ストーク空港へようこそ
ムタムッタ
コウノトリ 日本→剣の異世界 32:30 搭乗口14 C
「…………ん?」
気がつくと、どこかの空港のターミナルにいた。生まれてから数回乗ったが、記憶にない場所だ。そんなもんは目の前の光景を見れば分かるんだが。
バカみたいにデカいガラス張り越しに、これまたバカみたいにデカい鳥が、口に布で包まれた人間を咥えて飛び立っていくのが見える。どんな顔をしているかは知らないが、何かのアトラクション?
周りの人も同じように鳥を見てたり、あるいは搭乗口へ向かったり。
慌ただしい空港の様子が広がっていた。
「お客様」
「……俺?」
耳元で呼ばれ、振り返る。
黒いスーツに赤いネクタイの映える、オールバックの壮年の男性が背後に立っていた。表情はやわらかで、怪しさは感じられない。
「はい! ストーク空港へようこそ。何かお困りですか?」
「お困りも何も……なんの事ですか?」
俺って……どこにいたんだっけ?
いつものスーツ着てるし、仕事の鞄もある。スマホは……あれ、圏外? 時間も変だ。32:02? それって午前8時じゃねぇか。深夜過ぎてるぞ。
確かに深夜まで残業していたのは覚えてる。連続76日目だったか。
「おや、記憶が曖昧……失礼、その胸ポケットの……」
わざとらしく、男は俺の胸ポケットへ手を向けた。
スーツの左胸にあるポケットには、1枚のチケットが入っていた。
『コウノトリ 日本→剣の異世界 32:30 搭乗口14 C』
よくある航空チケット……のように見えるが、違う。日本は良いとして、剣の『異世界』? 既に国名でもない。そもそも俺は飛行機に乗るつもりはないけど。
「お、お客様⁉ まもなく出発の手続きは終わってしまいますよ⁉」
「は?」
「とにかくこちらへ!!」
チケットの印字を見た途端、男は血相を変えてその場で素早く足踏みを始めた。そういえば、飛行機って結構早めに手続きしないといけないんだっけかな。
「早くしないと転生できません、急ぎましょう!」
「なんて?」
「ええと、とにかく走って!」
わけもわからず男に先導され、俺は空港内を走る。老若男女、それどころかアニメで見たような見た目の人間を横目に、ハイテンポで革靴の踵を鳴らす。
「よりにもよって14番、いっちばん遠い搭乗口なんて……!」
「あの! これって何に乗るんですか⁉」
「来世に転生するためのコウノトリです! あなた、現世は終わっているんですよ!」
「えぇっ⁉」
あのデカい鳥ってコウノトリなのか!
ムービングウォークは耳の長い方々で塞がれていたのでその横を全力疾走。衝撃の事実も頭に角が生えた美男美女を縫っている間にリアクションも取れない。
「ストーク空港は来世に行くための中継地点! 次の世界に運んでくれるコウノトリは1秒でも遅刻したら乗せてくれないんです!」
「時間厳守がきっちりしてますねッ!」
「一気に運ばないと向こうの神様に怒られるので、申し訳ありません!」
「ちょちょちょ、速い速い速い!」
現役……いや、もう死んでるけど、運動不足の社会人の数メートル先を黒スーツの男は駆ける。内臓脂肪を指摘されてるこっちのことを少しは考えてほしい。
「時間がありませんので、急いで!!」
「もぅ……無理……っす」
大体、全力疾走する格好じゃないんだってば……
失速しながらようやくたどり着いたころには、膝が笑っていた。
結局男に催促されながら走ったものの、スマホの時刻は32:10をとっくに過ぎ、搭乗手続きは終わってしまっていた。一応男は上に掛け合ってくれたらしいが、「無理」の一点張り。
「お客様……この度は大変申し訳ございません」
「い、いや。まぁ、はい」
いきなり死んだと言われ、転生するための手続きに間に合わず、
息だけ切らして立ち尽くす。
……なにこれ?
コウノトリあえず、とんぼ返り。
そのまま搭乗口にいても仕方ないので、ターミナルまで歩いて戻って来た。相変わらずバカみたいにデカいガラス窓の先ではコウノトリが飛び立っていく。
「本当に、申し訳ございません」
「謝らないでください……自分も何が何だか。ここに来た原因も、よくわかっていないので」
死後の世界、なんてものがあるとは。
チケットをもう一度見直す。そこには変わらず『日本→剣の異世界』と記されている。
「どんな世界なんすかねぇ」
「……失礼、お客様。もう一度拝見してもよろしいですか?」
「え? どうぞ」
わざとらしく目を細めた男へチケットを見せると、これまたわざとらっしく、男は左手で顔を覆った。
「お客様申し訳ございませんっ! こちらお日にちを間違えておりました」
「はぁ」
「時間だけ見てしまっておりました、重ねて申し訳ございませんっ!」
「ど、どゆこと……?」
「つまりお客様がここに来たこと自体が手違いだったようです。お客様がストーク空港にいらっしゃるのは、もっと先……何十年も先のことですね」
もう一度確認してみると、行先の日本の上には日にちではなく西暦が……20XX年と書いてあった。それは半世紀以上先の数字。
「これは失礼致しました。私、配属してまだ3カ月なもので」
「新人さんだったんですね。ご苦労様です」
特に意味もなく会釈よろしく頭を下げる。新人のミスはよくあることだ、怒っても仕方ない。
「またその時が来たらお越しください。その時は、必ず余裕をもってご案内致します」
「そ、そうですか……」
ところで俺、どうなるんだろう。
死んだ後の世界に来て、来る日を年単位で間違えて。
もしかして、まさに『ターミナル』?
不安を他所に、チケットを持つ手が金色の粒子となって散って行く。そして手から腕、身体と。
「では、またのお越しをおまちしております」
◇ ◇ ◇
「…………新人がパニくっただけじゃない?」
第一声を聞いた看護師によると、確かにそう言ったらしい。
市内の大学病院に運ばれて、1週間ほど意識不明だったそうな。会社で倒れているところ発見されて、今に至る。
「まぁ過労ですね。しばらく休んでください」
「はぁ……」
寝食を忘れる、なんて言葉があるが労働したことも忘れて臨死体験
していたとは笑える……いや、笑えない。そこまで追いつめられる働き方をした覚えはないが。
もちろん病院着の懐にあのチケットなどはなく。
記憶だけがしっかりと頭に残っている状態。果たしてあれが夢だったのかどうかは分からないし、あの黒スーツの新人が何者だったのかは知る由もない。小さい窓の外、青空を鳥が飛んでいく。
ひとつ、気になることがある。
コウノトリにファーストクラスはあるんだろうか。
ストーク空港へようこそ ムタムッタ @mutamuttamuta
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