第2話 名探偵の根拠

 自称名探偵は自信満々に私を指さしていた。


「なんでやねん!」


 私は突然の展開に、思わずツッコミを入れてしまった。


 奇しくも一週間前に冤罪で婚約破棄された私だが、今度も冤罪で殺人犯にされようとしていた。


「あら、おほほ。私が犯人だと仰りたいようですが、ちゃんと説明してくださいますか?」


 私の言葉に多少は面食らったようだが、すぐに落ち着き払うと再び私たちの前を左右に歩き出した。


「んん、まずは最初にこの事件が殺しだとわかった時、私は貴女が犯人だと確信しました」


 唐突に犯人だと確信されてキレそうになったが、私の鋼鉄の意思により耐えた。


「それから、まずは貴女が犯人である場合の動機を知るために聞き込みを行いました。その結果、あなたは一週間前に被害者から婚約破棄をされた。間違いありませんね?」


「そうですが、それが何か?」


「ええ、ええ、そうでしょう、そうでしょう。貴女は婚約破棄されたことで、被害者に恨みを抱いていたのです。それで、このタイミングで彼を殺害した。ここまではよろしいですね?」


「……」


 まったく『よろしい』要素が無いのだが、かろうじて堪える。


「まあ、いいでしょう。それで恨みを抱いた貴女が、彼をどうやって殺したか、その方法を明らかにするために、再び私は聞き込みを行いました。その結果、あなたは亡霊に殺害を依頼したのです!」


「……は?」


「この屋敷には、かつて、この家の者と婚約していた女性がおりました。しかし、その女性は婚約破棄をされ、哀しみのあまり自らの命を絶ったのです! それが、この隣の部屋です。その扉の先のね」



「……」


「殺害を依頼された亡霊は、まず、この部屋に侵入します。もちろん亡霊ですので、扉を通り抜けることなど余裕です。そして、その亡霊は彼の体に憑依して、ナイフを逆手に取って自らの心臓を! そして彼が亡くなったのち、亡霊はナイフを遠くに放り投げると、そのまま彼の体から出て、元の場所に戻ったのです」


「それって殺したの、私じゃなくて亡霊だよね?」


「いえいえ、亡霊に罪は問えませんから、必然、亡霊に依頼をしたあなたが犯人なのです!」


 推理と言うよりも、ただの罪の擦り付けに過ぎない彼の告発に、私だけでなく他の全員が茫然としていた。


「ふぅ。このポンコツ名探偵め……。アンタは、そこの隅っこでおとなしくしててちょうだい。あとは私がやるから!」


「何を! 私の完璧な推理に……」


「あぁん?! 何か文句あんの?」


 食い下がるポンコツを脇に追いやり、睨みつけて黙らせた。


「それじゃあ、まずは亡霊について伺うとしましょうか。まずはオスカー公爵。彼の言っていた話は事実ですか?」


「はい、私の父にあたる者なのですが、婚約破棄をして婚約者を死に追いやったと聞いております」


 私の質問に公爵は頷いて答えた。


「それじゃあ、次は執事のジョージさんとメイドのアンナさん。あなたたちは亡霊について何かご存じですか?」


「えーと、私は亡霊が出るという噂を聞いたことがあるくらいで……」


「私は……亡霊をこの目で見たことがあります。この部屋で……」


「具体的にお話しいただけますか?」


「私は、帰りが遅くなったお坊ちゃんのために、部屋の準備をするのですが、過去に何回か亡霊の姿を見たんです。たいていは立った姿で向こうを向いていて、扉を開けて中を見ると振り返ってくるんです。それだけでも怖くて毎回逃げてしまうんですが……」


 そこまで話して、彼女は一呼吸おいて息を呑み込んでから話をつづける。


「隣の部屋から、その扉を通り抜けて這い出てくる姿を見たことがあるんです!」


「ほう、それで?」


「そこの扉のあたりで何かが動いたような気がしたので、何かと思って近づいてみたら、亡霊が這い出てくるところで……。突然、こっちを向いたと思ったら、助けて、とすすり泣くような声が聞こえて、そのまま怖くて逃げだしてしまいました」


「ちなみに、そのことは誰かに話されました?」


「えーと、お坊ちゃんに話しました。彼の部屋ですので……」


「そして、彼は何と?」


「はい、すぐに逃げれば襲われることも無いだろうから、気にしないようにしろと仰られました。そして、自分以外の誰にも、このことを言うなとも……」


 この言葉から、私は彼が亡霊の存在について把握しているのだと考えた。


「ありがとうございます。それでは現場検証の結果について教えていただけますか?」


 私は居合わせた保安官に現場検証の内容を話すように伝え、それに従って淡々と話し始める。


「まず、被害者殺害の状況ですが、彼の所有するナイフで一突きにして殺されております。ナイフは一瞬で心臓に達し、ほぼ即死と見られております。また、被害者には若干のアルコール臭があり、泥酔していた可能性があります。それから、ナイフは指紋こそありませんでしたが、返り血の付き方から逆手に持たれており、自殺に見せかけたものと考えられます。凶器のナイフは被害者から離れた位置に落ちており、即死であった状況や泥酔していたことと合わせると自殺の可能性は限りなく低いですね」


「ちなみに、部屋の状況は?」


「はい、部屋は完全に密室となっておりました。窓も廊下側の扉も内側から施錠されておりました。使用人部屋にマスターキーはありますが、その日の夜はずっと執事のジョージが持っておりましたので使用することはできない状況でした」


「ええと、でも、ジョージさんならマスターキーで施錠できたのでは?」


「それは不可能でございます。彼はマスターキーを持ったまま、オスカー様と朝までチェスに興じていらっしゃったのです」


 二人が共犯だった可能性もあるが、そもそも彼らがレオルドを殺すつもりならば、わざわざ衆目にさらす必要もないはずである。


「それでは、遺体発見の状況について教えていただけますか?」


「まず、異常に気付かれたのはメイドのアンナですね。いつも夜食を出す時間なのに何もなかったので、心配になって被害者の部屋を訪ねたそうです。それで鍵が開かないことに気づいて、ジョージのところに行き、事情を説明して、鍵を持って3人で被害者の部屋の前に行きました。鍵を開けて中を覗き、被害者の遺体を発見しました」


「なるほど、それで他の方は、その時どうされていました?」


「他の方も、アンナの悲鳴を聞いて駆け付けたそうですね。最初にいらしたのはジョセフ様で、最後にいらしたのがイリーナ様でした」


 その話を聞いたところで、私はジョセフとイリーナの様子をうかがう。

 ジョセフは親友の死が悲しかったのか、先ほどからずっと泣いていた。

 一方のイリーナも婚約者の死にショックを隠し切れず、服の裾を両手で握っていた。

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