6日目下
「どうした!」
「こんなのも避けられないのか!」
「ぎゃあ!?」
「キャア!?」
……どうしてこうなった?この実力テスト、蓋を開けてみるとただサーニャが生徒に暴力を振るうだけの地獄と化していた。みんな初撃はなんとかかわしているんだけど、なんとサーニャは誰も一撃だけとは言ってないぞとばかりに追撃を繰り出していた。しかもタチが悪いことに、攻撃を避ける度に拳のキレがあがっている。覚悟を決めた顔をしていたファリンさんも初撃、2撃目はかろうじて避けられたが、続く無慈悲キックが横腹に突き刺さり伸されてしまった。決してファリンさんが弱いというわけではない。むしろ前に並んでいた誰よりも動きが良かったまである。でもそれ以上にサーニャが鬼畜すぎるのよ!あの年増し、スラッとしていて枝みたいなのに内にゴリラを宿しているわ。しかも、慣れないメイド服であの攻撃を捌けっていうのは無理がある。
「次」
心の中で愚痴っても処刑執行は待ってはくれない。聞いたものの命を刈り取るサーニャの凍てつく声が私を貫く。私は覚悟を決めて、今取れる最善手を思案する。まず避けるのは悪手よ。初撃はかわせても、ヒールの靴であの攻撃をいなし続けるのは不可能。そう。避けなければいいのよ。初撃を完璧に
「いい顔をしているな。名前はなんと言ったか」
不意にサーニャが不敵に微笑んだ。
「シルファ・ラエル・クリストファ様の従者、白瀬佳織です」
「君が噂の異世界人ね。少しは期待してもいいのかしら?」
一体地球人になんの期待をしているのよ。ク◯リンとかヤムチ◯ならまだしも、私はいたいけなsjkよ。
「では、いくぞ」
サーニャの短い合図を聞いて、私は左手を突き出した。すると、サーニャは私の左手目掛けて右拳を振りかぶってきた。彼女の動きに合わせて突き出した左手を動かし右腕を掴む。そして私は勢いを殺されて瞠目する彼女の外側に左足を大きく踏み込む。続け様に掴んだ右腕を左から右に払い、左足を大きく開いて離脱。そうして私はサーニャを振り払い彼女の背後に回ることに成功する。しまいにその無防備な背中に軽く拳を当てて宣言する。
「勝負アリですね」
「……あなた今何をやったの?」
表情こそ見えないが、サーニャはまだ驚いていることがわかる。
「護身術の一種です」
寄りべのない私は女ということもあり、暴漢から自分の身を守る術は一通り身につけているつもりだ。これは合気道。人は自分から見て相手の1番近いところを狙う癖があるらしい。言わば左手は囮。どんなに体格や力量の差があっても体重移動などの関係で条件さえ整えば、女の私でも男を制圧することができるのだ。……今回は相手も女性だったけどね。私は拘束を解いて、サーニャと対面した。
「驚いた。まさか攻撃を避けずにいなして逆に反撃してくるだなんて」
「いえいえ。今回は先生が手加減してくれたのでうまくいっただけです」
「流石は異世界人というわけだ。君たちは一芸も二芸も持っている。それの君を取り沙汰したシルファ公爵令嬢も素晴らしい目をしている」
うんうんと頷くサーニャを横目になんだかいたたまれない気持ちになってきた私。目立つつもりは微塵もなかったのに大変なことをしでかしてしまった気がする。
「君はきっと素晴らしいメイドになれる。これからも私が責任持って導いてやるからな」
サーニャが私の両肩を思い切り掴んで凄んでくる。そのあまりの迫力に私は気圧されて顔を背けてしまう。
「い、痛いですよ」
「うむ、今日はもう時間がないが、あとでリオンと手合わせしてみたらどうだろうか?」
「先生がおっしゃるならばお受けしましょう」
どこからともなく現れたリオンは表情を変えることなく頷いた。いや、私はやだよ!
「いやー……リオン様とお手合わせできるのは大変光栄なことだとは重々理解していますが、できれば遠慮したいというか、私ではリオン様の足元にも及ばないというか……」
「遠慮することはない。自分よりも強い相手との稽古は実力を伸ばすと近道だ。君も公爵家に仕えるメイド。彼女の胸を借りるのは願ってもないはずだが?」
サーニャさん、その戦闘民族思想を私に押し付けないでいただいても?
「やはり私からもお願いしたい。あなたに興味が湧いた」
リオンさんも口数が少ないけど、サイ◯人みたいなこと言わないでくれませんか!?
「やってくれるな?」
サーニャが顔を限界まで近づけて迫ってくる。
「ハ、ハイィ。ワカリマシタ……」
私はとうとう頷いてしまった。どうして私はこんなに推しに弱いのかしら……。
「では、今日のところは解散だな。今日私が教えたことを忘れずに、日々の職務を、そして来週の授業に臨むように」
満足といった顔をして、サーニャは手を叩いて授業の終わりを告げるのだった。私は後ろに並んでいた人の換気と安堵の混じった声を背にトボトボと教室を出るのだった。
「佳織さん!」
しばらくして、後ろからファリンが私を呼ぶ声が届いた。
「ファリンさん、お疲れ様です」
私は振り返って軽く会釈をした。
「わ、私感動しました。佳織様は美しいだけでなく、武術まで心得ているだなんて。僭越ながら、佳織様のことお姉様と呼んでもよろしいですか?」
近い近い!最初は遠慮がちだったのに私が気づいた途端瞬間移動したかのような速さで迫ってきたファリンが恍惚といった表情を浮かべて私の手を握ってきた。それに……
「お、お姉様?」
「はい!私、佳織様のように美しくて強いメイドになりたいですの。ですから、まずは佳織様をお姉様と慕って見習っていきたいのです!」
わ、訳がわからない……お姉様だなんて大仰な……
「だ、ダメでしょうか?」
私が言い淀んでいると、彼女の私の手を握る力が強まり、上目遣いになってくる。そ、そんな顔されちゃうと、
「いいですよ。あなたの好きなようにしてください!」
ファリンのそのどこまでも純粋そうな青い瞳を見てしまっては、彼女の願いを断ることなど到底できそうにない。
「これからもよろしくお願いしますね!お姉様」
彼女の花の笑みを見てどうにでもなれ!なんて思ってしまったり……
〈sideシルファ〉
「佳織から危険な香りがするわ」
愛しの佳織に悪い虫がついた予感がして震えが止まらないシルファであった。
私が異世界に帰るまであと25日。
__________
あとがき
ここまでお読みいただきありがとうございます。
私ごとですが、明日から新生活が始まる関係上、しばらく投稿をお休みさせていただきます。もろもろ落ち着いてきましたら再開するつもりなので、お待ちいただけたら幸いです。では、また会う日まで!
異世界から帰るまでにあなたが好きだと思わせてみなさい! まるメガネ @mArumegAne1001
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