『Today is another day』

苺香

第1話


電車で死んだ目をしているサラリーマンは、実際に死んでいるのではなく、これから過ごす一日の英気を養っていると聞いたことがあるけれど。

 だいたいM&Aなんて制度がなければ、私だってドアツードアで暖かい環境で音楽でも聴きながら職場までたどり着いていたのに。

英気を養う為には座席に着席なんてものはマストであって、その為に耳まで凍るホームに十分早く着き電車の到着を待った甲斐があった火曜日。

「えっつ。藤本さん?」

思わず言葉が出てしまった。

向かいの座席に陣取った藤本さんは、

「久しぶり」と答えた。

先日、見られて困る物は処分しよう。という想いで片づけものをしていた時に見つけた学生時代の日記帳に”こんなに楽しくていいのだろうか”と書かれていたなぁ。

目の前の藤本さんは、まだあの頃のように誠実で礼儀正しいのだろうか。もしそうだとしたら、あのピンクのシャツは誰の趣味なのだろう。


水曜日なんてきっと、“サラリーマン一週間曜日別人気投票”では最下位の月曜の次、ブービー賞もの。睡眠も充分のはずなのに、二日間の疲労も蓄積しているし。藤本さんとバッタリなんてお断り。地下鉄の改札からは離れちゃうけれど、三両目にしよう。

「えっつ。また。藤本さん?」

藤本さんは黙ったまま、二度頷いた。

・・・もしや、相手も同じ事考えていた?!


あ~~。眩しい。こうやって電車を待っているだけでも頬をつたう汗。

太陽がなければ植物は光合成も出来ないし、世界は闇の中だろうけれど。限度っていうものがあるじゃあない?!

「恵子ちゃん。会社、何処にあるの?」

今日は、藤本さんが、右隣から尋ねてくる。

私は、ほぼ愚痴かもしれないこれまでの経緯を話していた。

藤本さんは相変わらず聞き上手だ。

緑の田園風景が変わりビル街が近くに見えて来た停車駅、同僚の早苗が乗車してきて、

「恵子、隣の方どなた?」と興味津々。

「藤本さん。地元でね。学生時代にバイトしていた時一緒だったの。可愛かったんだよね」

早苗に紹介しながら、藤本さんを見上げる。

「えっつ。誰が?」

藤本さんの目尻にはクシャクシャの皺。

「私に決まっているじゃない!!」

声を落とし叫ぶ中、ガタンゴトンと音を立てていた列車のブレーキ音が聞こえた。

降車ドアが開く。

「いってらっしゃい。ごきげんよう。」

こちらも負けじと、笑顔で手を振った。

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