6日目上

 私って押しに弱い女だったのね……昨日といいその前といい、どうしてかシルファの押しに屈してしまう。というか、スキンシップが多すぎるわよね!?毎日毎日一緒にお風呂入ったり、一緒に寝たり。淫らすぎる!わたしはシルファとは健全な関係を築きたいの。体だけの関係はいやよ!後で対策を立てないとな……


「そういえば、佳織。今日は付人用の講義があるわよ」


 シルファは朝食のトーストをつかみながら、何気ない様子で話しかけてくる。


「なにそれ?私聞いてないんだけど」


「そうだっけ?ごめんなさいね」


 だんだん私への接し方が雑になっている気がするよ。


「講義といってもなにをするの?」


「んー。礼儀作法とか、メイドの心構えとかかな?」


 何で疑問系なのよ……


「聞いた話だから詳しくはよく分からないかな。ごめんね」


「私文字読めないから教科書とか渡されても困るわよ」


「その辺は心配しないで大丈夫よ。文字読めるのは貴族以外だとほとんどいないから」


 それは異世界っぽいわ。確かに世界観からして平民の識字率が低いのは不思議じゃないわね。


「そうなのね。それなら安心かも」


「うんうん、佳織は可愛いんだからなにも心配いらないわ」


「それ理由になってないわよ」


「佳織は可愛いから困っていても周りの人が助けてくれるってことよ」


「それはどうかな」


 決して容姿がいいからって親切にしてもらえるわけじゃないわ。


「でも絆されちゃダメよ!佳織はあたしがもらうんだから」


「急にそんなこと言わないでってば!」


「あはは。佳織の反応がいいからついね」


「全く。そんなこと他の人に言っちゃダメよ」


「……言わないわよ」


 シルファが急に顔を赤らめて吃り始めた。今恥ずかしがるとこだった?


 ホームルームを終え、私はシルファと別れて指定された教室に向かう。教室は別館にあり、私の周りにもメイド服や燕尾服を着た付き人と思われる人たちが歩みを進めていた。ちなみに今日はいつもの清楚なメイド服に戻っている。ここ重要よ。


「おはようございます。あなたはシルファ様のメイドの佳織様ですよね。私はネイラ様のお付きをしているファリンと申します」


 階段の踊り場で後ろから声をかけられた。


「これはご丁寧に。先日のネイラ様にはお世話になりました。佳織です。よろしくお願いします」


 私も彼女のならって丁寧に対応した。シルファよりも小柄だが、歳は同じくらいだろうか。筋に通った鼻をした美少女がブロンドの髪を揺らしてこちらの一礼してきた。


「ご主人様より話は伺っていましたが、佳織様はとてもお美しい方ですね」


「美しいだなんて。ファリンさんも綺麗ですよ」

 

「そ、そうですか。ありがとうございます」


 自分の容姿には自信があるけど、まさか他人のメイドにまで褒められるとは思ってなかった。それにしてもファリンさん、嬉しそうだな。


「声をかけてくれたのは嬉しいのですが、私に何か用でもあるんですか?」


「佳織様はまだこちらの世界に慣れていないだろうから、今日の従者教育の手助けてあげてください、とネイラ様に申しつけられましたので。それに、私も一度佳織様とお話ししてみたかったのでお声がけさせていただきました」


「手助けしてくれるのはありがたいのですが、佳織様だなんてそんなに畏まらないでください。私たちは同じメイドでしょう。だから、私のことは気軽に佳織とでも呼んでくださいな」


「分かりました佳織さん。今日からよろしくお願いしますね」


 それからファリンと一緒に教室に入ると、早速メイド教育が始められた。


「2学期の従者教育はこのサーニャ・アハガルトが務めます。どうぞよろしく」


 教団に立ったのは白髪を短くまとめた線の細い神経質そうなおばさん。見るからに怖そうだ。


 さて、肝心の授業の方だけど、シルファが言った通り特に教科書などは使われなかった。しかし、別にメイドになりたいわけじゃない私からしてみれば、礼儀作法だの従者としての心構えだの興味が微塵も湧かない講義を椅子に座ってじっと聞き続けるのは苦痛でしかない。隣のファリンさんはあいずいを打ち、時にメモまで取りながら熱心に話を聞いているが、私は右耳から入って左耳からヒョイである。


 しかも、この従者教育は1日かけて行われ、午後からは実践形式ということで大部屋に移動させられた。あー実にめんどくさい。


「さて、今日が初めての実践授業というものも多いだろう。これからやることをかいつまんで紹介する。リオン。前へ」


 はい。と凛々しい声を響かせ、前に出てきたのは緑色の髪をした糸目の少女。糸目を生で見たのは初めてだけど、本当に見えているのかしら。


 そんなしょうもないことを考えていると、サーニャは突然リオンに拳を突きつけた。それに対してリオンは顔色一つ変えることなく反応し、軽く体を捻ってこれを避けた。


「従者には主人の品格を損なわせない礼と主人の心を安らげる和が必要だと教えた。しかし、それだけじゃ足りない。従者は凶弾から主人を守る剛も備えていなければならない。今実演に付き合ってもらったリオンは1学年の時のメイド首席の生徒だ。彼女はかの大貴族アッシュワールド家に仕えるメイド。君たちもこれからこの剛を養う演習を行なってもらう」


 そんなこと言ってったっけな。あはは。


「アッシュワールド家ってなんですか?」


 気になったので隣のファリンさんに小声で尋ねた。


「アッシュワールド家は王都の公爵様で4代公爵筆頭の家です。なんでもアッシュワールド家当主は代々軍務省長官を担われていて、王家に大いに貢献しているみたいですよ。だから、そんな武闘派な貴族に仕える者も戦闘に長けていて、特にメイド首席のリオンさんはこうして取り沙汰されているんです」


 饒舌な解説ありがとうファリンさん。とりあえずリオンさんはつおいってことはよくわかったよ。


「まず始めに君たちの今の力量を測りたい。1人ずつ並んで私の拳を思い思いに避けてみなさい」


 あれ、なんか急に安物異世界展開が始まった気がする。これ実は主人公くんは実力を隠していて先生に「お、お前そんな力どこに隠していたんだ!?」とか「お前一体何者だ!?」とかでもてはやされるやつだよね。私、一応護身術には覚えがあるけど、望んでもそんな展開にはならないと思うわよ。


「急に物騒なことを始めるわね」


「そうですね。私は二回目なのでなんとなく予想はついていましたが」


 ファリンさんがなんとなく呟いた私の独り言を拾って反応してくれた。


「そ、そうなんですね」


「なので私が先行きますね」


「それはありがたいです」


 割り切りの早いファリンさんが先導してくれて、私は彼女の後ろに並ぶ。今のファリンさんちょっと勇ましいかも。


___________

あとがき


ここまでお読みいただきありがとうございます!

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