話はもちろん哲学だけでも面白い
- ★★★ Excellent!!!
初めてレビューを書きますが, 読者の価値観にある程度影響を及ぼせそうという意味で新興宗教の説話だと言われたら信じそうなレベルだと認識しています. 最新話まで一気に読んでしまいました. (なぜ他の作品だとレビューを書いたことがないかというときっと平均よりずっと長くなるので時間がかかるという理由だったのですが, この話の場合レビューを書くと自分の思考も整理されるという理由で書くことにしました.)
本文の引用などをしているのでネタバレのフラグをつけています.
Web小説の流行りに沿って転生?のフォーマットに沿った始まり方ですが, 箱庭に外部からキャラクターを入れるというよりは死んだ主人公が蘇るに近い感じがありますね. 精神的な死が主人公由来の価値観の導入によって回避されるような形?
主人公は明らかに年齢にそぐわない言動をするのですが, そもそも神官自体が神官になると神によって信仰に関連した知識を『刷り込み』によって強制的に植え付けられる, という設定があるので何も違和感がないのも興味深いですね. 転生なんてなくてももともとあれだけ大量の知識を叩き込まれるなら違和感を感じる人間がいないというのはそれはそうだなとなりました.
こうした転生ものでは神様が話の導入のための舞台装置として出て終わることがままありますが, この話は主人公が神官であり, 信仰が中心なので神様はキャラクターの一つです. ただ人間と同じようなキャラクターではなくてあくまで超常の存在であり, 会話っぽいものは少ないですね. 物語への関与は多いのですが夢見とか主人公が死なずにすむとかそいう形での関与なのでキャラクターとして出てくる神様としてはかなり慎ましい関与な気がします. 主人公がよく信仰する神を「しみったれた母」と呼びますがまさしくそんな感じですね.
神への侮辱に激怒する信徒というのはわかりやすいキャラ付けですが, この作品の場合主人公がある種の神への侮辱を述べているのが信仰の形として面白いですね. 「こいつは超自然の存在だ。虫けらの俺に、こいつの考えや思惑は理解できない。」というような言及が何度かあり, 侮辱が意味のあるような対象だと思ってないのかもしれません. 同じ神の信徒に対して信じるものの程度が低ければ神の程度もしれたもの, といって激怒させるような描写もあるのでこれは一部の限られた信徒だけの観念っぽいですが. 舞台は砂漠の中の都市のようですし, ああいう厳しい環境のもとでは神の能力に対してもある種の諦念を抱くのはメタにはありそうな信仰ですね.
神官の王道の設定として主人公もヒーラー, 癒者としての超常的な能力を振るうのですが, 治療できる対象に対してはしっかり制限があるのが興味深いですね. いわゆるチートとして設定するのであれば何でもかんでも魔法を使うと治る, みたいなかたちになりますが, 四肢の欠損は主人公より高位の神官でなければ信仰に基づく力だけではどうしようもないし, 先天的側湾症のようなものは治らないし, 癌(という名前の現実世界とは別の病ですが)も治らないようです. こうした事態に対して主人公は転生由来の外科的知識を用いて補うわけですが, じゃあ外科知識を振るって人々の尊敬を得ようという話かというとそういうわけではないのがまた面白いところです.癌に対する振る舞いは転生っぽい感じも有りますが, 作者の方の経験が投影されているのかもしれませんね.
「俺の力は全て借り物だ。自身に基礎基盤を置かない力ほど儚いものはない。」という言及に見られるように信仰由来の能力と自身の能力を区別して理解しており, これがいわゆる「超常的能力を持ちながら驕らない主人公」という像を自然に作り上げているのも面白い構成だと思います. 実際信仰に背けば力を失うようなのでその意味でもその認識に自然さが与えらています. この超常的能力は借り物の力であるという認識が, 教義の実践に外科的知識などの自身の能力を振るうことの起因になっているようにみられ, 行動のすべてが常に教義に基づいたものであるというのは一貫性があって良いですね. 「俺が一つの能力だけに頼るアホだと思われちゃ困る。ここに今、アスクラピアの真の『癒す手』を顕現させるのだ。」というあたりや「しみったれた母の手から離れ、一人前の男になる。斯くして俺はその一歩を踏み締める。」という言及がありますがこれも信仰に基づいた能力と自身の能力を分けて認識していることの現れのように感じました.
ところどころ経典の引用風味のやつがあるのですが, これが話とちゃんと関連しているのも良かったですね. 個人的には
◇◇
我が子よ。
時間は有限である。
想像される危機は、いつか確実に起こり得る困難である。
時間ある内に備えよ!
必要なら名誉も財産も擲ってしまえ!!
困難を乗り切ったとき。
それらは後から付いて来るだろう。
《アスクラピア》の言葉より。
◇◇
というのがなかなかうなずける主張だったのでこれを結びとして終わりにしたいと思います.