5日目下
始業時間が迫っているため、廊下を歩いている時はほとんど誰ともすれ違うことがなかったわけだが、教室を入った途端、クラスメートのほぼ全員が私のことを見ているのに気づいた。
それも当然だ。こんな痴女みたいな服装で教室に入ってきたら誰だって驚くだろう。でも、私を見る目は驚きというよりももっと別なもののような気が……
「お、おはよう。シルファ様。シルファ様の従者、その、すごいですね」
初めてクラスメートに話しかけられたわね。
「おはようございます。ネイラさん。うふふ、そうでしょうか。せっかくの機会ですし紹介しますね。彼女は佳織。見ての通り、私の従者です」
聖女様モードのシルファ。柔和な笑みを浮かべて、お優雅に挨拶を返した。
「もしかして異世界人ですか?」
ネイラさんと言うらしい吊り目の少女が私の身分を言い当てた。バレるとしたら、やっぱり名前だよね。
「そうですよ。もし困っているようでしたら、彼女を助けてあげてくださいね」
「わかりました」
シルファが笑みを深めると、ネイラさんは少し頬を赤らめて頷いた。
それ以上の会話はなく、シルファは自分の席についた。教室からはシルファに話しかけたネイラさんへの嫉妬と私に対するネットリした視線や異世界人という物珍しさのよるだろうざわめきが混じり、混沌とした空気が滲み出ていた。
そして、その空気を破るかのごとく、教室前方に扉が思いきり開けられた。
「おはよう、諸君。席に着け。ホームルームを始める」
担任の先生が現れたことで騒ぎは一旦落ち着いた。因みに担任の先生、女性なんだけど、めっっっちゃSっ気強そうだった。
その後の授業も特に問題ごとが起こることなく過ぎ、今は昼休み。シルファちゃんは今日も1人で食べるのかなって思っていたら、数人の男女が私たちの元に近づいてきた。
「ねえ、シルファ様。今日は昼食ご一緒してもよろしくて?」
朝話しかけてきたネイラさんがまたやってきた。
「あたしと昼食とは珍しいですね。何か他にご用でも?」
シルファが動揺を隠しきれないと言った様子で聞き返す。
「他意はございませんよ。ただ、たまにはシルファ様と一緒に食事を楽しみたいと思っただけです。もしよろしければそちらのお連れの方もご一緒でも構いませんよ」
ネイラはそう言って私の方にも笑みを向けてきた。
「佳織さんと言いましたか?ずいぶん素敵な服装をしていますね」
ネイラさん一味が値踏みするように私を見てくる。ここは角が立たないようにやり過ごすのがベターだろう。
「お褒めいただき光栄です。ネイラ様。この服はシルファ様がお選びになられたものです」
「そうなのかい?いいセンスをしているじゃないか」
金髪のキザっぽい男がネイラさんと私の話に割り込んできた。ネイラさんと違って軽薄な物言いだが、失礼に当たらないのかしら。
「ハーシムは引っ込んでなさい。今は私が話しているのよ」
ネイラが咎めるようにキザ男の横腹を突く。
「これは失敬。私も彼女たちとお食事でもどうかなって思っていただけさ。悪く思わないでくれたまえ」
うわぁ。私この人苦手かも。顔は良くて少女漫画に出てきそうな感じだけど、いざ対面すると不快感しかないわね。早くどっか言ってくれないかしら。
「ありがとうございます。ですが、今日はすでに昼食の準備をしてしまったのでまた後日お誘いいただけると嬉しいです」
シルファが淑女スマイルを浮かべて丁重にお断りする。その言い方、当たり障りなさそうだけど、こういう男だと粘着してくるわよ。
「そうかい……じゃあ、そっちのメイドだけでも連れてっていいかな?」
じゃあ、とはなんだい?じゃあとは!?
「申し訳ありませんが、私はシルファ様の付き人ですので。主人のそばを離れることはできません」
「そうよ!ハーシム、いい加減にしなさい」
ナイスアシストよ、ネイラさん。しかし、男は引き下がる気がないのか、突然私の手首を掴んできた。
「まいったなぁ。できれば手荒な真似はしたくなかったんだけど。でもいいよね、こんな男誘ってますって格好してるんだし」
「おやめください。ハーシム様。このような真似をされては後でどうなるか分からないのですか?」
底冷えする声がシルファの口から漏れる。
「ハーシム!」
ネイラさんも私を庇うかのように男との間に滑り込む。
「おいおい、騎士さん気取りのつもりかい?ネイラ。なにがシルファ様を守るだ。このちょっと顔がいいだけでなんの面白味のない女になぜそこまでするんだ?」
「それに、後でどうなるかだ?どうにもならねぇよ。わかってんだろ?俺もお前と同じ公爵だ。俺がお前の連れをどうこうしたところでなんの罰も受けないんだよ」
さっきまでの貼り付けた笑みが消え去り、私たちを見下す顔をするクズ男。私を掴む力が強くなり、私は顔を歪めた。
「そこまでです。彼女はあたしの大切な人です。これ以上の勝手な真似は許しませんよ」
シルファが席から立ち上がり、キリッと男を睨みつける。普段の温厚な彼女から感じられない凄みがある。
「チッ。興醒めだ。今日のところは引いてやる。じゃあな。力を隠した偽善聖女様」
周りを見渡すと、男を非難する空気が広がっていたことに気づく。男は表情を消し、私を話すと踵を返して立ち去っていった。
「大丈夫?佳織。いろいろ聞きたいことはあると思うけど、ちょっと出ようか」
シルファが私の手を優しく掴む。彼女の体温が荒んだ私の心を満たしていく。
「ネイラさんもありがとうございます。また後で、落ち着いて話しましょう」
「お力になれなくて申し訳ありません。シルファ様」
最後にそう言い残し、シルファは私を連れて教室を出た。
1階まで降りて、中庭のベンチに腰を下ろす。周りに人がいないことが今の私たちには嬉しかった。
「ごめんね。佳織。さっきは怖い思いをさせてしまったわね」
「ううん。大丈夫。シルファが守ってくれたし、ネイラさんもいたし」
「なにから話そうかしら……」
「いいよ。食べながらで。時間経っちゃったし」
「そう、じゃあそうさせてもらうわね」
シルファは徐にサンドウィッチを2つ取り出し、片方は私に差し出した。それをありがたく受け取り、2人並んで食べ始めた。
「まずは、ハーシスからね。実は彼に話しかけられたのはこれが初めてじゃないのよ。彼はこのクラスのもう1人の公爵で、容姿が優れていて一見人当たりが良さそうなんだけど、その地位を振りかざして度々横暴な態度をとっているわ。今までもいろんな令嬢に声をかけているけど、従者に目をつけたのは佳織が初めてよ。だから、改めて謝罪させて。そのメイド服を着るよう迫っちゃってごめんなさい」
今日のシルファはいつもより凛々しくて、しおらしい。
「だから、大丈夫だって。元はと言えば、昨日着替えずに寝ちゃった私が悪いんだから」
「ほんとごめん。今日の佳織がかわいすぎて暴走しちゃったわ」
「あ、ありがとう?」
唐突に口説きにくるのやめてもらっていいかしら?とっても心臓に悪いわ。
「話を戻すね。それであとはネイラさんね。彼女はハーシスの幼馴染で立場を超えて彼に物言いできる人なんだけど、今日みたいに彼があたしに近づいてくると、彼女が間に入ってあたしを助けてくれるのよ。ええと、なんて言ったかしら。シルファ様ふぁんくらぶ?を立ち上げているらしいわ」
それでハーシスはネイラを騎士と呼んだわけね。一生徒にファンクラブって。本当、漫画見たいよね。
「そのファンクラブのおかげ……せいで?シルファの周りには普段から人が集まらなかったわけね」
「そうみたい。入学当初は少し警戒心が強くて人を避けていたきらいがあってね。それでネイラさんたちがあたしを守ってくれていたみたいなの。でも今日みたいにここまで食い下がってきたのは初めてだわ。いつもはあたしがネイラさんと話し始めると諦めてくれるのに……」
だいたい話が見えてきたな。まだ気になることはあるけど、この話はもう終わりにした方がいいわね。
「それはそうと、今日のサンドウィッチは私が作ったんだけどどうかしら?」
「とても美味しいわよ。佳織の愛を感じるわ」
「っそう、ありがとね」
愛って……よく恥かしげもなくそうなことが言えるわね。持ってきたサイドウィッチをテンポよく平らげ、魔法瓶に入った紅茶を嗜む。
「そうはそうと、佳織。あなた、ハーシスに汚されちゃったわね」
シルファがカップを置いて突然変なことを言い出した。……その怪しい微笑みはなに?
「あたしが清めてあげなくちゃ」
そう言って、彼女は私の胸に手を伸ばしてきた。
「っちょ!?なにするのよ!?」
「朝はお預けをくらちゃったからね。あの時の佳織、とっても魅力的で」
「それ、話がつながってないよシルファ!」
「いいえ、ちゃんとつながっているわよ。いい、佳織。あなたはハーシスからいやらしい視線を向けられた。それだけじゃなくて、穢らわしい手で触らしてしまった。だから、あたしが綺麗にしてあげなくちゃダメなのよ」
「それでも私の胸を触っていい理由にはならないよ!」
「これは主人命令よ!最後の命令でもいいわ。一回だけでいいから胸を揉ませて」
迫るように、それでいて縋るような態度をとるシルファ。だから、主人命令と言えばなんでもやっていいわけじゃないんだってば!……正直屈してしまいそうだけど、このままでは推しに弱い女になってしまう。
「イヤです!いくらシルファだからって譲れません」
私はシルファとは健全な関係でいたいのだ。
「ふっふっふ……かくなるうえは」
なんと、ガバッとシルファがタックルを仕掛けてきた。私は彼女の肩を掴んで必死に抵抗するが、押し込まれていく。
「ど、どこにこんな力を隠していたわけ!?」
私が座っているせいではあるが、私が小柄な彼女に力負けしているのが信じられなかった。
「どりゃ!!」
「ひゃんっ!?」
ついに、彼女の手が私の片方の山に触れる。思わず変な声が出てしまい、力が抜けてしまった。シルファはその隙に漬け込んで、両手で双丘を揉みしだく。
「や、やめてしるふぁ!??ひと、きちゃうから」
「大丈夫よ、この時間はほとんどの人が食堂にいるから。反対側のこっちには寄ってこないわ」
「だいじょうぶらないよ!やめてっててば!!んん!?」
必死に抵抗するが、彼女の手の勢いはやむばかりか増していく。そして、だんだん手が頂上に近づいていっている気が……
「だから、それいじょうは、だめ。だってば!!」
私は最後の力を振りぼって彼女を振り解いた。
「はぁ、はぁ。もうおよめにいけないわ……」
体中が熱く火照って、頭がぼーっとしている。自分でもなにを言っているかよく分からなかった。
「うふふ。今の佳織、とっても素敵だわ。それに心配いらないわ。あなたはあたしが責任もってもらっちゃうから⭐︎」
「な、なに言ってるのシルファちゃん……」
「佳織から元気もらっちゃったから午後は気合いれて頑張るわよ!」
「もう二度とこんな服着ないわ」
酷い脱力感を感じながら、私は呟くのだった。
私が異世界から帰るまであと26日。
__________
あとがき
ここまでお読みいただきありがとうございます!
P.S. 完全に余談です。今日から一人暮らしを始めたのですが、まさか親との別れ際に大泣きしてしまうとは思いませんでした。ここまで涙と鼻水で顔を汚したのは本当いつぶりかなって感じです。寂しさを紛らわせるってわけではないのですが、これからも執筆頑張っていきたいと思う1日でした。
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