第50話 召喚の本来の意義

「俺はもうとっくに、ヒナを友達だと思ってたんだけど……違ったんだ?」


 必死な表情の陽奈子を見て、呆れた顔から一転、苦笑とともに返されたマティスの答えは、承諾よりもずっと嬉しい言葉だった。

 慌てて首を振って、ふにゃりと表情を崩す。


「ありがとうございます! 嬉しいです」

「参ったな。結構わかりやすく、構っていたつもりだったんだが……先は長そうだ」

「え?」

「何でもない」


 今までのマティスなら、きっと頭を撫でて笑い返してくれるだろうと期待していたのだけれど、何故か口を押さえて大きなため息と共に、何事かを呟いている。

 上手く言葉を聞き取れなくて、首を傾げ「もう一度」を強請ってみたが、首を横に振られて今後こそ頭を撫でられた。


 だがそれは、何かを誤魔化す為のものの気がして、釈然としない。

 隠し事というわけではなさそうだけれど、陽奈子が何かしてしまったのだろうか。


「ヒナ、私も友人にして貰えますか?」

「もちろんです!」

「それは良かった」


 マティスに再度詰め寄ろうとして口を開きかけた所で、隣に居たロベルトが陽奈子にお伺いを立ててきた。

 マティスの従者としてではなく、個人として陽奈子と友人になりたいと言ってくれたロベルトの気持ちが嬉しくて、勢いよく頷く。

 にこにこと笑うロベルトを、マティスが横から引っ張って陽奈子に背を向けた。


「ロベルト、何を企んでる?」

「企むだなんて、とんでもない。ただヒナは、不確定な召喚にも耐え、ドラゴンに変えられても自我を失わなかった、希有な存在です」

「で、本当のところは?」

「今、人間達が行っている召喚術の大半は、元々竜神への供物である花嫁召喚が形を歪めたもの。世界を統べる竜神であるマティス様に、これほどお似合いの方もいらっしゃらないと思ったので、応援して差し上げようと思っただけですよ」

「……お前が敵にならないのなら、良い」

「おや、結構本気なのですね。それでは、ヒナを逃がさないように、頑張って下さらないと」

「わかってる」


 陽奈子がきょとんとしている間に、マティスはこそこそとロベルトを問い詰めている様子だった。

 二人でぼそぼそと会話しているのはわかるけれど、陽奈子には全く内容が聞こえてこない。

 こんなに殺風景な場所で、天井が空には抜けているとはいえ周りの音もほとんど聞こえない空間なのに、全く聞き取れないのが不思議だ。


(もしかして、内緒話をする時用の、便利な魔法とかがあるのかな?)


 この世界で生きていくのなら、魔族についてだとか魔法についてだとか、もっと真剣に学ばなければならないだろう。

 さしあたっては、この先どう生活していくかという所が最優先ではあるけれど、陽奈子にも何か使えるようになるかもしれない。

 人間には魔法は使えないという事だったけれど、この世界の純粋な人間ではないのだから、ほんの少し希望を持っていても良いのではないだろうか。


 不確定要素の多いという召喚術を、いつか研究してみるのも良いかもしれない。

 帰ることは出来なくても、もしかしたら何か元の世界に通じるものを見いだせたら、手紙や声だけでも届けられる日が来る事があるかもしれないから。


 マティスが陽奈子の事を友人だと言ってくれただけで、先の見えない絶望感は未来の希望に変わる。

 自分でも単純だとは思うけれど、好きな人が傍にいてくれるなら、どんな場所でも頑張ってみようと思えた。


 聞かれたくない相談は終わったのか、二人が陽奈子の方に再び振り返る。

 少しだけ照れた様な顔をしているマティスと、いつも通りの冷静な表情のロベルトがやけに対比的で、何を話していたのかがとても気になるけれど、それよりも優先させるべき事だと判断して、陽奈子はガバリと頭を下げた。


「マティスさん、ロベルトさん、これからもどうぞよろしくお願いします」

「えぇ、こちらこそ」

「……ヒナ、これを」


 友人関係とはいえ、主に迷惑をかけるのは陽奈子である事は確実だ。

 「親しき仲にも礼儀あり」という言葉もある事だし、最初の挨拶は肝心である。

 二人に見捨てられてしまったら、きっと陽奈子はこの先生きていけないのだから。


 礼儀正しく頭を下げる陽奈子に対して、微笑ましいものを見守る様に、表情を柔らかくしたしたロベルトが頷く。

 そしてマティスは、返答の代わりとばかりにその左手首に嵌めていた腕輪を、陽奈子に差し出した。

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