トリのトリ雄

いととふゆ

トリのトリ雄

 月に一回、小さな劇場で行われている若手芸人中心のお笑いライブ。

 なんと今日、俺、「トリ」が初めてトリを務めることになったのだ。

 

 安いスーツを着て、顔を白塗りする。ネットで購入した警官みたいな帽子、一日かけて頑張って作った段ボールの羽を両腕に、くちばしを口に装着し、スケッチブックを抱え、いざ、舞台へ!!

 

「こんにちは! ピンでやってますが『トリ』です。本日、トリ雄がトリを務めさせていただきます! よろしくお願いします!」(敬礼のポーズ)

 客席から頼りないまばらな拍手が聞こえてくる。いつものことだと気にせずにネタを始める。

 スケッチブックの表紙をめくり、黒マジックで大きく【トリあえず】と書かれたページを見せる。

「わたくし、警部補トリ雄は上空から間違った『トリあえず』の使い方をする人間を発見しました。断じてゆるしません!」

「まず!」

 ページをめくる。

「初めて来た居酒屋で、席に案内されるやいなや、メニューを見ずに『とりあえず、はちみつハニートースト』と言う人間!」

 バイトから帰ったあとに徹夜して描いた自信作のイラストだ。

「飲まないの!? 居酒屋に来て、『とりあえず』頼むもんじゃないでしょ! ってか、居酒屋にはちみつハニートーストあるとは限らないから! 一か八かで『とりあえず』使わないで! あったとしたら、店員さんが『あれ? うちのはちみつハニートースト、いつの間にかバズってた?」って勘違いしちゃうから!」

 両腕(羽)をばたつかせる。

「トリ締まります!」

 くちばしでスケッチブックのイラストをつつく。

「次!」

 ページをめくる。

「合コンでいい感じにおしゃべりをしてたのに、終盤で『とりあえず、年収教えてください』と聞く人間! 今までの会話なんだったの!? それしか頭になかったんでしょ! 『とりあえず』って言うなら、手っトリ早く自己紹介タイムの前に聞いておけ! 教えないけどな! トリ締まります!」

 ……

 ……

 ……

(【トリあえず】のネタが続く)

 

「これからも上空から間違った人間を発見したらトリ締まります! どうも、ありがとうございました」(敬礼のポーズ)


 お客さんの力強い拍手と笑顔。仲間の芸人たちも舞台袖から拍手してくれている。

 大爆笑……とはいかなかったが、ところどころ笑い声が聞こえてきた。

 今までで一番手応えがあった。これからもトリを飾れるのでは?

 そしていつかはピン芸人グランプリで優勝を……!!


 ライブが終わり、お客さんを見送ったあと、メイクを落として私服に着替える。

 さて、お客さんの意見はどうだろうか。回収したアンケートの束を手に取り、「トリ雄」の欄を見ると……。


〈とりあえずスベってた〉

〈とりあえず衣装どうにかしろ〉

〈とりあえず絵が下手〉

〈とりあえずがんばれ〉


 …………。

 正しい「とりあえず」の使い方……か?

 人間は手ごわい。トリあえず、トリはまだ早かったようだ……。

(完)


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

トリのトリ雄 いととふゆ @ito-fuyu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ