Witch's Strike
堂道廻
Witch's Strike1
魔女の一撃、ギックリ腰をドイツやイタリアではそう表現するらしい。
この物語はもちろん単なるギックリ腰をテーマにした話では――、なくない。
まごうことないギックリ腰をテーマにした魔女見習いの魔法少女こと私、芦屋つくしの物語である。
「つくし、卒業試験だよ」おばあちゃんが言った。
齢十七年と三か月、ついにこの刻が来た。
「試験内容はもう知っているだろ。魔術、呪術、言霊、薬物、どんなやり方でもいい。一週間以内に誰かひとりに魔女の一撃を食らわせること、以上」
遥か昔から続いてきた一人前の魔女になるための通過儀礼、それがこの試験なのだ。
魔術でチョチョイのチョイと魔女の一撃を食らわせることが出来ればいいのだけど、そんなことが出来るは熟練の魔女か才能を持った一部の者だけ。
はっきり言ってしまえば私には魔女としての才能がない。
それでも四人姉妹の長女である私は地道に努力しながら、年下の妹たちに追い越されながらも、ついにここまできた。
長女として残された最後のプライドに掛けて、末妹にだけは追い抜かれる訳にはいかない。
確実に試験をパスするには時間は掛かるけど呪術か言霊が有効だ。
でも言霊は一週間じゃ無理、あれは月単位の時間が必要になる。
ならば直接、相手の体にスペルを刻む呪術、この方法なら今日中に仕込めばギリギリ一週間で発動するはず。
高校に登校した私は、さっそく前の席で黒板を板書する男子の腰部に向かって指を突き出した。
細かく指先を動かせてスペルを刻もうとしたところで、私の指が止まる。
ダメだ……。確か彼は野球部のエースだったはず。私のせいで試合に出られなくなったら申し訳ない。
それに直接肌に触れてない状態で呪術を仕掛けても、ちゃんと発動する確率は一割にも満たない。
今は少ない魔力を無駄にするべきではない。もっと確実な方法を考えるのよ、つくし……。
あれ、ちょっと待って。
おばあちゃんは確か「どんなやり方でもいい」って言ってたよね?
じゃあ、魔術じゃなくて物理でもいいってことだよね。
そうだよ、物理的負荷で誰かをギックリ腰にさせちゃえばいいんだ。
これなら時間はそれほど掛からないし魔術を行使するより確実だ。
後は誰を獲物にするかだけど――、私は教室を見回す。
還暦を迎えたセンセーは、一撃が致命傷になっちゃいそうだから可哀想か。
そうなると、やっぱり同級生かなぁ……、でも罪悪感を拭えないよ……。
「ねー、つくし聞いてる?」
クラスメイトの奈々子の声に我に私は返る。
いつの間にかお昼の時間になっていたようだ。
しかも、目の前のお弁当箱がしっかり空になっている。まるで食べた気がしない。
「ごめん、聞いてなかった」
「いつも以上にボンヤリしてるねー」
「なんの話でだっけ?」
「あんたの颯太くん、またコクられたらしーよ」と奈々子は机に頬杖を付いてストローを咥えた。
「へー、そうなんだ。ていうか私のじゃないし付き合ってないしただの隣人だし」
「ただの隣人ねー、向こうはそう思ってないっぽいけどねー」
「はい? ていうか颯太ってなんだモテるのかな? 別にフツーじゃない? 名前もレッサーパンダみたいだし」
それは風太だろと奈々子は私に手の甲を向けて振った。
「ってかナツい、幼稚園のとき見に行ったわ。いやいや、そんなことよりさ、あんたのフツーって颯太くんが基準なだけでしょ。背は高いし運動も勉強もできるし、しかも性格が良い。あれが普通なら世の中の男はほとんどナメクジよ」
「ふーん? 言われてみればそうなのかな?」
「ああ、神さま、幼馴染に恵まれたこのクソ女に天罰を与え給え」
「天罰なんて奈々子はオカルト好きだなー」
「お、噂をすれば登場だ」
教室に入ってきた颯太は私を見つけると、真っ直ぐ私の元にやってきた。
「つくし、この前に貸した漫画だけどさ。弟が読みたいって言ってるから読み終わってたら返してもらっていいか?」
「あー、アレね。いまカンナが読んでるから読み終わったら返しに行かせる」
「そか、わかった」
あー、こいつでいいじゃん。颯太なら罪悪感ないし。
「あ、颯太まって」
私の声に踵を返しかけた颯太が振り返る。
「なに?」
「手伝ってほしいことがあるんだけど」
「別にいいけど、何を手伝うの?」
「それはまだ内緒、あんたの力を見込んでのお願いってことだけ教えてあげる」
小首を傾げて「よく分からないけど、いいよ」と言った颯太に私は、「じゃあ、今日の放課後、校舎裏で待っているから」と言った。
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