5日目上
ちゅんちゅん。外から聞こえる軽快な雀の囀りとともに目を覚ます。気怠けな気分を変えようと伸びをすると、ふと着衣が乱れていることに気づいた。
……なんて展開はないです。第一この世界に雀がいるかもわからないわけで。隣で今も気持ちよさそうに寝ているシルファと手を握って寝ていたこと以外なにもない健全な一夜でした。
それに昨夜は早くに寝てしまったせいで、変な時間に目を覚ましてしまったらしい。軽くカーテンを開けて外を覗くとまだ暗く、空は藍錆色に染まり始めた頃だ。
もう少し寝ていてもいいかなって思ったが、あいにく私には二度寝に良い思い出がない。もう30分だけと睡魔に身を委ね学校に遅刻しかけたことが何度あったことか。
私は隣人を起こさないよう細心の注意を払ってベットを抜け出す。右手にあった温かく柔らかい感覚がなくなり少し寂しい。とりあえずまずは風呂だ。昨日は入れなかったからね。それにしても異世界転生といえば風呂に入る習慣がなかったり、食文化が微妙に違くて醤油や味噌を追い求めたりするテンプレがあるらしいけど、今のところ文字が読めないのと米がないくらいで特に不自由がないのよね。まあ、私としては楽でありがたいのだけど。
そうしてシャワーで身を清めるとある問題に気がついた。服がない。メイド服を着たまま寝てしまったせいで服がシワシワだ。私はとりあえず脱衣所を出てカバンから寝巻きを取り出し羽織ってこくことにした。シルファが起きたら相談しなくちゃ。
身だしなみを整えた私はそのままの流れで朝食作りに取り掛かる。釜にマッチの火を入れ、フライパンを熱して卵を投入。その時、奥から足音が聞こえた。
「おはよう、佳織。良い匂いがするわ」
目玉焼きの匂いに誘われたシルファが眠気まなこをこすりながらこっちに近づいてきた。
「おはよう、シルファちゃん。もうちょっとで出来上がるから顔を洗ってらっしゃい」
「ムー。昨日は呼び捨てで呼んでくれたのに、名前」
朝からご機嫌斜めなシルファ。呼び捨てねぇ。
「昨日のあれは自分でもおかしいなって思ってたから。つい調子に乗っちゃったっていうか」
今まで人を呼び捨てで呼んだことがないから少し戸惑ってしまう。
「これは主人命令よ!あたしのことは呼び捨てで呼びなさい」
指をビシッと刺して要求を突きつけてくるけど、どうしたものか。
「それはずるいわよ!第一私はただメイドのフリをしているだけだし」
「呼んでくれないとこうだよ」
そう言ってシルファは私の両手を掴んでくる。そして自信満々そうな顔をしてこう言った。
「これで佳織は料理ができないわ!観念した?」
うーんかわいい。正直全くもって困りはしないが、昨日とのギャップがね。きちゃうわけで。
「分かったよ。私の負けだよ。シルファちゃ、シルファ」
私って推しに弱いのかも。ダメだって分かってるんだけどシルファを前にするとつい心を許しちゃうのよね。
「えへへ。なんかいいな、呼び捨てって。距離が縮まったみたいで」
私のことを最初から呼び捨てにしといて今更なにをいうのやら。
「とりあえず朝食作り終えちゃうから。早く身支度を済ませて席に着くように」
「はーい」
シルファは間延びした声を残して洗面台に向かった。私は出来上がった目玉焼きとトースト、サラダを盛り付けて粛々と朝食の準備を終えるのだった。
「今日も美味しいわね」
シルファはトースト片手にうんうんと頷いている。
「ところでシルファ、あなたに聞きたいことがあるのだけど」
「何かな」
「私の今日の服、どうすれば良いと思う?」
私はミルクを飲むシルファにメイド服ない問題を突きつけた。
「確かに昨日のメイド服はシワシワね。でも心配ないわ!こういう時もあろうかと予備を用意してあるの。着てみてちょうだい」
シルファは畳まれたメイド服を差し出してきた。変に準備がいいわね。
「ありがとう。早速着替えさせてもらうわ」
一件昨日と同じようなデザインに見える。どれどれ。なんか着づらいな……なんとか着替えて、魔力鏡を通して様子を確かめる。
「な、なんじゃコレ!?」
思わず素っ頓狂な声をあげてしまう。でも仕方ないじゃない!なんとこのメイド、胸元がガッツリ開いていて谷間が丸見えなのだ。それに腰回りがやけにタイトでスカート丈も太ももの辺りとすごく短い。少し屈むと見えちゃいけない部分がもろだ。これはダメなやつだ。
「着替えた?」
部屋の外からシルファの無邪気な声が。あの子絶対わかってこれを私に着せたわよね!?さっきまでは今日もかわいい笑顔だなーくらいに思っていたシルファの顔も、今思えば邪悪に見えてくる。
「シルファ、あなたこの服どうしたの?」
「ミサさんがくれたんだ!もしものときはこれを使ってって」
元凶は別にいたか。あの変態、次あったら一発ガツンと言ってやるわ!
「えっとね、とても人様に見せられる格好じゃないっていうかね」
「えー余計に気になってくるな」
彼女ほんとになにも知らないのかしら?一度は晴れかかった彼女の欺瞞が再燃する。
「他に服はないの?」
頼む。他の服を持ってきてくれ。
「うーん……ないかなぁ。佳織、一応メイド役でこの学校にいるわけだし。とにかくあたしに見せてよ」
「それはダメ!着替え直すから待ってて」
お願いだから見ないで〜!……ガチャっ。閉まっているはずのドアノブが回る。ナンデ!?
「むっふっふ。迂闊だったね佳織ぃ。ドア開いてるじゃない!」
「え、ちょ……イヤ」
バンっ!私の懇願虚しく無情にも扉が開け放たれてしまう。
「はわわわわ!Göttin ist zu süß!!!!!」
あーあ。翻訳機能壊れちゃったよ……大声で叫ぶし抱きついてくるし、なんとなく私のこと褒めてくれてるのかなっていうのはわかるけど。
「それじゃあ、早速教室に行くわよ!」
なにが早速だ!断固反対よ!
「こんな淫らな格好で外に出られるわけないじゃない!」
「ダメよ。これは主人命令だもの。それとも下着姿で登校する?」
「主人命令って言えばなにいってもいいと思ってない?いいわよ。今日はシワシワなメイド服着るから」
そう言って、昨日来たメイド服に手を伸ばすと、泥棒猫が傍からそれを掻っ攫っていった。
「残念でした!あなたに選択肢は与えないんだから」
初めてシルファにイラっときたわ。その勝ち誇った顔に一発拳を打ち込みたいくらいには。
「返しなさいよ!……っひゃん!?」
取り返そうとシルファめがけて飛びかかろうとするが、動いた拍子にガードが緩い胸がこぼれ落ちそうになる。私はすかさず極めて心許ない胸部装甲を抱き止めるが、その隙にシルファは逃げてしまった。
「そろそろ出ないと遅刻しちゃうわよ〜。あたしを遅刻させちゃってもいいのかしら?」
遠くから憎たらしい声がする。もうひと勝負おっ始めようと意気込むが、冷静になって時計と見て始業10分前であることに気づく。ぐぬぬ……シルファを学校に遅れさせるわけにはいかないか。
「はぁー……仕方ないわね。今日のところはこの格好ではいいわよ。ほら、さっさと行くわよ」
「それでこそ佳織よ。やっぱり優しいのよね」
うんうんと頷かれるが、全く釈然としない。私はシルファの手からメイド服を回収し、洗濯機らしきものにそれを放り込む。どうやら、この道具、どんな服でも新品同然に仕立て直す優れものらしい。
「はぁ……
私はメイドモードに戻って、シルファの後ろをついていく。
この時彼女に根負けしてしまったことをひどく後悔することになるのだが、今の私には知る由もないのだった。
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ここまでお読みいただきありがとうございました!
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