妹が聖剣を抜いた。トリあえず俺が勇者になった。

七篠樫宮

妹が聖剣とやらを抜いちまった件。


『トリ:最後を取ることの意。真打ち。』

『あえず:十分に――できない。――しきれない。』


 *――*――*


 俺の村の近くには、かつて伝説の勇者が振るっていたという『聖剣』が刺さっている場所がある。

 世界を滅ぼそうとした魔王、それを討伐した勇者の聖剣。

 その聖剣には『しかるべき時に引き抜く者が現れる』と言い伝えがあるのみ。


 といっても俺みたいなガキからすれば「なんかボロい剣が刺さってるな」くらいの感覚だ。

 魔王や勇者なんて俺のじっちゃんのじっちゃんが生きていた頃ですら伝説として語られていたのだ。

 

 ずっと昔に世界を滅ぼそうとした悪いヤツがいて、ソイツを倒した良いヤツの剣が今も村の近くで刺さってる。

 そんな話信じる方がイカれてるだろ。


 だけど、勇者やら魔王やらを信じていない俺でも認めてることがある。


 

 このオンボロ剣がガチで抜けないことだ。

 


 もちろん俺は抜けなかった。親父も、じっちゃんも若い頃に試したが無理だったらしい。

 俺と同じ村のガキも抜けなかった。

 最初は抜けない剣を抜こうとムキになるが、マジで抜けないと分かると皆んな飽きた。剣に見向きもしなくなった。


 村のガキの中で今も抜けない剣が刺さってる所に通ってるのは俺くらいだ。

 

 いや、違うな。

 


 俺と――


「お兄ちゃん! 抜けた!」


 ――妹だけだ。



 *――*――*


 妹が聖剣とやらを抜いちまった件。

 

 俺が抜こうとしてもビクともしなかった剣を、笑顔でかかげる妹を前にして――


「こら! そんな危ない物持って帰れないから元の場所に刺しときなさい!」


 ――俺は“とりあえず”現実逃避した。


 お兄ちゃんの言う事を素直に聞いてくれる妹は「はーい」と聖剣を元あった場所に刺しに行った。


 その後ろ姿を眺めながら考える。


「(やっば。俺の妹可愛すぎ)」


 妹の顔は俺の両親の良いとこ取りの美形だ。

 頭も良いし性格も優しい。人当たりも良いから村の皆んなから可愛がられてる。

 木の枝でチャンバラごっこをした時は三つ上の兄である俺を完封した。

 実は両親には言ってないが妹は魔法を使うこともできる。


 完璧だ。


 そして、そんな完璧な妹は俺が抜けなかった聖剣まで引き抜いた。


 一般村人である俺とは違う、生まれながらの天才。


「お兄ちゃん! すごくない? わたし、すごくない!」


「ああ、すげーよ。まさかあの剣まで抜けるなんて思ってなかった。さすが俺の妹だ」


「えへへ!」


 凡人の俺と才人の妹。

 そんな俺たちの兄妹仲だが、まあ悪くないと思ってる。


 俺は「わたしはお兄ちゃんの妹だからね!」と笑う妹の頭を撫でながら、「妹が抜けたってことは聖剣の言い伝え全部嘘じゃねーか」と心の中で笑っていた。

 


 ――俺からすれば、どこにでもある当たり前の日常の一幕。

 その日常が既に取り返しのつかない段階ポイント・オブ・ノーリターンに来ていることなど、俺は何も知らなかった。




 *――*――*


 妹が聖剣を抜いた日からして。

 目が覚めた俺は家の中が慌ただしいことに気づいた。


「よう、親父。何かあったのか? 魔物でも来たか?」


 親父は俺の言葉に苦虫を噛み潰したような顔をしながら喋った。

 

「……魔物の方がマシかもしれんな。この村に騎士様が来るらしい」


 ウチの村は結構な田舎である。

 周囲を山や森が囲っており、わざわざ村に来るのは行商人くらい。

 そんな辺鄙へんぴな村に騎士様が来る。


 その理由は十中八九、である――と親父は俺に語った。


「心当たりはないのか?」


「無い。税も納めているし、ここら辺にでる魔物は弱いモノばかりだ。騎士様が倒しに来るような魔物はおらん。何の為に村に来るのか皆目見当もつかない」


 だから、“とりあえず”村全体で歓迎の準備をしておくことになったらしい。


「お前はリリィを連れて遊びに行っとれ。子供がすることはない」


「はいよ」


 俺は妹――リリィと遊びに行くことになった。


 



 そんでリリィを連れて村を歩いていると、不審者と出会った。


「やあ少年少女。凄いね、この村では祭りでもあるのかい?」


 見知らぬ男がキザったらしい笑顔で話しかけてくる。

 明らかに外から来たのだと分かる、汚れ一つ付いていない上等な服装。

 そして、腰には剣を刺していた。


 俺はリリィを背中の後ろに隠して答える。


「あー、よく分からないけど、騎士様が来るってんで歓迎の準備をしてるんだとよ」


「へぇ。そこまでして貰わなくても良いのに。ところで少年、名前は?」


「あ? 外のヤツは名乗る時は自分からって格言を知らないのか」


 マジで何なんだコイツ。

 俺の返答が予想外だったのか、キョトンとした顔を見せてきた……と思ったら急に口角を吊り上げる。


「アハハハ、そうだね、そうだ、その通りだよ少年。すまないね、僕の名前はレグルス。

 ――王都から来た、騎士レグルスだ」


 不審者――騎士レグルスは俺の頭を撫でながら「とりあえず村の人を集めてくれるかい」と告げてきた。



 

 *――*――*

 

 村のヤツらを広場に集めた騎士サマは、ここに来た理由を説明してくださった。


『伝説の魔王、復活の兆しアリ』


 王都には占星術師という、未来を予知することができるウサン臭い人間がいて、ソイツらが魔王の復活を予知したらしい。


 魔王が復活すれば、再び世界を滅ぼそうとするのは必定。

 王国は周辺諸国に呼びかけて、対魔王の策略を立てている。

 

「――というのが現状だね。魔王はまだ復活してないけど、魔物の活性化が確認されてる。王都の文献によると魔王が復活する時、世界中の魔物の強化と狂化がなされるらしい。

 既に王国は魔王復活を既定路線として、魔王を倒す策を練っているところだ」


 村中にざわめきが広がる。

 騎士様が来た時点で厄介ごとなのは確定だったが、それが世界滅亡レベルなんて誰も予想してなかった。


「そ、それで、この村には一体何用で……?」


「……王都、というより王家にはね、とある言い伝えがあるんだ。魔王を討伐した勇者の聖剣は、然るべき時まで抜ける者が現れない。この然るべき時っていうのが魔王復活の今なんじゃないか、って言われてる。

 だから僕がここ――勇者の故郷であり、聖剣の在処に来たのは聖剣が抜けないか、或いは抜ける者がいないか。それを確認する為だね」


「(聖剣が抜ける者……)」


「あの剣は、今まで誰も抜いたことがありません。抜ける者がいるとも思えませんし、そもそも、本当に聖剣なんですか?」


「僕はまだ見てないから何とも言えないけど、ここに誰にも抜けない剣があるのなら、それは聖剣に違いないよ。それに僕も聖剣を抜ける者がすぐに見つかるなんて思ってないからね」


「――もし、聖剣が抜ける人間が現れたら?」


「そうだね、その場合は世界を救う勇者として王都に連れてくるよう命令されているよ」


 俺はそばにいたリリィの手を掴んで、こっそりと広場から離れた。







 


「(マズイ不味いまずいマズい)」


 走って広場から離れる。


「(なんだよ勇者って! なんだ聖剣って!)」


 騎士レグルスの言葉が正しいのなら、俺が信じてなかった魔王も勇者も聖剣も全部ホンモノってことだ。


「(聖剣を抜いた者が世界を救う勇者になる? ってことはアレか、リリィが勇者ってことか?)」


 勇者の伝説。オトギバナシ。

 世界を滅ぼそうとする魔王に、聖剣をたずさえて立ち向かった勇者。


 たった一人で世界を背負わされた存在。


「(ふざけるな、ふざけるな! なんで、そんなクソッタレにリリィが選ばれた!?)」


「お兄――!」


「(なんで今なんだ! なんで聖剣なんてモンが村の近くにあるんだ! なんで――――)」


「――お兄ちゃん、止まって!」


 手を引っ張られる。


「お、おう。どうした」


 衝動的にリリィを連れて広場から逃げ出してしまった。


「……騎士様の言うことが本当なら、わたしが勇者なのかな」


「いや、まだ分からんぞ。お前より先に聖剣を抜いて、元に戻したバカがいるかもしれないし」


「ふふ、そんな人いるわけないよ。たぶん、わたしが勇者なんだ」


「そんなわけないだろ。リリィは勇者なんて貧乏クジなんかじゃねーよ」


「貧乏クジ? 勇者は世界を救うんだよ? 世界を救えば富も名声も思いのままでしょ?」


 富も名声も得られるだろう。

 なにせ、世界を救った人間なんだ。


 あぁそうだ。

 世界を救ったのに、富と名声得られない。

 

 世界には富なんて生まれながらに持ってるヤツがいる。

 世界には名声なんて生まれた時から備わってるヤツがいる。


 世界を救って、その程度のモノしか手に入らない。

 世界を背負わされた対価がソレだけだ。


「なぁ、リリィ。本気でそう思ってるのか? 本気で勇者になろうと思ってんのか?」


「うん。そうだよ。わたしが、世界を救う勇者になるんだ。そしたら一生遊んで暮らせるかもなんだよ!」


 リリィは笑いながら自分が勇者だと伝えてくる。

 コイツは俺なんかよりも頭が良い。俺が思い付かないことも当然思いついてるだろう。

 なら、勇者が割に合わないなんて俺以上に理解してるはずだ。


 それでも笑顔でいる。

 コイツはいつもの笑顔を浮かべてる。

 みんなの理想の『リリィ』を演じてる。


「わたしが勇者になって、世界を救って――」


「なあ、もう一度聞くぜ? 本当にお前は勇者になりたいのか?」


 リリィの目を見つめる。


「勇者が現れないと、魔王が世界を滅ぼしちゃうかもなんだよ?

 ――なら、聖剣を抜いたわたしが勇者にならないといけないよね」


「それは正論か? 一般論か? そんな良い子ちゃんの理論は聞きたくねーよ。

 俺はお前の――俺の妹であるリリィの本音を知りたいんだ」


「わ、わたしは……」


 瞳が揺れている。

 リリィの眼に映る俺が歪んでいる。


「……やだよ。いやだよ。嫌に決まってるでしょ! 魔王なんて知らないし、勇者なんてなりたくないよ! わたしはただ、お兄ちゃんと笑って過ごせたらそれでいいの!

 でも、わたしが勇者にならないと、みんな死んじゃうかもでしょ? だったら! だったら……わたしは勇者になる」


 涙を流しながら、リリィは訴えてきた。

 俺よりもガキなのに、俺よりもずっと覚悟を決めている。


「(あぁ、これがお前の本音か)」


 聖剣か抜かれてることは、すぐにバレる。

 リリィと二人で逃げることも意味がない。

 

 だったら――


「なあ、リリィ。勇者ってのはなんだと思う?」


「ふぇ……?」


「聖剣を抜いたから勇者なのか? 世界を救おうとしたから勇者なのか?」


 違う。これらは本質じゃあない。


「魔王を倒して、世界を救っちまった人間――それが勇者だ」


 つまり、だ。


「世界を救えるなら、聖剣を抜いたホンモノだろうが、抜けなかったニセモノだろうが関係ない」


 いいか、リリィ。


「今から俺が、聖剣を抜いた勇者だ」


 


 *――*――*


「よう、騎士サマ。聖剣まで案内してやるよ」


 広場にいた騎士レグルスに話しかける。


「おや、少年じゃないか。僕もちょうど君を探してたんだよ。なんでも、君が聖剣が刺さっている場所によく行っているって聞いてね」


「案内を頼めるかい?」と騎士レグルスは笑いながら俺に頼んでくる。


「ついてきな。近道があんだよ」





「そう言えば、一緒にいた少女はどうしたんだい?」


「あ? 妹のことか? アイツは家だよ。村から近いっていっても、森の中だからな。流石に連れて来れねーよ」


 騎士レグルスと一緒に聖剣の場所を目指す。


「ふーん。そうかい。ところでだけど、君以外に聖剣が刺さっている場所に通っている人はいるのかい?」


「いねーな。いくら鍛えても抜けないボロい剣を毎日拝みにいく物好き、うちの村にはいねーよ」


「へぇ。さっき広場でした話だけどね、言ってないことがあるんだ」


「あん?」


「『この村から聖剣を抜く者が現れる』『この村から勇者が現れる』。占星術師の予知だよ。複数の占星術師が同様の未来を予知した」


 また未来を予知できる人間の話か。


「中には近日中にソレらの事柄が起こると言う術師もいてね。急いで僕が派遣されたんだ」


「それがどうしたんだ?」


「ぶっちゃけるとね、既に聖剣は抜かれてるんじゃないかってのが僕の勘だ。

 ――君は、何か知ってるかい?」


 俺はニヤリと笑って騎士レグルスに言ってやった。


「自分で見りゃ分かるだろ。それに――もう着いた」

 


 森が開ける。

 草花が生い茂る原っぱの中心に、ボロい剣が刺さっていた。


「あれが、誰にも抜けない聖剣か……」


「そうだ。これが誰にも抜けなかった聖剣だ」


 俺は一人、聖剣へと近づく。


「目ん玉かっぴらいて見とけよ」


 聖剣の柄を握る。

 これまで俺が力を込めてもびくともしなかった聖剣が動き出す。

 そらそうだ。この聖剣は既に一度抜かれてるのだから。


「これで、俺が勇者だな」


 引き抜いた聖剣を掲げる。

 そのポーズはあの日の妹――リリィと同じだ。


「そうだね。勇者にしか引き抜けない聖剣を抜いた君は勇者に違いない。

 ――そういえば、僕は名乗ったけど君の名前を教えてもらってなかったね」


 そうだったな。


「俺はルイン。いずれ、勇者ルインと呼ばれる男だ」


 

 



 俺が魔王を倒す勇者なんて“トリ”を務められるとは思えない。

 それでも――


「――トリあえず、俺が勇者になってやる」


 これでも俺は、お兄ちゃんなんだよ。


 ――妹が聖剣を抜いた。だから、トリあえず俺は勇者になった。

 

 

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妹が聖剣を抜いた。トリあえず俺が勇者になった。 七篠樫宮 @kashimiya_maverick

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