桃未は我関せずといった感じで、こっちの会話は聞いてないようだ。


 聞こえたところでって話だけど。


「星里香はそれが目的でついて来たのか?」

「まだそこの人にさせてもらえてないなら、これからいくらでも……って思ってる」

「俺らはとっくの昔に別れてるんだけど、何で今さらそんなことを? そんなので俺がお前に戻るとでも思ってんの?」


 しかし人の話を聞かない奴だな。まさかまだ別れてないとか思ってるのか?


「別れてる別れてない関係無く、セリはいつでも平気」


 何もかも通じない厄介なタイプだった。どうすれば説得出来るんだこれは。桃未に助けを……いや、それは違うか。


「……セリは悠真が好き。いつでも好き。どこでも好き。どこにでもついて行ける。だから悠真がやりたいなら、いつでもやらせる。それの何が駄目?」


 こいつへの気持ちなんてとっくに何も無いが、ここまでくると執念に聞こえてしまうな。


 それなら桃未にもはっきり聞こえるように言うだけだ。


「なるほど。俺のことが好きだったわけか。でも悪いけど、俺はもうそこでまろすぎるお茶をがぶ飲みしてる桃未が大好き! なんだよ。だから星里香のことはどうにも出来ない。ここまでついて来たのは仕方ないけど、そういうことだから!」


 効き目があったのか、星里香は小さく頷いて立ち上がる。


「そこまでの気持ちがあったのは初耳。そういうことなら、悠真」

「……ん」

「今度こそお別れ。だから最後に握手していい?」


 学校でばったり会うこともあるとは思うが、握手で終わるならいいよな。


「分かった。後腐れなく終わらせるってことでいいよ、それで」

「……ありがと」


 そんな感じで右手を星里香の前に差し出した――までは良かった。そこからまさかの投げ技をされ、俺の体はものの見事に一回転してた。

  

 ――で、予想通りの光景というべきか俺が目を回してる間に、浴衣がはだけた星里香が覆いかぶさっていた――はずだった。


「お~いお~い、悠真くん! こらこら、いつまで寝てるつもりなのさ?」

「……あれ? その声、桃未さん?」

「桃未さんだぞ! あたしという女が悠真くんを今にも襲おうとしてるのに、君はそれでいいのかね? おぅおぅ?」

「へ? え? あれ、星里香は……?」


 俺の手を握った星里香は確かに俺を投げ飛ばして、そのまま俺に何かしようとしてたはずなのに。それなのに目の前というか、俺の真上には桃未しか見えていない。


 まさかの幻というオチ?


 それとも大人しく帰ってくれた?


 しかしよく見ると浴衣じゃない俺の服が脱がされて、Tシャツと下着だけになっている。


 まさか事後か?


「星里香はいません!! あたしがいながら他の女の名を呼ぶとはてやんでぇい!」

「ごめん、真面目にどうなった?」

「惜しいけど、あたしはすぐにどく。だから自分で起き上がるのだ! そして浴衣を着てもらおうか! 恥ずかしくて話が出来ないじゃないか」

「あ、うん」


 俺に馬乗りになっていた桃未だが、どうやらふざけるつもりがないようですぐにどいてくれた。


 俺も落ち着いてその場に立ち上がり急いで浴衣を着た。


 すると、部屋から星里香の姿がいなくなっていることに気づいた。


「えっと、元カノのあいつはさっきまでいたよね?」

「いたよ。でも、あたしが追い払ったのだ~!」

「ど、どうやって?」

「ふふふ。力づくで! 悠真はあたしをこの期に及んで単なるおバカさんだと思っているのかね?」


 ……思ってた。すぐ泣くし、感情的だし、色々誤魔化してたし。


「う、うん」

「ふふん、仕方ないのぅ。見せてやるぜ、桃未さんが実はすごい極上な女だということを!!」


 またよく分からないことを言うかと思っていると、桃未が何やら俺の前に証明書のようなカードを見せつけてきた。


「……これ、何?」

「前に話したと思うけど、あたしは美少女選抜コンテストに出たことがあるんだぜ~!」

「知ってる。でも確か予選落ち……」

「そんなことはどうでもいい!! よぉく見なさい! あたしの輝かしい証明を」


 至近距離に差し出されたそのカードに向かって目を凝らして見ると、


「美少女選抜コンテスト 護身術部門最優秀 諸積桃未さま? なんだこれ」

「うむ! 何を隠そう、あたしが参加したコンテストは部門別に評価されていたのだ~! 最強美少女のあの子にはこれ以外で勝てなかったし……ぶつぶつ」


 最強美少女か。そういや、新葉さんを引き取りに来たすごい綺麗な人がそう呼ばれていたな。


 単なる美少女コンテストじゃなくて色々評価が分かれていたのか。


「護身術ってことは、桃未さんって実は強かったの?」

「うむっ! あたしは強いんだぜ?」

「すぐ泣くのに?」

「そ、それを言うでない!! いいんだ、そんな細かいことは! すぐ泣くのは悠真の前でだけだし……」

「……あ、うん。そっか」


 つまり俺をぶん投げた星里香をさらにぶん投げたかどうかはともかくとしても、寸でのところで俺を助けてくれたわけだな。


「桃未さん、ありがとう」

「なぁに、いいってことよ! あたしは悠真の妻なんだから守るのは必然なのだ~!」

「――へ? 妻? え? あれ、彼女じゃなくて?」


 何故いきなりそこまで飛んだ?


「もちろん、あたしのことですよ? まだ寝ぼけてるのかにゃ? あの元カノにぶん投げられて頭を打ったのは仕方ないにしても、あたしを大事な妻です! とか言ってくれたじゃん! もうお忘れ?」


 全く記憶に無いし言った覚えもないのに何でそうなった。


「まぁ、今すぐは無理だけど、桃未がそういうつもりならそれはそれで……」


 目を回してる間にもしかしたら、星里香にそんなことを言ったかもしれないな。


「おおぅ!? 冗談だったのに悠真はそのつもりなのね。それならあたしは悠真にとって極上の妻になることを約束してやるぜ!」

「冗談だったのかよ! でもまぁ、いいよそれで。今すぐは無理だけど俺を守ってくれたのは確かなようだし、 桃未が一緒にいてくれるなら安心かな」

「つ、つまり?」

「桃未さんは俺の妻(予定)ってことで! その、大好きだし」

「おぉっと、あたしの方が悠真を大好きなんだぜ! 負けんよ、あたしは」


 何で張り合うんだよ!


「じゃあ、このまま泊まっ――」

「おバカ!! それはまだ許さん! 宿泊代いくらかかると思ってんのさ! でも悠真はいずれあたしの全てをだな……まずはキスでもしとこうじゃないか!」


 どうやらただ温泉に入りに来ただけらしい。


 しかしふわっとした香りをさせながらほんの一瞬、桃未がさりげなく俺に優しくキスしてきた時は頭の中が真っ白になった。


 どうやら俺の方がそっちの経験と知識に追いつくことが出来ていなかったみたいだ。星里香とは何も無かったし。


「ん~っ! 悠真、君はまだまだお子ちゃま! 極上であるあたしが君を立派に育ててあげようじゃないか! おほほほ」

「うん、これからも頼むよ。桃未」

「大好きなんだぜ、悠真くん!」

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彼氏のフリをしてと言われても。~姉気取りの幼馴染は今日もオレに甘えてくる~ 遥 かずら @hkz7

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