第51話 目が覚めたその先は……

「これは?」

「俺の力が宿っている。お守りだ」


 そっと手を取られたと思ったら、マティスのものだった腕輪がいつの間にか陽奈子の物になっていた。

 あまりにもスマートに渡されたものだから、遠慮する暇もない。

 陽奈子の腕にはまった腕輪をじっくりと眺めると、そこにはマティスの瞳と同じ、紫水晶がはめ込まれているのがわかった。


「こんな高価そうなもの、頂けません」

「俺が持っていて欲しいんだ」

「でも……」

「それなら、ヒナの髪飾りと交換しよう。それなら良い?」

「髪飾りって……このシュシュですか?」

「へぇ、シュシュって名前なのか。こっちの世界では見た事がないな」


 マティスが示したのは、髪を纏めていた黄色のシュシュだった。

 お気に入りではあったけれど、外出用でさえなく部屋で使っていた数百円で買った何の変哲もないそれと、高価そうな宝石の付いた腕輪を交換するには抵抗がある。


「これは……」

「俺に、大切なものを預けるのは嫌?」

「そんな訳ありません!」


 躊躇する陽奈子の様子に、悲しそうな表情を見せたマティスを前に、慌てて首を振る。

 貰うばかりでは申し訳ないと思ったのは確かだけれど、それ以上に陽奈子としても、マティスとお互いの持ち物を交換出来るのは、心が躍る。


 元の世界でだって、特別仲の良い友人でなければそんな事しようとは思わない。

 ましてや、陽奈子のシュシュは高額ではないとはいえ、もう二度と戻れない元の世界とを繋ぐ、数少ない物である。


 どちらかといえば、友人以上の大切な人と思い出を分かち合う感覚に似ているので、それをマティスが望んでくれたのだとしたら、嬉しいに決まっている。

 ただ、マティスのくれた腕輪がどう見ても貴重なものだったから、交換するには物の価値が釣り合わないと思っただけだ。


「じゃあ、決まり」

「ひゃ、っ」


 ニヤリと笑ったマティスの手が、陽奈子の髪に伸びた。

 対応できずに驚いている間に、マティスがするりと陽奈子の髪からシュシュを外して、それを今まで腕輪はまっていた左手首を埋めるように通す。

 そしてシュシュを付けたマティスの左手が、腕輪をはめた陽奈子の右手をぎゅっと握りしめた。


「ヒナの思い出ごと、大切にする」

「わ、私も! 宝物にします!」


 前のめりで宣言すると、マティスが大袈裟だと笑う。

 そしてそのまま、シュシュを大切そうに見つめた後、陽奈子にはまった腕輪をそっと撫でる。


「いつかちゃんと、ヒナの為に用意した物を贈るよ。これはそれまでの代わりだから、雑に扱ってくれて構わない」


(そんな風に言われたら、期待しちゃうよ)


 どこか含みを持たせたマティスの言葉と、艶めかしい手の動きに、素直に反応した身体が一気に頬を赤くした。

 ドラゴンだった時には、表情が動かなくてもどかしい思いをしたけれど、元に戻った途端マティスに振り回されているのが顔に出てしまうのも、それはそれで恥ずかしい。


「それって……っ、え?」


 マティスは友人として言ってくれているだけなのかもしれないのに、二人の関係が将来変わるのではないかと、勝手な想像をしてしまう。

 どういう意味なのかと問おうとした陽奈子の手を、握ったままだったマティスの手が突然引っ張った。

 引き寄せられるままに傾いた陽奈子の赤くなった頬に、優しいキスが触れる。


「嫌じゃなければ、今度は唇に触れる権利が欲しいな」


 呆然とする陽奈子の耳元に、マティスの低い声が響いた。

 あまりにも想像していなかった展開に、更に顔を真っ赤にさせながら、陽奈子はただ小さく頷く事しか出来ない。

 ロベルトの生暖かい視線が突き刺さっている事には気付いていたけれど、陽奈子はもうそれどころではなかった。


 ただ了承の意は正しく届いたのか、マティスが嬉しそうなキラキラ王子様スマイルを真っ直ぐに向けてくれる。

 いつも通りの優しさに触れてほっとする反面、胸の高鳴りは衰えるところを知らない様子で、陽奈子の心臓はかつてない位にバクバクと早鐘を打ち続けていた。




*******




 目が覚めると、そこはいつもの見慣れた部屋でした。

 見慣れた天井、ふかふかの布団。


 真上にかざした手にゴワゴワと硬い鱗はなく、いつもの両手があるだけだ。

 ぐーぱーぐーぱーと何度も動かしてみても、何の変哲もない人間の手。

 首を横に傾けた先には、机とその上に鎮座するタブレットが朝日に照らされていて、否応なしに勉強しなければという気持ちを呼び込んで来る。


 身体をゆっくり起こした先には、布団から少しはみ出した二本の足。

 なんだかとても怠い体に鞭打って布団から出て、傍に掛けてあった制服を手にとってのそのそと袖を通し、鏡の前に立つ。


 そこには「高村陽奈子」という一人の人間が、いつものように立っている。

 そんな何でもない日常は、もう二度と戻ってこない。


 突然飛ばされた異世界は、最初は怖い事ばかりだった。

 理不尽さに泣きわめきたかったし、死ぬかもしれないという経験をした事は、思い出したくもない。


 でも、抱えくれないくらいに沢山の優しさをもらったから。

 守ってくれる人が現れたから。

 だから見知らぬ世界で、今。陽奈子は笑っていられる。


 この先、知らない世界で生きていくからには、不安や恐怖で押しつぶされそうになる事もあるだろう。

 けれどそれ以上に、楽しい事も沢山あるはずだ。

 だってこれからは、大好きな人達が傍に居てくれる。


 マティスが、世界の王様だという人が、陽奈子を選んで一緒に歩いてくれるというのだから、恐れるものなど何もない。

 これからは貰った分の優しさと幸せを、倍にして返していく日々を楽しめば良い。


 目が覚めると、そこは異世界でした――――。

 使い古された冒頭のその先は、未知数なのだから。




END






◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

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目が覚めたらドラゴンになっていました~ドラゴンが王子様に恋をしても許されますか?~ 架月はるか @kazuki_haruka

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