幼き頃の約束

黒井隼人

幼き頃の約束

前書き

昔中編くらいで構想を練り、いろいろとあってできそうにないので供養がてらプロローグを短編で。具体的な理由に関してはあとがきにて。


ーーーーー


幼いころ、皆いろんなものに憧れていた。

朝にやっている戦隊ヒーローや仮面のヒーロー、魔法少女。

物語に出てくる王子様やお姫様。

実際になれるかどうかは別として、キラキラしてかっこいいものに子供心は惹かれていた。

俺もその例外にもれず、子供のころ憧れていた。

ただ、俺が憧れていたのはヒーローや王子様ではなく…。


『これ、絶対に無くさないでね。大人になったら迎えに来るから』


ただ一人に忠義を誓う…。


『その時に、私の騎士になってね』


騎士だった。



「ん……」


ゆっくりと目を開けると見知った天井が目に入る。

部屋の中はまだ暗く、時計が朝の4時半だと告げていた。


「…なんかえらく懐かしい夢を見た気がする…」


先ほどまで見ていた夢を思い出そうとするが、ただでさえ寝起きでうまく回っていない頭なうえに、夢という朧げなものは指の隙間から落ちる砂のように記憶から抜け落ちていく。

消えかけている夢に対し、まあいいかと結論付けて体を伸ばして軽く動かす。

あくびを噛み殺しながら顔を洗い、毎日の恒例となっている早朝ランニングのために着替え始めた。

子供のころ、とある一件から道場に通いだし、そこから鍛えるためにやり始めていた習慣がいまだに根付いている。

いつもと同じコースを2時間ほどかけて走り、帰宅したのちにシャワーを浴びてから簡単な朝食の準備を済ませつつ、今日の予定をどうするかを考え始めた。

彼の名前は『皆月誠也』。24歳のどこにでもいる普通のサラリーマンだ。

大学まで並みの学校へと進学し、そのまま特に大きなイベントもなく、ありきたりな人生のまま普通によくある中小企業へと入社し、平凡な生活を送っている。

焼いた食パンと簡単なサラダ。そしてインスタントスープとホットミルクを器へと用意し、自らが住むアパートの部屋へと持っていき、テーブルへと乗せる。座ってテレビをつけるとニュースがやっていたので、それを垂れ流しながらトーストをかじった。


『では、次のニュースです。本日、日本と技術提携を結んでいるシュトロダムの第6王女のセルヴィア・レ・シュトロダム・ハイン王女が来日いたしました』


その言葉に惹かれるようにテレビを見てみれば、画面には飛行機から降りてくる一人の女性が映っていた。

綺麗な金髪は太陽光に照らされてキラキラ光り、整った顔立ちに笑みを浮かべながら群衆へと手を振っている。


『セルヴィア王女は20年前にも一度日本へと来日しており。本日も来日の挨拶を終えたのち、大使館にて滞在するとのことです』


大使館ねぇ…。そういやここにもあったなそんなの。どこのだっけ…。

特に興味もないから思い出すこともできず、朝食を食べ終えたので後片付けと歯磨き、着替えを済ませていく。


『セルヴィア王女は今回の来日に関して、日本との技術提携の進捗確認と共に、かつてした約束を果たしに来たと言っており、その約束とはなんなのか、という記者の質問に対しては笑顔で返されていました』


テレビのアナウンサーの声を聴きながら出かける準備をしていく。

今日は休日。平凡なサラリーマンの俺には週に二日の休日は貴重なもので、その時にやることを一通り済ませておきたい。

今日の予定を考えつつ、着替えを済ませたので昔大切な知り合いからもらったネックレスを首にかけ、テレビを消して防寒具を着てから外出した。



「さっむ…」


思わずつぶやいてしまった言葉が白い息とともに消えていく。

季節は冬。なんか強い大寒波が日本を襲ったということで、ここら辺でも降った雪が道の端に山となって積みあがっている。

とりあえず昔から世話になっている道場へと顔出ししてから、買い物へと行くことにしよう。

道場は今俺が住んでいる場所からもそこまで離れていない。

一応実家を出て一人暮らしをしているが、それでも地元から出たわけではなく、実家からそんなに離れているというわけでもない。

だから子供のころから通っている道場に関しても、そこまで離れたわけでもないので、こうして休日の時だけ顔を出しているのだ。

買い物もする予定なので車へと乗りこみ、エンジンをかけて走らせていく。

道場は家から車で20分弱程度。

現代チックな建物がある住宅街に、ポツンと場違いなほどの古い大きな家がそうだ。

子供のころから通っている剣道場で、師範曰く、江戸時代から続いている由緒正しい家紋だとか。

子供心によくわかんない、とは思っていたが、大人になった今でさえそこらへんはいまいちわかっていない。

道場へと到着したので駐車場に車を停める。

広い道場、その入り口には『霜月道場』とかかれている看板が掛けられている。


「おはようございまーす」


師範の実家のほうへと顔を出せば、奥から年配の女性が出てきてくれた。


「あらあら、誠也君。いらっしゃい」


割烹着を着ている温和な女性が、穏やかな笑みを浮かべながら出迎えてくれた。

彼女の名前は『霜月花梨』。この道場の師範の奥さんで、俺も子供のころからだいぶお世話になっている。

その見た目通り優しい性格で、道場へと来ている子供たちにも大人気だ。


「おはようございます、花梨さん。師範は?」

「あの人だったら道場のほうに行っていますよ」

「わかりました」

「また稽古するの?だったらお昼は家で食べていきなさい」

「いいんですか?」

「ええ、あなたの分もちゃんと用意しておきますからね」

「ありがとうございます」


きっちりと礼を言ってから俺は道場へと向かう。

師範たちが暮らしている家屋の隣、そこに広い道場がある。

現在時刻はおよそ10時。道場からは近所の子供たちの元気な声が聞こえてくる。


「おはようございまーす」


挨拶と共に中に入ると全員がこちらを見た。


「あ!誠也だ!」

「誠也お兄ちゃんだー!」


俺を見つけた子供たちが寄ってくる。平日は無理だが、土日の二日間は道場に通い、少しだけだが稽古じみたことをしてあげている。

そのおかげか、門下生の子供たちにもすっかりとなつかれてしまった。


「おう、今日も来たか」

「お疲れ様です。師範」


師範と呼んだこの男性は『霜月健次』。この霜月道場の道場主だ。

この寒い中、道着という薄着なのに、全く寒さを感じていないようなたたずまいをしているが、これでも御年は67歳だ。

人によっては40代ほどにしか見えないこの人はその強さも相まって裏では妖怪ではないかと囁かれていたりもする。

まあ、俺も20年ほど通っていたりもするが、一度も勝てない…というか一太刀も入れることができてないからな…。


「今日もやっていくか?」

「そうですね、お願いします」

「あいよ、んじゃ着替えてこい」

「わかりました」


更衣室へと行き、自分の道着に着替えて、竹刀を持っていく。

道場の中に戻ると先ほどとは違い、独特のひりついた雰囲気を感じた。

季節は冬で、風邪をひかないために道場の中でもストーブを焚いて温めてはいるが、それでもこの試合前の空気はまた別の冷たさを感じさせる。

着替えている間に来たのか、花梨が審判として立ち会うこととなった。

道場の端で正座している門下生の子たちも緊張した様子で俺と師範を見ていた。


「さて、勝負はいつも通り、二本先取したほうが勝ちでいいな?」

「はい」

「じゃあ花梨、頼む」

「わかりました」


俺と師範がそれぞれ少し離れた位置で竹刀を構える。

本来ならばちゃんと防具を装着しなければいけないのだが、俺も師範もそれはしていない。

なぜならば『より実践的に』。それを俺が望んだからだ。

さすがに子供のころにそれは叶わなかったが、中学に上がったあたりから防具を付けずに相手してくれることとなった。


「お互い、礼!」


共に頭を下げ、竹刀を構える。


「始め!」


花梨さんの号令と同時に、俺は半歩踏み込んで師範の喉元へと突きを放つ。

しかし、それを竹刀で横へとずらして回避した。開始と同時に動きが少なく、出が早い突きを不意打ち気味に仕掛けたのだが、やはり簡単にいなされてしまった。

即座に後ろへと下がろうと、重心を後ろへとかけた瞬間、師範が竹刀を円を描くように動かして俺の竹刀を絡ませて、勢いよく振り上げた瞬間に俺の手から竹刀がすっぽ抜けた。


「ほい、面」


コツンと額に竹刀を当てられてしまう。


「速度を重視した奇襲の突きはいいが、そのあとがダメだったな。下がるのはともかく、距離を取ることに意識を向けすぎて握りが甘くなっていたぞ」


呆れたように言う師範の言葉を聞きつつ、花梨さんが拾ってくれた竹刀を受け取った。

確かに先ほど下がろうとした際に、重心や師範の動きに注意しすぎてわずかに握りが甘くなってしまった。

それでもほんの一瞬のこと。まさか、その一瞬を的確に見抜き、再度握りがこもる前に竹刀を絡めて力を入りにくくして奪うとは思わなかった。


「よし、次行くぞ」

「はい」


再度同じ立ち位置へと戻って互いに構える。


「始め!」


花梨さんの掛け声と同時に踏み込む。

今度は突きではなくそのまま面を叩き込もうとするが、それもたやすく受け止められてしまう。

すぐに引いて即座に打ち込み続けていくが、全て受け止められていく。

試合を見ている門下生達からは師範が防戦一方に見えるが、実際のところは全く違う。

防戦一方になってしまっているのではなく、攻撃に転じていないだけだ。

師範が打ち込もうとすれば状況はすぐに転じそうだ。だから、その前に決着をつけたいのだが…。


「ふむ、もういいか」


ぼそりとそう呟いたとたん、師範が踏み込んできた。


「っ!」


とっさに後ろに下がって攻撃を受け止めるが、即座に次の一撃が来て攻守逆転してしまう。


「くっ!」


必死に防御をし、攻勢に転じたいのだが、なかなかできずにいる。

このままでは押し切られてしまう。ならば…


「はぁ!」


いささか強引ではあるが踏み込んだ瞬間。


「甘い、胴!」


振り下ろされた竹刀を回避した師範がそのまま通り過ぎるように胴を打ち込んできた。


「一本!それまで!」


花梨さんの宣言に思わず膝をついてしまう。


「筋は悪くはないがやはりまだまだだな」

「はぁ…ありがとうございました」


竹刀を手に立ち上がり、礼をする。


「攻められたとき、下がったのが間違いだったな、あそこで踏みとどまれずに防戦一方になってしまった。あのまま防戦では負けると判断したのは良かったが、攻勢に転じるタイミングが悪かった。あそこではできる限り耐えて、攻めるタイミングをきっちり見極めるべきだ」

「わかりました」

「では、そろそろ門下生の稽古をしてあげよう。誠也さんも手伝ってくれるか?」

「はい」


その後、稽古ののちに昼食をご相伴にあずかり、道場を後にした。



午後になったので、買い物をするためにショッピングモールへときた。

スーパーや商店街のようなものが乱立しており、ここに来れば欲しいものはほとんど手に入る。

とりあえず広めの駐車場へと車を停めて、買い物へと赴く。

買うべきものは食料品と減りだしている日用品。詰め替え系のが少なくなってきたので、それらを補充しておかねば。

頭の中で買い物のルートを決めつつ歩いていると、雑多な音をかいくぐるように、ふと耳に剣呑な音が届いた気がした。

周囲を軽く見まわしてみるが、特に気付いている人もおらず、いつもの日常風景が広がっている。

気のせいかとも思ったが、念のために少し周囲に意識を向けてみると、どうやらそれが聞こえてくるのは裏路地のほうだった。

そっちのほうは普段から柄が悪いやつらがちょくちょくたまり場にしているので、時々それ関連の喧嘩が起きたりする。

だが、今回は何やら違うような感じがしたので、とりあえず様子を見に周囲を気にしつつ裏路地に入ることにした。

周囲の建物の隙間によって生まれた裏路地は、それぞれの店から出たゴミを置いておく場所や、エアコンなどの室外機などが置かれている。

しかも、建物によってできた影のせいか、ただでさえ細いこの場所はさらに陰気な雰囲気を醸し出している。

狭くなったからか、先ほどよりも剣呑な音がよく聞こえる。雰囲気的に喧嘩しているという感じではなさそうだ。

少しずつ聞こえやすくなっていることから、おそらく追いかけられている感じだろう。

ポケットから身だしなみを整える用の手鏡を取り出し、体を表に出さないようにしつつ音が聞こえる方向を確認する。

最初は特に何も見えなかった。水色のバケツのゴミ箱やエアコンの室外機など、それら特に何の変哲のないものしか映らなかったが、そこに一人の女性の映りこんだ。

日の下では輝きそうなほど綺麗な金髪に水色のドレスを着た女性が焦った様子で走っている。

その姿は明らかに一般庶民とはかけ離れており、裏路地にいていい人物ではないのは明らかだ。そしてその後ろを追いかけるように黒服の男が3人走っていた。

その手には警棒のようなものがある。おそらくただの警棒ではなくスタンロッドのようなものだろう。

明らかに堅気の人間じゃない。面倒ごとの匂いしかしないが、かといってこれを見逃すと後々罪悪感に苛まれるだろう。

仕方ない。ここ以上の面倒ごとに巻き込まれないことを祈っておこう。首元に巻いてある防寒具であるネックウォーマーを目の下あたりまで上げる。

意味あるかは不明だが、これで少しでも身元が割れるのを防げることを祈ろう。

とりあえずバレないように手鏡で様子を確認する。先ほどよりかは近づいてきており、もう少しで横を通りすぎるだろう。

目的としては女性の救出だが、そのためには後方の3人を何とかしないといけない。

何かないかとみてみるとちょうど後ろにゴミ箱になっている水色のバケツがあった。

音を立てないようにしつつ少し場所を移動させ、タイミングを見計らう。女性が通りすぎ、一拍待ってからゴミ箱をけり倒すと、先頭の男がゴミ箱に躓いて転倒した。それに驚き、勢い余って二人目も転んで一人目の上にのしかかってしまう。

三人目はさすがに転ぶことはなかったが、唐突に倒れてきたゴミ箱とそれに躓いた二人に驚いて動きが止まってしまう。その瞬間を逃さずに素早く飛び出し、残っている三人目へと殴り掛かる。

顔へと迫る拳を回避するが、そこまでは想定通り。即座に拳を解いて手首をひねって男の首を横から掴む。

そして即座に相手が警棒を持つその手を持って足払いをし、首を押さえつけることで腕を後ろへとひねり上げる。

痛みで警棒を握る手が離れる。その瞬間男の脇腹を蹴って吹き飛ばし、即座に警棒を拾い上げる。

予想通り警棒はスタンロッドであったので、ボタンを押して吹き飛ばした三人目を気絶させた。


「―――――!」


何やら聞きなれない言葉で二人目の男が襲い掛かってくる。

スタンロッドを振り下ろしてくるが、動きが師範と比べてかなり緩慢だ。

手にもつスタンロッドで相手の攻撃をいなし、そのまますれ違うように胴体に叩き込み、電源を入れるとビクンッと体を震わせてぐったりと倒れ伏した。

…スタンロッドってここまで威力あったかなぁ…。

そんなことを考えつつ、一人目の男を跨いで驚き固まっている女性のところへと向かう。


「早くここから立ち去ろう。こっちへ」


そう言って手を伸ばした瞬間。


「危ない!!」


女性の言葉にとっさに前へと跳びつつ体を反転させる。


「―――――!」


顔を真っ赤にして何かを言っているが、外国語のせいで言葉がわからず、何を言っているのかがわからない。怒っていることだけは確かにわかる。


「何言っているかわかりませんよ…っと」


スタンロッドを横なぎに振るうが、それをかがんで回避される。

まあ、それは想定内で相手がかがもうとした瞬間に右足を上げ、男のあご下を蹴り上げた。

体が反り返り、がら空きとなった胴体へとスタンロッドをたたきつけた。

一人目はそのままどさりと倒れこむ。頭打っていないことを祈ろう。


「さて、いつまでもここにいるわけにもいかないだろう。早く移動しよう」

「あ…はい…」


戸惑いつつも俺を敵ではないと判断したんだろう。女性は素直についてくる。

さすがにこの姿のまま大通りに出たら目立つだろう。コートを脱ぐ。


「その首飾り…」


女性がなぜか俺の首飾りを見て目を見開いていたが今はそれどころじゃないのでコートを女性へと差し出す。


「その姿じゃ目立つ。とりあえずこれを上に羽織ってください。スカートだけなら怪しむことはないでしょうから」

「わ…わかりました」


うろたえつつも女性はコートを受け取ってそれを着てしっかりとチャックを閉じる。

今は冬で寒いのがよかった。コートを着ればドレスの上半分が隠れるので、そこまで目立たないはずだ。

まあ、女性が結構な美人だから、それで目を引くかもしれないが、ドレス姿よりかはましだ。

本当は帽子があればいいんだが、あいにく車に置いてきてしまった。


「あまり目立つとまた厄介事を引き寄せかねません。とりあえず俺の車が近くの駐車場にあるので、そこまで急ぎますがいいですが?それともどこかこの近辺で行ける場所はありますか?安全な場所までお送りしますが」


速足で歩きつつ問いかける。裏道から駐車場へと行く方向は覚えているから、その方向へと歩いていく。

商店街内で避難できる場所があればそこに行けばいい。だが無いなら車に乗って安全なところまで送る形となる。

まあ、おそらくないとは思うが。


「ありません。送っていただけるのなら助かりますが、いいのでしょうか。そこまで手間をかけてしまって…」

「乗りかかった船なのでお気になさらず。ではこのまま駐車場へと行きましょう」


女性の手を引き裏路地を抜けていく。しばし歩いていくと商店街を抜け、俺が車を停めておいた駐車場へと到着した。

女性には助手席のほうに乗ってもらい、俺は運転席へと乗る。もともと買い物へと来ていたのだが、それは後回しだな。

とりあえず車に乗ったので帽子を女性へと渡して被っておいてもらう。

車の中とはいえ、顔を知っている人が見て追われるとかは勘弁だ。


「さて、どこまでいけばいいかな?」


とりあえず目的地がわからないと困るので問いかける。


「シュトロダムの大使館へお願いします」


女性はあっさりとそう言った。あー…よく見てみたら今朝ニュースで見た王女様だ。

なるほど、だからドレスなんて着ているのか。ってことはあいつらもそれ関連かね?

取り合えずエンジンをかけてカーナビで大使館へのルートを調べる。


「そういえば自己紹介がまだでしたね。私は…」

「ストップ」


自己紹介しようとする王女様を止める。失礼なのは百も承知だが、こればかりは仕方ない。


「ここでお互いに自己紹介しちゃうと完全に関係者になりかねないんで。さすがにそこまで面倒ごとを背負いこむ気はないです」


まあ、すでに関係者だと言われればそれまでだが、それでも名前を知らなければそこまで深くまでは関わらなくてもよくなるだろう。


「そう…ですか…」


少し落ち込んだような気配を感じるが、さすがに国際問題は荷が重すぎる。

アクセルを踏み、大使館へのルートを走りだす。

カーナビ曰く、大使館まではおよそ20分。そこそこの距離だが、特に会話もなく静かに車を走らせていく。

そして大使館の近くまで来るが、少し雰囲気が違うことに気づく。

大使館から出入りしている人が多く、あわただしいのは確かだが、そこじゃない。

それとは別で少し離れた場所から大使館を伺っている人物がちらほらと見かける。


「あの監視しているような人たちに見覚えは?」

「………いえ、ありませんね。一緒に来た人は一通り顔を覚えていますが…。まあ、この国に来てついた護衛の人に関してはまだ顔を覚えていないのでなんともですが…」


確かに監視している人達は全体的にアジア人だ。とはいえどこか日本人っていう感じはしない。となると…


「襲ってきた人員かな…さすがに大使館の前で何かするとは思わんが…真正面から行くのは得策じゃないな…ちょっと寄り道するぞ」


そう言ってハンドルを切る。


「どこへ行くんですか?」

「友人のところにな」


昔からの腐れ縁だが、こういった厄介事に巻き込まれた時、頼ることができるほど信頼はできる友人だ。それに今こういう時に必要な事をしてくれる人物でもある。

そう話してからまた言葉少なめに車を走らせていく。

一応走行中も尾行してきている車がないか気にはしていたが、現時点では特に目をつけられてはいないようだ。

そしてまたしばし車を走らせて友人が営んでいる店へと到着した。

本来なら表から入りたいが、申し訳ないが今回は訳アリだ。それゆえに裏口のほうへと車を停めてそこから入らせてもらう。


「邪魔するぞ」

「おいおい、そっちは従業員用の入り口だぞ。いつからお前は俺の店の店員になったんだ?」

「悪いな空也、ちょっと訳ありでな」


いささか派手な服装をしているその人物は誠也の友人である『海月 空也』で、古着屋を営んでいる。


「訳あり?」

「ああ」


そう言って後ろからついてきている王女様を示すと、彼女は帽子を取ってカーテシーをした。


「お…おい誠也…彼女は…」

「テレビで見たことはあるだろ?あまり詳しく聞くと面倒ごとに巻き込まれるから…」

「いくらあの王女様がかわいいからって誘拐は良くないと思うぞ!」

「ちげぇよボケ」


にらみつけると空也はおどけたように笑っている。


「ま、なんか訳ありのようだな。で、要件は?」

「変装用の服を彼女に渡してくれ。ちょっと大使館に行きたいんだが、このままじゃまずくてな」

「あいよ、んじゃちょっと待ってろ。おーい、由衣ー」

「どうしたの?あらあらあら誠也君じゃない。それに後ろの人はどこかで…」


空也に呼ばれ出てきたのは空也の奥さんである『海月 由衣』さんだ。


「ちょっと厄介事拾ったみたいでな、彼女の変装用の服を見繕ってほしいんだとさ」

「あら、そうなの?わかったわ。じゃあちょっとこっちに来てもらっていいかしら?」

「えっと…」


王女様はこっちを伺うように視線を向けてきたので頷くと、彼女も頷いて由衣さんについていった。


「…んで?これは一体どういうことだ?」


二人が離れたので空也がさっそく切り出してきた。


「俺もそこまで詳しい事情は分からんぞ。だが、あの人が誰かに追われているところに遭遇したから助けたってだけだ」

「誰かに追われてたって…護衛はどうしたんだよ」

「さあ?少なくとも俺が見つけた時はそれらしい人物はいなかったぞ」

「厄介事の匂いがするな…」

「ああ。とりあえず話は聞かずに大使館に送りたかったんだが、どうにも追手関連の輩が見張ってたからな。さすがにもめ事を起こすとは思えんが、そのまま送り届けるのもまずそうだったんでな」

「それでウチに来たってことか…。追手は?」

「少なくともついてきた奴はいないから大丈夫だと思うが、しばらくは気を付けておいてくれ」

「あいよ」


その後雑談をしながら二人を待っていると、10分ほどしてから二人がこちらへ来た。


「お待たせー。こんな感じでどうかしら?」


そう言ってジャーン!といった感じで見せた王女様の姿は、先ほどまでの金髪に水色のドレスという目立つスタイルではなく、黒の長髪のウィッグにサングラス、少し派手な模様入りの黒シャツに革ジャンに薄い青のジーパンといった服装だ。

ウィッグのおかげもあるだろうが、先ほどまでと全く雰囲気が違っていた。


「ほう、かなりいいじゃん。ナイスだ由衣」

「さすがですね。これなら王女様だとわからないでしょう。着心地はどうですか?」

「ちょっと…不思議な感じです。今までこういう服は着たことないので…」

「だろうね。まあ、だからこそ変装にはちょうどいいんだけど」

「そうね。はい、これドレスね。バッグの中に入っているから、誠也君は見ちゃだめだからね」

「みませんよ…」


由衣さんからバッグを受け取り肩にかける。


「それじゃあ大使館に行きましょうか」

「もう行くのか」

「あまり長い間彼女を連れまわすと騒ぎが大きくなるんでな」

「確かにな。ま、なんか後でわかったら教えてくれ。さすがに気になるからな」

「教えられそうだったらな」


いろいろと国際問題がかかわってそうだから、どこまで話せるか、そもそもこっちもどこまで知れるかはわからないものだ。


「んじゃありがとうな」

「おう。次来るときはきちんとした客として来てくれよ」

「善処しとくよ」


軽口と共に礼を済ませ、大使館へと向かうために車へと戻った。


「そういえば大使館に行くのはいいですけど、ちゃんと向こうはあなただとわかるんですか?変装していますけど」

「一応大使館で使うIDカードを持っていますが…先に一度連絡を取っておきますね」

「そうしてください。あ、連絡するのはいいですけど盗聴の可能性もちゃんと考慮してくださいね」

「わかりました」


まあ、さすがにそういった部分は普段の生活から気を付けているだろう。

車のエンジンをかけて走らせる。とりあえず大使館の場所はカーナビで調べてルートを決める。

走っている間に王女様は電話をかけていた。そして通話が終わると電話を下ろしてこちらを向いた。


「とりあえず話をつけておきました。入口の方へと車を停めていただければそのまま迎えが一人くるとのことです」

「そうか」


王女様の言葉に短く答える。


「あの、今回の事本当にありがとうございました。今すぐは無理ですが、後日お礼をしたいのですが…」

「お気になさらず。たまたま通りがかっただけですから」


向こうとしては助けてもらったお礼をしたいだろうが、こちらとしては国家間の問題に発展しそうだからこれ以上関わりたくはない。


「…そうですか…。それじゃあ最後に一つだけお聞きしたいことがあるのですがよろしいですか?」

「まあ、答えられるものでしたら」

「ありがとうございます。では、あなたがつけている首飾りなのですが…それをどこで手に入れたんですか?」

「首飾り…これですか?」


そう言って左手で服の中に隠れている首飾りを取り出した。

それはかつて子供のころ、一度だけ助けた女の子からもらった物であり、何かの紋章が盾に刻まれているものだが、それが中心で割れて二つになった物の片割れとなっている。


「昔とある女の子にもらったんですよ。ちょっとした約束と一緒にね」

「約束…ですか?」

「ええ、幼いころにした他愛もない約束ですよ」


そう言いつつも思わず思い出してしまう。昔迷子になって泣いていた女の子。その子を助けた時のことを。

友達と公園で遊んでその帰り際、夕日に照らされる道を歩いていると女の子の泣き声が聞こえてきた。道の陰でうずくまっている女の子。迷子になって泣いていた子を案内したお礼としてもらった思い出の品。そしてその時にした約束。


『大人になったら迎えに来るから。その時に、私の騎士になってね』


何のことはない他愛もない約束。さすがに昔すぎて彼女の顔は思い出せないが、夕日に照らされ、輝いていた金色の髪は覚えている。ま、それすらも今では淡い思い出の一つとして残っているだけだが。


「そうですか…」


答えを聞き彼女はぽつりとつぶやく。


「……やっと見つけた…」

「?何か?」

「いえ、何でもありません」


何か小声で言っていたようだが、車の音ではっきりとは聞き取れなかった。


「っと、そろそろ着きますよ」


さすがに大使館の真正面に横づけなんてできるわけないので、門の近くへと行くことになる。


「いそうですか?」

「…はい、迎えの人はすでにいますね」


ちらりと様子を見ると確かに門の近くにそれらしい人物がいた。警備員とは別に一人年配で雰囲気が違う人がおり、おそらくその人がそうなのだろう。


「あの迎えの人は知り合いなんですよね?」

「ええ」

「じゃあ問題ないですね」


そう言って門の傍へと車を停める。


「忘れ物ないように気を付けてくださいね。あとで持っていくのは大変なので」

「ええ、わかっています。ありがとうございました」


そう言って王女様は自分の荷物を手に持ち、車から降りようとする。


「また後程お会いしましょう」

「え?」


意味深なその言葉を残すと、迎えに来た人が扉を閉める。

一瞬その人がこちらを鋭い目つきでにらんできたが、王女様が何かつぶやくと共にスッと目を逸らした。


「…まあ、いいか」


いつまでもここに車を停めとくわけにもいかないし、さっさと帰るとしよう。


「…あ、そういや買い物できてねぇ…いいか、また今度で…」


さすがにここまでドタバタして再度買い物に行く気力もなかったので、適当に車を走らせて尾行がないことを確認してから帰宅した。

さて、そんな非日常的な日がそう何度もあるわけでも無く、翌日はいつもと変わらない休日が訪れたのでその日にしっかりと買い物を済ませる。

そして翌日、いつもの日常通りに会社へと出社し、仕事をしていると…。


「皆月君、今いいかな?」

「どうしましたか課長?」

「社長が君の事を呼んでいてね。何やら神妙な表情ですぐに社長室へ来るようにと言っていたよ」

「社長が?」

「うん、何かしたのかい?」

「さあ…?思い当たる節はありませんけど…」

「そうかい?まあ、とりあえず急ぎらしいからすぐに社長室に向かってくれるかな」

「わかりました」


唐突に社長に呼ばれたが特に要件に思い当たる節はなかった。

まあ、わからないことを考えても仕方がない。要件なんて行けばわかるわけだから、急ぎ足で社長室へと向かった。


「皆月です」


ノックと共に名乗ると中から『入れ』と短く言われた。


「失礼します」


そう言って扉を開けると中には社長の他に二人の姿が見えた。その二人のうち、一人は見覚えがあった。というか一昨日会ったばかりだった。


「…なんで?」


その疑問に答えるように笑みを浮かべる女性。


「一昨日ぶりですね。改めましてご挨拶を。私はシュトロダム第6王女『セルヴィア・レ・シュトロダム・ハイン』と申します。皆月誠也さん」


満面の笑みで自己紹介をする彼女。しかし誠也はその姿を茫然と見ることしかできなかった。そこを社長が口をはさむ。


「セルヴィア王女からの要望で、君を王女の騎士として任命したい、とのことらしい」

「…はい?」


社長の言葉に素っ頓狂な声を上げてしまう。そして社長自身もかなり難しい表情を浮かべていた。まあ、いきなりそんなことを言われても困るのだろう。

そんな二人の困惑具合などどこ吹く風といった感じでセルヴィアは自分の胸元からネックレスを取り出した。


「誠也さん、こちらに見覚えはございませんか?」


そう言って見せてきたのは何やら紋章が刻まれている盾の半分だった。

そのネックレスには見覚えがあった。というか自分が持っているネックレス、その片割れだった。


「これは王家の人間に渡されるネックレスです。自分の伴侶となる人物に片方を渡す習わしなんですよ」


そう言いながら呆気に取られて動けない俺の首元へと手を伸ばし、鎖を手繰り寄せてネックレスを取り出す。


「この紋章は一つ一つ形が違う物なんですよ。なので…」


俺が持つ盾の片割れと彼女が持つ盾の片割れ。それをくっつけると綺麗に繋がり、盾に刻まれる一つの紋章が完成した。


「やっと見つけました…」


セルヴィアは嬉しそうな笑みを浮かべていた。


「私は幼いころの初恋の人にこの片割れを渡しました。『私の騎士となってください』その約束と共に」


その約束は幼いころにした約束だ。相手はそのことを忘れていると思っていた。自分自身でさえ約束は覚えていても相手の顔までは覚えられていなかったから。


「迎えに来ましたよ。私の騎士さん」


満面の笑みを浮かべたかつて約束した少女が目の前にいる。かつての約束を果たすために。

平穏な日常はもうすでに終わっているのかもしれない。



ーーーーー


あとがき


もともとは中編くらいの長さで書こうとしたんですが、その後の展開的にうまくまとめられそうになかったという。


章としては3つか4つほど浮かんだんですが、


1つだと短く、2つだと中途半端で不燃焼気味、3つ以上だとうまく統合性が取れなくなってしまうという。


なのである程度の長さでうまくまとまればシリーズものとして書くかもしれませんが、厳しいかもなぁ…

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

幼き頃の約束 黒井隼人 @batukuro

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ