【短編/1話完結】仕事で取り合うことのない手

茉莉多 真遊人

本編

「とりあえず生で」


「自分はハイボールで」


 とある居酒屋でサラリーマン風のコート姿をした男が二人、外の寒さから逃げてきたかのように入り、店員に案内されて奥の机に座る前に飲み物を注文する。


 その後、2人ともコートを丸め、カバンとともに机の下にあった籠に放り込む。


「先輩、生じゃないんですか?」


「ハイボールの方がカロリー低いらしい」


 男2人は会社の先輩と後輩だった。


 先輩の方が転職してしまって数か月が経とうとしており、親しくしていた後輩に誘われて、久々に飲むことになったのだ。


「カロリーとか気にしたことないですね」


 後輩は快活に笑い、先輩は後輩の変わらない様子に少しだけ安堵した。


「あい! 生とハイボール! 料理はいかがっすか?」


「とりあえず、枝豆と梅水晶で」


 店員が復唱し、それに後輩が肯いたら注文が完了した。


「乾杯!」

「乾杯!」


 最初は下らない話で盛り上がっていたが、中盤以降、後輩の仕事の愚痴になっていた。


「みんな、自分の仕事に追われて、周りのフォローができないって感じで……俺もいろいろと抱えているんですけどね!」


「そうなんだ」


「とりあえず、どうしたもんかな、って思いますよ」


 先輩は苦笑いをした。


 実は、彼の同期が後輩と同じ部署におり、近況を事前に聞いていた。同期の目から見ると、後輩は他人の仕事を手伝わないのに、自分の仕事を手伝わせようとするため、孤立無援状態に陥ったとのことだ。


 彼は以前後輩に「仲間と互いに手を取り合う仕事の仕方をした方がいい」と言ったはずだが、どうやらその言葉を後輩が聞き入れなかったようだった。


「取り合えず……か……」


「ん?」


「あ、君が、とりあえず、ってよく言うから、ここ海鮮系だし、焼き鳥なくて、鳥会えずってね」


「……先輩、今は冬なんですし、寒いダジャレはやめましょうよ」


 先輩はここでどう言っても仕方ないと思い直し、助言を告げることなく、ダジャレと誤魔化して、後輩の愚痴を聞くことに徹した。

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【短編/1話完結】仕事で取り合うことのない手 茉莉多 真遊人 @Mayuto_Matsurita

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