KAC20246 タイトル:『とりあえず』なんかじゃない お題『トリあえず』

マサムネ

『とりあえず』なんかじゃない

「とりあえず、付き合ってみる?」


 少年がそう言うと、少女は烈火のごとく怒りだした。


「とりあえず、って何よ!!」


 そして、少女は去っていった。




 二人は保育園からの幼馴染だった。

 家も近所で、親も友達だから、兄弟の如く一緒にいた。

 小学校に入っても、大して関係は変わらなかった。

 だが、学年が上がるにつれて、何となく気恥ずかしさが出てきて、学校では少し距離を置くようにするものの、なんだかんだで登下校は一緒だし、休みにお互いの家に遊びに行くこともしばしばあった。


 中学に入ると、さらにお互いに気恥ずかしさが増す。

 学校ではやはり距離を取り、あまり仲良く話す様子は見せなかったが、登校時は何となく時間を合わせて一緒に自転車で登校していた。

 友人に「一緒に来てるんだね」と言われても、二人は「いや、家近いし、だいたい一緒の時間になるだけだよ」なんて言っていた。

 塾も、少女が通うと言い始めれば、少年も「自分も通おうかな」なんて言い始める。

 これが彼氏彼女出なかったら何なんだろうと、周囲が思うほどだった。


 卒業式が終わり、無事二人して目標の高校に合格することも出来た。

 これでまた一緒にいられる。

 嬉しかった。もう、この気持ちを隠していても仕方がないような気がしてきた。

 それほどにお互いに通じ合っている。そう思っていた。


 だから少年は言ってしまった。


 合格発表を見に行った帰り道。

 まっすぐ行けば少年の家、右に曲がれば少女の家。

 そんな交差点で、


「あのさ」

 意を決したのか、いつもよりも大きな声で、少年は少女に声を掛けた

「……なに?」

 合格発表の特別な日、少し少女にも感じるところはあった。しかし―――


「とりあえず、付き合ってみる?」

 その『とりあえず』は、明らかに照れ隠しだった。

 それは、少女にも分かっているはずだったのに―――


「とりあえず、って何よ!!」

 少女は大きな声を上げてしまった。




 少女も後悔していた。

 少年の言葉が告白であることは、分かっていた。

 でも、『とりあえず』という言葉は、少女には許せなかったのだ。

 『とりあえず』なんて言葉で片付けられるほど、少年に対する思いは簡単なものではない。

 物心ついたころからずっといて、

 確かに家族のような付き合いだったけれど、

 意識しだして、思いが募りだして、

 焦れた期間はどれほどのものか。

 近くて遠い、そんな距離を感じながら、ようやく思いが通じたはずなのに。

 家に帰り、部屋に飛び込み、枕に顔をうずめて泣いていた、




 それから、二人は会っていない。


 もうすぐ三月が終わる。

 気まずい。それだけでお互い顔を合わすことが出来ないでいた。

 別に少年は振られたわけではない、少女は振ったわけではない。

 それもお互いに分かっていた。

 しかし、長い付き合いが故の照れ隠しが、募った思いが、歯車をかみ合わなくさせていた。


 三月最後の日、少年は気晴らしに近くのコンビニまで散歩した。

 途中、曲がれば少女の家に辿り着く道を素通りして、コンビニの入り口に辿り着いた。

 

 店に入ろうとして、ふと上を見上げた。

「あれ? いない」

 そこは、この時期になるとツバメの巣が出来ているところだった。

 毎年できるが、ツバメは縁起物と、店長も糞避け板を取りつけてそのままにしていた。

 少年の記憶では小学生の頃からあった気がした。

 それこそ、少女とともにお菓子を買いに来て、見つけた思い出がある。

 しかし、今年はいない。

 携帯端末で調べてみると、ツバメは毎年同じ場所に巣を作ることがあるが、それは前年に巣で育った子供などの関係者であり、一年間生き残ることが出来なければ、戻ってこないこともある。


(ああ、今年はツバメに会えなかったか…)


 そう思った瞬間、心がざわついた。


 毎年、当たり前にあると思っていたものが急になくなることがある。


 こんな気持ちのまま高校生活が始まってしまったら、このまま何となく今までの少女との関係がなくなってしまうのではないだろうか?

 そう思ったら、少年はいてもたってもいられなくなり、少女に電話をしていた。


「……なに?」

「公園に来て欲しい」

「え、あ、……うん」


 少年は駆け出して、近くの公園に向かった。


 ブランコと滑り台、鉄棒。それくらいしかない小さな公園。

 でも家の近くで、小学校低学年くらいの時は、よく二人で遊んでいた公園。


「どうしたの?」

 ほどなくしてやってきた少女。

 しかし、公園の入り口くらいで立ち止まっている。

 少年はベンチの近くにいた。


 距離にして、10m程度。


 少年は立ち上がり、頭を下げた。

「ごめん、『とりあえず』なんて言って」

 顔を上げ、少年は続ける。

「照れ隠しだったんだ。なんて言っていいか、恥ずかしい気がしちゃって、でも………とにかく『とりあえず』なんかじゃない」

 少年は必死に訴えた。

 その様子に、少女が少し笑った。

 しかし、すぐに真顔に戻ると、今度は少女が頭を下げた。

「わたしの方こそごめんなさい。照れ隠しだったなんて、君の態度を見ていればすぐに分かったよ。でも、その………わたしにとっては『とりあえず』じゃなかったから、つい……」

「うん」

 少年にだって、今は分かる。あの時の怒り様は、気持ちの大きさが故だ。

「格好悪いことは、もうしたくないから。言うね」

「うん」

「君が好きだ。彼女になって欲しい」

 その言葉を言い終わるか終わらないかの内に、少女は少年に抱き着いていた。




 十五歳の二人が彼氏彼女の関係になった。

 抱き締めあうだけでキスはやっぱり照れくさくて何となくお預け。

 二人はベンチに座って、しばらく会ってなかった間のことを話して時間を埋めていた。

「あ、そういえばさ、さっきコンビニ行ったんだけど、ツバメの巣なかったよ」

「へえ、そうなんだ。あのトリ、もう会えないんだね」

「トリって、ツバメだよ」

「ツバメもトリでしょ? お、これは『トリあえず』だね」

「ああ、もう、その話は引っ張るなよ!!」

「ふふふっ」

 楽し気な二人の手は、しっかりと繋がれていた。


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KAC20246 タイトル:『とりあえず』なんかじゃない お題『トリあえず』 マサムネ @masamune1982318

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