32 信じる道


 暗闇に支配されている世界は心地がいい。僕はそもそも闇が好きみたいだ。光を渇望したところで、僕には似合わないってことは、僕自身がよくわかっていることでもあるのだった。


 月明りすらない、漆黒の闇に包まれている世界。目を凝らしてみると、蠢く者を見つけた。


 僕が片手をあげた瞬間。僕のすぐ横を疾風の如く駆けていく者がいた。その影はあっという間に目的の場所に到達すると、そこにいた魔族に襲い掛かった。僕はその様子を見つめながら、隣にいる男に言った。


「安らかに眠る死者を呼び起こすなど、死への冒涜だよ」


 男は「まったくでさぁ」と頷いた。僕は彼に微笑みかけた。


「ここまでの案内、ご苦労様」


「いえいえ。大臣様のお使いとあっちゃ、張り切ってやらないといけねえ」


 薄汚れた格好の男は僕の笑みに笑い返した。


「で、あの墓荒らしの魔物はどうするつもりで?」


「そうだね。魔族にお返ししたいところだけど。抵抗するようであれば、ここで処罰するしかないね」


 僕は口元に指をあて、そして頭でイメージを作る。すると、隣にいた男がたちまち青白い炎に包まれて燃え上がった。


「な、なぜ……おれを?」


「隠しきれていないよ。お前は魔族だね」


「くそ、なぜわかった……っ」


 炎に包まれた村人は苦痛に顔を歪ませた。炎に充てられ、人間の皮は剥がれ落ち、そこには褐色の肌を持つ魔族の姿が現れる。


「墓荒らしの情報を流して、僕をおびき寄せる算段だったようだね」


「罠だと知っていたと?」


「そうだ。罠だと知っていたから来た。そうじゃなかったら、わざわざ僕が出る必要もないからね」


 魔族は両腕を広げ、咆哮を上げる。すると、僕の炎の魔法が弾かれ、焼失した。彼のからだからは、煙が立ち込めているが、関係ないみたいだった。


「お前は闇に近い存在。お前を食らえば、力がもらえると聞いている。さっさとおれたちの餌になれ」


で呼び出したの? 悪いけど、暇じゃないよ」


「強がりを。お前の魔法など、おれ様にはきかねぇ。みてみろ。無傷だぜ?」


 魔族は背負っていた大きな斧を握った。


「ダメージを与えようと思ったわけではないよ。お前の本当の姿が見られてよかった」


「バカにしやがって……っ」


 魔族は斧を振りかぶった。


「いいよ。おいで。相手になる」


 僕も剣を抜いた。魔族は雄叫びを上げながら僕に向かってきた。僕はその斧をやり過ごそうと地面を蹴る態勢をとった。しかし——。僕の目の前にまで迫ろうかとしていた魔族は消えた。


 いや、消えたのではない。彼のからだは二つにわかれ、地面に転がったのだった。魔族特有のドス黒い血が周囲に飛び散った。そこに、ふわりと着地をする一頭の狼。僕は大きくため息を吐く。


「僕の獲物なんだけど」


「なんだ。助けてやった。これで何度目だ? 数え切れぬほどだぞ」


 狼にまたがっているアンドラスは血を振り払うと、口元を上げた。僕は剣を鞘に納めると、魔族たちが荒らした墓に歩み寄った。


 土が掘り返され、死人が眠る箱は無残にも壊されていた。しゃがみこみ、そこで手を合わせ祈った。


 目の前にあるそれは、僕から見たらただの死骸だ。すでに、その魂は死者の門を潜り、生まれ変わっているかもしれない。けれども、この死骸に思いを馳せ、すがっている人がいるということも確か。墓石の十字架には、少ししなびた花輪がかけられているからだ。


 彼らにとったら、ここに眠る死骸は、かけがえのない大切なもの。僕はそんな思いを守っていきたいと思っていた。


「タシット。お願い」


「承知いたしました」


 隣に佇んでいたアドア——いや、タシットが両手で魔法陣を描くと、墓はたちまち戻通りになった。


 これはタシットの力ではない。アドアという少年の持っていた力をタシットが行使しているということ。アドアは死者の使いの血を引く者。彼には墓を管理できる能力が備わっていたようだった。


「元通りでございます」


「ありがとう。タシット。じゃ、帰ろうか。今日はスティールが打ち上げっていうものを開くんだって。サブライム様も歌姫も出席すると聞いているし。僕も行ってみたい」


「おれも行くぞ」


 アンドラスは偉そうに言った。しかし、僕は首を横に振る。


「アンドラスはダメー。エピタフが来るんだ。またハルファスと喧嘩になったら困るものね」


「それがよろしいかと」


「おい。犬コロ! なにをいうか。面白そうなところではないか。おれも行くぞ」


「じゃあ、喧嘩はなしだよ。いいね?」


 アンドラスは返事をしない。僕はじっと彼を見据えてやった。すると、「致し方ない」と答えた。


「あいつが仕掛けてこなければ、おれもなにもしない」


「仕掛けられてもなにもしないって約束できないなら連れていかないよ」


 ヤミは煙に包まれると小さくなってアンドラスの肩に乗った。彼も打ち上げに行きたいのだろう。アンドラスは「ち」と舌打ちをすると、「わかった、わかった」と答えた。


 僕は思わず笑ってしまった。


「なんだ。なにがおかしい」


 アンドラスは不満そうだけど。僕は嬉しい。


「ビフロンの奴も呼んでやれ」


「伯爵はダメだよ。そういうところ苦手だもん」


 僕の頭に、あの陰湿なフードはなかった。僕は颯爽と歩く。アンドラスとタシットを連れて墓地を後にしたのだった。 


 今までのグレイヴ家当主のようにはいかないかも知れない。けれど、今の当主は僕だ。僕は僕の信じるままに生きていく。いつか、この命が尽き、アンドラスのお腹に入る時がくるけれど、それまでは。アンドラスと、そして僕を大事にしてくれる人たちと——。







—了—

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死者の門番は、破壊衝動の強い悪魔に魅入られる 雪うさこ @yuki_usako

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