4日目下

「さてと、まずは体を清めましょうか。服、脱がしますよ」


 自室に戻ってもメイドの皮は脱がない。私はさも当然かのようにシルファちゃんに脱衣を促す。


「変なことしないって言ったじゃない!なんでこの場で服を脱がなきゃいけないのよ」


「私はシルファ様のメイドです。身の回りの世話をするのは当然でしょう?これのどこが変なのでしょうか?」


「……もうメイドのフリをしなくてもいいのよ?」


「いいから、早く腕を広げてください」


 少し語気を強めていうと、シルファちゃんは渋々私のいうことに聞いてくれた。赤のブレザー、白いロングスカート、そしてワイシャツを脱がせてあげると、扇状的な下着姿が顕になる。見ていて心配になる程細い四肢。うっすら肋が見えていた。


 気づけば私はシルファちゃんを抱きしめていた。


「ちょ、ちょっとなにいきなり!?」


 シルファちゃんが脱出しようともがくが私の胸がそれを許さない。私は彼女の後頭部に手を回し、己の豊満な胸に押し付けた。


「むぎゅー!!」


依然抵抗を続けているが気にしない。そろそろお風呂沸いたかな。私は部屋に入ると同時に浴槽に湯を溜め始めていたが、そろそろ頃合いだ。


 私は抱擁を緩め、今度はシルファちゃんをお姫様抱っこした。やっぱり軽い。そのままの流れで浴室にin。2人入るには少々狭めだけど問題なし。


「頭洗いますよ♪」


 シルファちゃんを椅子に座らせ、私は背後に回ってシャワーで彼女の髪を梳きながら濡らしていく。少しウェーブがかっているけどとてもスベスベな髪だな。


「シャンプー入りますよ」


「わ!ちょっと待って!?」


 シルファちゃんが慌てた様子で両手で顔を覆った。


「どうしたんです?」


「目に、目に入るのやだから」


 か細い声がよく室内に響いた。かわいいなおい。


「そうだったんですね。じゃあ気をつけてやりますよ」


 つつがなく頭を洗い終え、次は背中だ。この世界には体を洗うためのタオルがない。すなわち素手洗いだ。


「背中流しますよ」


よっぽどシャンプーが嫌だったのか、顔を手で覆ったまま固まっているシルファちゃんの丸まった背中にシャワーを当てる。


「失礼します」


 ボディーソープをしっかりと泡立てて背中を撫でるように洗っていく。なめらか〜!やや骨張っているが女性的な丸みのある体を堪能する。決して邪な気持ちはない。私はシルファちゃんのメイドとして汚れ一つ残さぬよう入念に洗っているだけなのだ。


「じゃあ、前も洗いますね」


「前はダメ!?自分で洗うわ!」


 やはり断ってきた。でもここは引けない。以前彼女に押し切られて一緒に寝ることになったことを私は忘れていない。それにこのメイド服だって半ば強引に着ることになったわけで。たまには仕返しくらいさせて欲しい。


「遠慮しないでください!えい!」


 私は彼女の腰に手を回し体をこちらに向かせた。シルファちゃんは手で胸を隠そうとするが悲しいかな、身長も戦闘力も私の方が高い。私は先回りして彼女の胸に泡をつけた手を押し当て優しく揉み洗う。ふむふむ。やわこいやわこい。


「なっ!?ひゃん!?」


 抵抗してくるかと思ったが満更でもない様子だ。体の力を抜き、されるがままって感じ。私はにっこり微笑んでお腹に脚と無心で洗っていく。何度も言うが邪な気m……ちょっとあるかも、多分にあるかも?


「では、私は夕食の準備をします。シルファちゃんはごゆっくり入浴をお楽しみください」


 一仕事終えた私は額をぬぐい、彼女を残して浴室を出た。しかし、ゆっくりしている暇はない。急いで夕飯を作らねば。


 私はキッチンに移動し、氷冷箱と調味料を確認する。この冷蔵庫に似たのは魔道具というらしく、食べ物を冷蔵保存できる。魔道具というのは魔力で動く電化製品といったところかな。食材は一通りあるな。調味料はなんだかわからないから1個ずつ舐めて確認しよう。


 調味料を全て確かめて驚いたことがひとつ。この世界、なんと料理の「さしすせそ」が揃っているのだ。青い液体からは醤油の味がするし、この胡椒っぽい粉は甘い、多分砂糖だ。そうとなれば、ここは私一番の得意料理で彼女の胃袋をがっちり掴んでしまうとしよう。


「で、出たわよ」


 やがて、タオルで髪をまとめたネグリジェ姿のシルファちゃんが風呂から出てきた。割り切ったのか、私の好意もとい行為に困惑したり拒絶したりする様子はもう見られなかった。


「もう少しでできるので、座って待っていてください」


「嗅いだことのない匂いがするわね。なに作ってるの?」


 気になるだろう。でも残念。


「出来上がるまでの秘密です」


「焦らすわね〜。いいわ、楽しみにしとく」


 ふふふ。シルファちゃんの反応が楽しみだ。


「できましたよ」


 私は出来上がった料理をさらに盛り付け、お盆に乗せてシルファちゃんの前に置いた。


「見たことのない料理ばかりね」


「これは私の故郷の料理なんです。肉じゃがと味噌汁、それに魚のフライになります」


 料理を一つずつ指差して紹介する。ちなみになんの肉と魚なのかはわからないし、野菜も全て見た目がそれっぽいってだけなんだが。それに味噌汁をスープ皿につけたり、主食がパンなのはご愛嬌。この世界は米食ではないのよ。


「そうなのね。早速いただくわ」


 フォークで肉を芋を刺してパクリ。口に合うかな。


「美味しい!!柔らかいお肉にホクホクのお芋が口の中で溶けるわ。なによりこの甘塩っぱい味付け!食べたことなかったけど、なんだか心が落ち着くわ」


 シルファちゃんが手を頬に当てて、興奮気味に肉じゃがの感想を述べる。よっぽど美味しかったのかノンストップで食べすすめていく。


「お口に合うようでよかったです」


 しかし、シルファちゃんや。三角食べってものを知らないのかな。肉じゃがばかり食べていて、魚フライに全く手をつけていない。


「魚の方も召し上がってみては?」


 私が促すと、シルファちゃんはナイフを手に取り、揚げ物をステーキを食べる要領で小さく切り分けていく。


「こっちも美味しいわね。スナックみたいな感じね」


 揚げ物も高評価を頂けた。しかし、魚フライの真髄はここから。


「シルファちゃん。フライをパンに挟んで食べてみてください」


「え、パンに挟んで?少し下品じゃないかしら」


「騙されたと思って、ね?」


「そこまで言うなら……」


 戸惑いながら魚のフライをパンに挟める公爵令嬢。レアすぎる絵面だわ。


「ん!さっきより美味しいわ!!」


 疑い半分だった顔が満面の笑みに塗り替えられる。そう、これこそが揚げ物とパンの夢の共演、いいや悪魔的合体!カロリーモンスターだ。  


 その後もシルファちゃんは肉じゃがとフィッシュサンドをペース良くたいらげ、残った味噌汁に手を伸ばす。


「ふー。落ち着くわー」


 弛緩しきった顔。いつものシルファちゃんだ。学校ではこの顔が見られなくて不安だったのよね。


「ごちそうさま。とっても美味しかったわよ!また作って欲しいくらい」


「お粗末さまでした。でしたら、明日も作りましょうか?」


「是非お願いするわ」


「かしこまいりました」


「ねえ、佳織はいつまでメイドの振りするつもり?」


 さっきと打って変わって怪訝そうな顔をするシルファちゃん。


「シルファちゃんの心が癒えるまでですかね」


「ん?どういう事かしら?」


 シルファちゃん、わかってないのか……


「大丈夫ですよ。私はいつでもあなたの味方です」


 よっぽど酷い仕打ちを受けていたのね。


「えーっと。話が見えてこないのだけど。今日の佳織、変よ。妙に甲斐甲斐しいし、あたしにベタベタしてくるし。ベツニイヤジャナイケド」


 最後は聞き取れなかったけど、変か。確かにいつもと接し方は違うけどさ、学校であんなの見せられたらね。


「シルファちゃん。学校楽しい?」


 あまりに自覚がないので、乗り気じゃないが単刀直入に聞いてしまおう。


「学校?別に普通だけど」


 え?そうなの!?鋼のメンタルすぎない!?


「えっと、シルファちゃん、クラスメートに避けられてない?」


「あー……そういうことね」


 やっと気づいてくれたか。しかし、シルファちゃんは表情を変えずに予想外のことを言ってきた。


「もしかして、佳織。あたしがいじめられてると思った?」


「うん」


「そうだったのね。心配してくれたのは嬉しいんだけど、あたし別にいじめられてはないわ。ただちょっと避けられてるだけで」


 それ、矛盾してない?いじめられてはないけど避けられてる。


「どういうこと?」


「うーんと。これは聞いた話なんだけど、多分あたしがかわいすぎて避けられてる?らしいのよ」


「えーー!なにそれ!?」


「この世界とにかく面食いが多いのよ。それで入学当初は男女問わず告発されまくっちゃって。それを全て断ってたら、あたしに既に意中の相手がいるんじゃないかって噂になって。そしたら、あたしの知らぬ間にファンクラブがつくられてたみたいでね。あたしが人見知りってうっかり言っちゃったら、それ以来クラブの女子があたしを守るようになっちゃって……それで今に至るってわけよ」


 意味わからん。好き避けならぬかわいすぎ避け!?えー……この世界の価値観が全く理解できない。私てっきりここからシリアス展開、シルファちゃんを救うべき奮闘する異世界人編!が始まっちゃうのかなって身構えてたのに。


「シルファちゃんはそれでいいの?」


「別にいいかな。クラスメートともっと仲良くなりたい気はするけど、あたしの公爵令嬢の地位を狙って絡んでこられるのは面倒だし」


 その発言には実体験じみた貫禄が込められていた。


「それじゃあ、なんで学校あるの忘れてた時、あんな動揺してたの?」


 そう。あの時のシルファちゃんの焦りようは尋常じゃなかった。


「あーー。あれはね、宿題をやってなかっただけっていうか。やり終えずに遊んでいるのがメアにバレたら怖いなっていうか……」


 急に歯切れが悪くなったな。なんだか驚きを通り越して呆れてきたかも。私の心配を返して欲しいわ。


「もしかして、私をメアさんの代わりにメイドにさせたのって宿題が終わってないのがバレないようにするため?」


「そ、それは断じて違うわ佳織!あたしはただ佳織ともっと一緒にいたかっただけで」


 黒だな。声が震えてるし、目が泳ぎまくっている。


 はー……なんだか、シルファちゃん、清楚系お転婆美少女から腹黒系ロリ女誑しにジョブチェンジかも。


「シルファ。ほんとのこと言って」


 私は目を細め、語気を強めて問い詰めた。


「ほ、本当よ?あたしを信じて」


 シルファは頑なにこっちを向かない。


「立って」


 なんだか、変なスイッチが入ってきた。


「な、なんでよ」


「立って」


 私はシルファに歩み寄って立つように迫る。


「っ……分かったわよ」


 観念したのかシルファちゃんは俯きながら椅子から腰を上げた。そして、私はさらに一歩踏み込んで彼女に近づく。シルファも一歩退いたのでその距離を詰める。これを繰り返すうちにシルファは壁に追いやられていた。私は壁に手を当て、彼女を見下ろす。


「本当はどうだったの?」


 俯いて縮こまるシルファだったが、ガバッと顔をあげたかと思えば、目には大粒の涙が浮かんでいた。


「ごべんなざい〜!宿題やってなかったのがバレたくなかったのは本当よ!でも、それ以上に佳織と一緒に学校にいきたかっただけなのよ!」


 シルファが私の胸に顔を埋めて謝罪の言葉を告げた。謝罪は欲しかったが、それ以上に私と一緒に学校にいきたかったと言われて心がスッキリした。


「素直に言ってくれて嬉しいわ。私もシルファと一緒に学校にいけて楽しいわよ」


 私は彼女の頭をポンポン撫でて胸の内を明かす。


「えへへ。そっか」


 シルファは顔をあげて私をじっと見つめた。


「隙あり」


「え!?」


 ニタリと怪しい笑みを浮かべたかと思えば、私の体は宙に浮いていた。気がつけば、私はシルファにお姫様抱っこをされていた。


「仲直りのために今日は一緒に寝るわよ!」


「ちょ!?あのベットに2人は流石に狭いよ。それに私メイド服のまんまだし」


「気にしない気にしない」


 さっきまでの反省ムードは一体どこにいったのか、晴々とした顔で私をベットに運ぶ。


「わわわ、優しく、ね?」


 ……そのあと滅茶苦茶寝た。


 私が異世界に帰るまであと27日。


_________

ここまでお読みいただきありがとうございました!

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