第4話 真実の愛(解決編)
私の指が指し示す先にはイリーナ・アイビー男爵令嬢がいた。
犯人だと名指しされたことで、顔を青くしながら強張った表情となる。
「私が?! なんの根拠があって、そんなことを……」
「そうですね。婚約破棄をされた私とは違って、『私の代わり』として彼の婚約者となった、あなたには彼を殺す理由がない。そうですよね」
「そうです! あなたと違って、私には彼を殺す理由がありません!」
彼女の言葉を聞きながら、私はパイプをくわえて思案顔になる。
「一見するとそうでしょう。あなたは彼の婚約者となった。私の代わりとして都合のいい婚約者にね」
「……!」
「彼の『真実の愛』にとって、私が婚約者であることは都合が悪かったのです。イリーナ嬢、あなたはもう分っていますよね。彼の婚約者がハリボテだということを」
「一体どういうことだ?!」
私の言葉に先ほどまで存在感が欠片もなかったエドワードが反応する。
「言葉の通りですよ。イリーナ嬢は彼の『真実の愛』を隠すためのものだったのです」
「そんなバカな?! 彼はイリーナ嬢との『真実の愛』を知って、君と婚約破棄をしたんじゃないのか?!」
「私が婚約破棄された理由は『真実の愛』が理由です。ただ、それとイリーナ嬢のいじめを糾弾されたのは、全く別の話です」
そう、彼は私がイリーナ嬢をいじめていたという冤罪に対して「貴族に相応しくない」とは言っていたが、一度も「イリーナ嬢がかわいそうだ」というようなことは言っていなかったのである。
「そもそもの話として、『真実の愛』の相手がイリーナ嬢であれば、彼を殺害する理由はありません」
「いや、しかし……。彼は浮気をしていたのだろう?」
「それについても、彼女ははっきりと二人との浮気については、最初から知っていたと言っております。ですから、それが殺害の理由にはなりません。ですが……」
私は再びパイプをくわえて一息つくと、『都合の悪い真実』について話すことにした。
「それは……、そこのお二人が浮気相手であれば、の話です」
「どういうことだ?! 他にも浮気相手となる女性がいたとでもいうのか?」
「それに関しては……、公爵様も薄々感付いていたのでしょう? それで私たちを晩餐会に招待した。黙っていてもらうためにね」
「そうだな……。あまり、このような形で公にはしたくなかった。しかし、レオルドが殺されたとなれば、そうも言っていられないだろう?」
「そうですね。この事件は彼の『真実の愛』に触れずに真実を明らかにすることはできませんからね」
「どういうことだ?! 他の浮気相手とは誰なんだ?!」
「それは……ジョセフ様。あなたですよね? 彼の本当の浮気相手というのは」
私がジョセフ侯爵令息を指さしながら言うと、分かりやすいほどに動揺した。
「そんな……。僕は、そんなつもりじゃ……」
「まあ、あなたも被害者と言えば被害者なんでしょうけど。最初は無理矢理だったわけですしね。結局のところ、そこの執事とメイド以外は全員に殺害の動機があったということですよ。……あ、そこのポンコツは別としてね」
「……」
私の言葉に全員が押し黙ってしまった。
その沈黙を破ったのは、ポンコツことエドワード・ホームズであった。
「しかし! 仮に彼女が犯人だとして、どうやって彼を殺して密室を作り上げたというんだ?!」
「簡単なことですよ。扉と窓が施錠された状態で彼を殺し、そのまま出て行っただけです」
「しかし、その状態では外に出ることなど不可能……もしや、その扉から? しかし、鍵が開かない状態でどうやって……」
私は、説明するよりも見せる方が早いと思い、扉の前に行くと、扉の下側の板を思いっきり押した。
ガコン!
すると、扉の下の板が外れてしまった。
「馬鹿なッ! 隠し扉だと?! しかし、公爵は隠し扉は無いと言っていたではないか!」
「だからポンコツなんです。公爵はこの扉と、廊下側の扉、そして、窓だけで、それ以外の隠し扉は無いと仰ったのですよ」
「しかしッ! だからと言って、彼女が犯人だと限らないではないか!」
「そもそも、この形の犯行を行うには、彼に背後から抱き着いて、ナイフで刺す必要があるのですが……。婚約破棄された私や、破局した浮気令嬢の方々は、その状態に持っていくことすら難しいでしょう。ご家族の方もそうです。近い間柄だからこそ、距離感が必要になるのです」
そう言って、いったんパイプをくわえる。
「被害者に違和感なく背後から抱き着くことができる人間自体、ジョセフ様とイリーナ様だけなのです」
「それならば、ジョセフが犯人の可能性もあるじゃないか!」
「それはありません。彼は、浮気相手ではありますが、隠し扉の存在を知らないはずですから……」
「どうしてそんなことが言える?!」
「それは、彼が性別上は男性だからですよ。あの隠し扉を使うのは、女性を周囲の目から隠して自室に招き入れたいから使うのです。浮気相手だと知っているから隠し扉を使うだろうと思うのでしょうけど、そもそも彼は周囲から見れば仲のいい友人です」
そこまで言って私は一息ついた。
「そう、彼には隠し扉を知る必要がなかったし、教えてもらう必要もなかったのです。一方で、イリーナ嬢は私が婚約者である間にも付き合いがありました。そこで隠し扉の存在を知ったのでしょう。それに……」
「まだ何かあるのか?!」
「彼女は潔癖症なんです。普段は手袋を付けていると思っていたのですが、今日は付けていませんね。彼を殺害した際に血で汚れてしまいましたからね。そもそも、あの殺害方法を取ったのも、彼女が潔癖症だからですよ。あの方法なら血や傷口を見るのも最小限で済みますからね。しかし、それでも全く血を見ないわけではない。だから手袋に付着した血に動転してナイフを放り投げてしまったということです」
「ならば、そもそも、毒殺とかにすればよかったのではないのか?!」
「公の場ならいざ知らず、相手の家に毒を持っていくのはリスクが高いでしょう。証拠の隠滅ができなくなる可能性もありますしね」
私が、全ての真相を言い終えると、イリーナ嬢は泣き崩れた。
「ううう、あなたの代わりに私が婚約者に選ばれたときには幸せだったのに……。まさか、あのような汚らわしい人間だったなんて……。これなら遠くから憧れているだけの方がマシだった!」
そして、その言葉を聞いたジョセフも同じように泣き崩れる。
「そんなこと言うなよ! 俺も最初は嫌だった、無理矢理されたんだからな! でも、あとで気づいたんだ! 俺もあいつのことを愛しているということに、『真実の愛』に! うわぁぁぁぁん!」
この後味の悪い事件は、こうして二人の泣き声と共に幕を閉じたのであった。
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