好きな子と約束をすると好きな子にそっくりな女が毎回邪魔をしてくる男の話
日諸 畔(ひもろ ほとり)
守れない約束にはご注意を
あいつが歌うのは最後。いわゆる『トリ』というやつだ。
だから俺、
「よし!」
履き慣れたスニーカーの紐を強く結び、気合いを入れた。
俺の住む場所は毎年、歌謡祭というイベントが催される。市役所の駐車場に設営された舞台で、市民から選ばれた人が歌を披露するのだ。
歌う順番は事前オーディションで決められる。高評価だった人は登場が後になるという決まりだ。
俺の幼馴染である
年齢制限が十八歳以上ということもあり、静にとって今年が初めての出場だ。そんな晴れ舞台を見に行かずして『幼馴染に片想いし続ける男』は自称できない。
「うわ、シズ……」
慎重にドアを開けた先には、長い髪を後頭部の高い位置で括った女がいた。瞳を丸く輝かせ、小さな唇の端を軽く上げている。
「うわって、酷くない?」
言葉とは逆に、浮かべた笑みはそのままだ。
「声まで同じなんだよな」
「勇ちゃん、毎回同じこと言ってる」
「その声で勇ちゃん言うな」
「ちぇー」
唇を尖らせるのは、シズと名乗る謎の女。見た目も声も、仕草や俺の呼び名でさえも静と同じ。
ずっと静を見つめていた俺でさえ見間違うほどそっくりなこいつに、ずっと酷い目に遭わされてきた。それも、静との大事な何かがある時に限って現れるのだ。
「で、今度はなんだ?」
「あれ、今日は素直だね」
「さっさと終わらせたいんだよ」
初めてシズと会ったのは、小学生になったばかりの頃だ。その時はシズも子供の姿だった。静と遊ぶ約束をしていた俺は、他人だと気付かずにシズの願いを叶えてしまった。
事を終えた後、約束を破ってしまったことを謝ると、静は笑って許してくれた。普通じゃ信じられないような理由にも、表向きは納得してくれていた。
それ以来だ。シズは事ある毎に現れ、俺に頼み事をしてくる。その結果、静との約束を反故にしてしまう。
静は毎回許してくれたが、俺の罪悪感は募るばかりだった。いつしか俺は、静と約束することをしなくなった。
ただし、不幸中の幸いか、約束さえしなければシズは出てこず、静との縁も切れることはなかった。
そして今更になって気付いたのだ。約束さえしなければ良いということに。だから、今回は敢えて静には何も告げていない。それはそれで罪悪感が酷いのだが。
「じゃ、行こっか」
「はぁ……」
俺は大きくため息をついて、シズの手を取った。静の手を握りたいと思いながら。
───────────────────
シズに連れて行かれたヤタグワ王国は、魔物たちに攻め入られていた。その辺で手に入れた聖剣ユリーグナで魔物を蹴散らす。最終的には魔王を名乗るおじさんに謝罪させて和平。
なんやかんやで戻ってきたのは二週間後。この世界で言えば三時間程度だ。
歌謡祭は数分前に終わっていた。
「はぁ……」
今日会えたら告白しようと思っていたのだ。落胆はあまりにも大きい。
「お疲れ様」
「うい」
シズの労いに、片手を上げるのが精一杯だった。完全に静と同じ言い回しなのが、俺には辛すぎる。
「歌謡祭のトリに会えなかったね。つまりトリあえずってやつね。残念だったね」
「ああ、お前のせいでな」
何故か誇らしげのシズに、精一杯の悪態をついた。
「でも、ありがとうね。勇ちゃん」
「ああ、今日会えたら告白しようと思ってたんだけどな」
「えっ? まじで」
「ああ、まじで」
「そ、そうなんだぁ、あー、そっかぁ」
シズは驚いた顔を真っ赤にして、どこかへ歩いていった。
その夜、歌謡祭に行けなかったことを謝る俺を静は笑って許してくれた。そして、俺の片想いが終わった。
それ以来シズは現れなくなった。というか、現れる理由がなくなった。本人が言うには「今思えば、無理して正体を隠さなくてもよかったんだよね」とのことだ。
俺はずっと騙されていた。まぁ、そういうことだ。でも、好きな子を裏切り続けるよりずっと良い。なんなら嬉しく思いさえしてしまう。
「さあ、勇ちゃん、行こう」
「今度はどこだ?」
「ジルスタ銀河連盟とバハル宇宙帝国の戦争仲裁だよ」
「無重力か、久しぶりだな」
「頑張りましょー」
俺は最愛の人の手を取った。
好きな子と約束をすると好きな子にそっくりな女が毎回邪魔をしてくる男の話 日諸 畔(ひもろ ほとり) @horihoho
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