Witch's Strike2

 ――そして放課後。


「おんぶして」


 約束通り校舎裏にやってきた颯太に、私は両手を広げて言った。


「は?」


「いいからおんぶして」


「わ、わかった」


 困惑する表情で背中を向けてしゃがんだ颯太の背中に覆いかぶさる。

 私のももの下に腕を回して颯太が立ち上がった。まるで風太くんを彷彿とさせる直立だ。


「そのままスクワットして」


「はあ?」


「いいから早くして」


 言われるがまま颯太はスクワットを始めた。軽々と何度も膝を屈伸させる。


 ぬぬ、こやつ意外とやりおる……。もっと腰に負荷の高い運動に変えよう。


「もういいよ」


「うん。で、お願いってこれなの?」


「次はお姫様抱っこして」


「え……、ええ!?」


「早く」


「わっ、わかったよ……」


 腰を屈めた颯太が私の背中と膝の下に腕を回して持ち上げた。あっさりと。

 なんとなくバランスが悪いから颯太の首に両手を回すと颯太の顔が目の前にあった。


 私たちはジッと互いの顔を見つめ合う。でも、先に颯太が目を逸らした。

 

 ふふっ、私の勝だ。


「も、もう降ろすぞ。腕が疲れてきた」


 負けたからって負け惜しみを、器の小さい男だこと。


「じゃあ次はあそこにある土のうを向こうに運んで」


 私が指さしたその先には大雨の時に業者が置いていった土のうが山積みされていた。


「実は土のうを処分するから移動してくれって先生に頼まれていたの」と嘘を付く私。


「さっきのおんぶはなんだったんだ?」


「準備運動? いいから運んでよ」


「はいはい……」


 そして、約三十分掛けて颯太は全ての土のうを移動し終えた。

 まだ余裕が感じられる。


「じゃあ土のうを元の位置に戻して」


「なにこれ、なんかの拷問?」


「つべこべ言わないの。私の将来が掛かっているんだから」


「訳わかんねぇ。あー……腰が超いてぇ」


 颯太は腰を抑えなが背中を反らした。

 彼の額に滲む汗が太陽に光を浴びてキラリと光る。ワイシャツも汗まみれで、顔や手も土のうに付着した泥で汚れている。

 その姿に私は一気に現実に引き戻された。

 自分は一体何をやっているんだ、これじゃあただ颯太をいたずらに苦しめているだけじゃないか。

 こんなので合格しても、嬉しくなんかない。

 胸を張って自分が魔女だとは言えない。


「ごめん……」


「なんで謝るんだよ、俺はお前のお願いを聞いただけだ。感謝されても謝られる筋合いはない」そう言って颯太は苦笑した。


「うん、なんとなく……。もう帰ろ、家に帰ったら私がマッサージしてあげる」


「お、おう……」



 久しぶりに颯太と一緒に下校した私は、そのまま颯太の家に上がり込んだ。


「久しぶりにあんたの部屋入ったかも」


「あんまジロジロ見んなよ」


「なんで?」


「なんでもだ」


「さあ、マッサージするからベッドに寝っ転がってよ」


「あ、ああ……」と言いながら颯太は自分のベッドにうつ伏せに寝転んだ。


 その上に私は跨り、颯太の腰に両手を当てる。


「なんか恥ずいな」


 照れる颯太を無視して私は指に力を入れてマッサージを始める。


 そういえば颯太の体に触るのっていつ以来だろう。ずっと昔に触れたときは、もっとぷにぷにしてたのに今は筋張っていて分厚い。それに弾力があるのにたまにすごく固くなる。

 幼馴染の成長を感じながら腰を揉み続けること十分ほど、腰を押す指が痛くなってきた。


「はい終わりっと。私にもやってよ」


 颯太をベッドから転がり落としてベッドにうつ伏せになった私は、早くしろと言わんばかりに足をばたつかせる。


「なあ、お前さ……、俺のこと男だと思ってないだろ?」


 眼を閉じる私に颯太は言った。


「うーん? 染色体が違うことは理解してるよ」


「そのレベルから努力しなきゃならんのか」


「努力?」


「なんでもねーよバーカ」


「はい、バカって言ったから最低三十分はマッサージすること」


「……俺の倍以上じゃねーかよ」


 そう言いながらも颯太はマッサージしてくれた。

 施術が終わり、ベッドから起き上がった私は両手を高く上げて体を伸展させる。


「あー、身体がかるーい!」


「俺は重くなった気がする……」


「気のせいだって、さてもうすぐ夕飯だ。お腹が減ったらかーえろ」


 スクールバックを手に取った私が「つくし、床にスマホ置きっぱなしだぞ」と颯太に言われてスマホを取ろうと床に手を伸ばした、まさにそのときだった。


 グキッ。


 その一撃に全身が固まって動けなくなった。


「……?」

 

 次の瞬間、筆舌に尽くしがたい激痛が全身に駆け巡る。


「ンッ!? ッンンンンーーーーーーー!!?」


「だ、大丈夫か?」


 うずくまることもできずそのままの体勢で固まる私に颯太が声を掛ける。


「お、お願い……さわらないで……ンンンッ! お、おばあ、おばあちゃんを、呼んできて……」


「わかった!」颯太は自分の部屋から駆けだしていった。


 や、やったこれで合格だ……。たとえ偶然に起きた出来事だとしても、このチャンスを逃してはいけない。

 これで私も一人前の魔女、ふふふ……。



 颯太に呼ばれてやってきたおばあちゃんは半端な格好でうずくまる私の姿を見て「つくし、あんた何やってるんだい……」言った。


「し、試験、た、達成したよ……。これで合格でしょ?」


「はあ?」


「だって『誰でもいい』って言ってたじゃん……。なら自分でもいいんでしょ?」


 そう告げた私に祖母はひどく呆れた顔をした。


「ダメに決まってるだろ、不合格だよ」


「がーん……」


「あ、やったー!」

 

 元気な声と共に祖母の後ろから顔を覗かせたのは小学一年生の四女、カンナだった。彼女の手には颯太から借りた漫画が握られている。


「スマホを拾うとギックリ腰になる呪詛がちゃんと発動してる!」


「……え?」


「ママー、つくし姉を追い抜いたよー!」


 そう叫びながらカンナは走って行った。


「カ、カンナ? ちょっと待って、カンナ! え、えー……」


 腰を曲げたまま固まる私を祖母と、事情を知らない颯太がどこか寂し気な顔で見つめていた。



 最初に伝えたとおり、この物語は私、魔女見習いの芦屋つくしとギックリ腰の物語である。




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Witch's Strike 堂道廻 @doudoumeguru

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