第5話 学園追放なんてなかった(後日譚)
事件解決から1週間後の週末、私は貴族街にある喫茶店でエドワードと待ち合わせをしていた。
「やあ、待たせたかい?」
「大丈夫よ。10分ほどまえに来たばかりだからね。何か注文する?」
「それじゃあ、ブルーマウンテンを」
私は店員を呼び留めると、イングリッシュブレックファストとブルーマウンテンを1つずつ注文した。
しばらくして、注文した品が届く。
私たちは無言のまま、各々注文した飲み物に口を付ける。
エドワードは女性からモテると言うだけあって、かなりのイケメンである。
しかも、聞いた話ではあるが、かなり優秀らしく、今日も友人に彼と会うことを伝えると、「絶対にゲットしてこい」と激励の言葉をいただいた。
「先日は、助けてくれてありがとう。おかげで私の面目も保たれたよ」
助けたのは事実だが……面目は残念なことになっていた――少なくとも、私の中では。
「それで、話なんだけど僕の手伝いを――」
「お断りします」
何が悲しくて、彼の迷推理の尻拭いを手伝わなければならないのか……。
友人に言わせれば、「イケメンゲットのチャンス!」と言うのだろうけど、私にしてみれば先日の酷い推理が頭にあるせいか、あまり関わりたいと思えなかった。
「まあ……、それは追々、詰めていければと思っている。いい返事を期待しているよ」
イケメンスマイルで誘惑しようとしてくるが、そんなものが私に効果あるとでも思っているのだろうか……。
追々も何も、これ以上、近づいてこないで欲しいのだけど……。
「それはそうと、最近、学園に行っていないそうじゃないか。大丈夫なのか?」
「はい? いや、私は学園を追放になったはずですが」
「ああ、そうだったね。でも、それは『無かったこと』になったから、明日からちゃんと学校に通うようにしてね」
「んん?! どういうことですか?」
「レオルドの婚約破棄は、まあ、認められた。本人がいないからなし崩し的にだけどね。でも、『学園から出ていけ』というのは、公式なものじゃない。だから今も君は学生のままだ」
確かに、正規の通達ではなかったが、私にとってはどうでも良いことであった。
そもそも、前世の記憶を持つ私にとって、学園での勉強はあまり役に立っていなかった。
「うーん、それならそれで、やめても良かったかなと思ったんですけどね」
「それはいけない。伯爵以上の貴族は学園に通うのは義務だからね!」
「え……?! いつの間に?」
初めて聞いた話に驚いて聞き返してしまったが、エドワードはにっこりと微笑むと、詳しい説明を始めた。
「3日前からだよ。2週間前に学園を追放された君を助けたくてね。晩餐会の翌日に国王に直談判して3日で法案を通したんだ!」
失念していたが、彼は非常に優秀な公爵様なのである。
3日で通す法案なんて、普通に考えてごり押し以外の何ものでもないはずなのだが……。
「その代わりとして、僕も学園の講師をやることになっちゃってね。僕の推理力を見込んで『論理学』の講義をやることになるんだよ」
「……おめでとうございます。私は受講しないと思いますけれども、頑張ってください」
私が彼を祝福すると、焦った表情をして縋り付いてきた。
「お願いだ! 学園に戻ってきて僕の助手をして欲しいんだよ! 君の推理力があれば、安心して講義をできるんだ! もちろん、助手をしてくれたお礼に論理学の授業はA評価にしてあげるから!」
「まったく、論理学とか……。どの口が言うのやら……」
最終的にはテーブルに頭を打ち付ける勢いで下げてきた。
学園に通うのが義務になっている以上、A評価は魅力ではあるが、あまり乗り気ではなかった。
「それに……。君は僕の助手をした方が良いと思うんだ。少しでも仲良く見せておいて損はないはずだよ」
そう言って、彼は一冊の本を取り出した。
タイトルには『真実の愛は、野獣なカレシに注がれて』と書いてあった。
内容をかいつまんで説明すると、こんな感じであった。
主人公のジョセ(男)が親友だと思っていたレオ(男)に襲われた。
しかし、その時に彼から注がれた愛(意味深)によって、ジョセは真実の愛に目覚め、彼の妻となるべく女として生きようと決意する。
しかし、レオの元婚約者であるリーン(女)の嫉妬により、レオを殺されてしまう。ジョセはレオの死を乗り越えて、女として強く生きていこうと決意する。
「これは……?!」
「これは、カティア嬢が先日書いた小説なんだ。まだ1週間しか経っていないのにかなり売れているらしい」
「そんなバカな!」
私がパク――リスペクトした推理小説なんて、売れるのに1か月もかかったのに――やはり、ミステリーよりもBLの方が強いということなのだろうか。
「それで、勢いづいた彼女は、もう2作目を書いていて、これがその原稿なんだ」
私は、彼の手にある原稿をひったくるように奪い取ると、読み始めた。
内容は、強く生きていこうとしたジョセを援助するエド(男)が現れ、良い感じになったところでジョセに惹かれ始めていたリーンが今度はエドに憎悪を抱き殺そうとする、というものであった。
「名前は変えているが、エドは僕、リーンは君だと思って間違いないね。今度は君は僕を殺そうとしているらしい」
「そんなバカな?! これはフィクションでしょう?」
「フィクションでも、真に受ける人が多いのは君も知っているだろう?」
「お前が言うな!」
「まあ、それは置いておいて、これが広まってしまったら、君はまたあらぬ嫌疑をかけられてしまうかもしれない。でも、僕と君が親しい間柄だと知られるようになれば、これが事実ではないと信じてもらえるだろう? 僕も、君のためを思って助手になることを提案しているんだ。悪い話じゃないだろう?」
彼が原稿を持っている時点で、この話に彼が関わっている可能性は非常に高い。
さらに言えば、前の話も一週間と経たずに売れてるのも、この男が噛んでいる可能性が高いだろう。
こんな時ばかり有能さを発揮しないでもらいたいと、私は辟易していた。
しかし、証拠も何もないことを考えると、とりあえずは彼の提案に乗るしかなさそうであった。
「はいはい、わかりましたよ。謹んで助手の話を受けさせていただきます」
降参とばかりに両手を上げながら宣言すると、彼は満面の笑みを浮かべた。
転生令嬢アイリーンは名探偵にされそうです ~事件を解決したらイケメン公爵から溺愛されるようになりました~ ケロ王 @naonaox1126
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