とりあえず○○○[KAC20246]

夏目 漱一郎

第1話開発秘話

「もうこんな時間か…」

会社の実験ルームの壁に掛かった時計の針は、長針と短針が揃って真上を向いていた…もうすぐ日付が変わる。


私の勤めている会社は酒造会社で、この度、10年続いた我が社の生ビールをモデルチェンジさせようという企画が上がり社運を懸けての新しいタイプの生ビールの開発に私、中村巧なかむらたくみ率いる『中村チーム』が開発を任される事になった。


ビールの開発は難しい。なにしろ、今のままでもウチのビールはそこそこ評判がいい。だから、開発して変に味を変えてしまうと必ず『なんだよ、前の方が美味かった』なんて言い出す消費者がでてくるし、かといって今迄のままでは新し物好きの消費者に乗り換えられて今まで守ってきたシェアをライバル会社に奪われてしまう可能性がある。我が社のアイデンティティは残しながらも新鮮さをアピール出来る…そんな絶妙なバランスが今回のビール開発には必要だ。


♢♢♢


一年間で一番ビールが消費されるのは、夏だ。だから、新生ビールの開発は梅雨の6月までには必ず完成させなければならない。我々『中村チーム』のビール開発は最終段階を迎え、無作為に選んだ一般消費者のを待つ状態になっていた。『目隠しテスト』とは、文字通りテスターに目隠しをしてもらい新開発のビールと他社のビールを飲み比べてもらって、何パーセントの消費者が新開発ビールを選ぶかというテストだ。このテストで、65パーセント以上の消費者がウチの新開発ビールを選んでくれたなら今回のミッションは終了だ。私は結果を知らせる部下からの電話を首を長くして待っていた。

すると程なくして、私がいる実験ルームの電話が鳴り響いた。

『中村さん。やりました!テスト結果は75パーセントでした!』

「そうか!そんなに良かったのか!」


梅雨が終わる前ギリギリでわが社の新生ビールは完成した。7月発表直後の売れ行きもまずまずで、商品名生ビールはわが社の看板商品となった。



♢♢♢



「それじゃあ、我が『中村チーム』のスーパーフライ開発成功を祝ってカンパーイ!」

「カンパーイ!」

社内で開発の苦労を共に分かち合った『中村チーム』のメンバーを集めて新ビール開発成功のささやかな祝賀会を馴染みの居酒屋で開催した。本当は貸切にしたかった所だが、お店に迷惑はかけられないので空いてるテーブルを予約しての会になった。

「いやあ~やっぱり美味いですね!新しいスーパーフライは!」

「そうだろう、そうだろう。このを出すのにずいぶんと苦労したんだよ!」

「解りますよ!中村さん、苦労してましたもんね~」

「解ってくれるか、田中~」

そんな感じで和気あいあいと気持ち良く飲んでいたところに、どこかの大学生のグループが入ってきたんだが…


「すいませ~ん、!」

ぬぁあにいいぃぃぃっ!とりあえずビールだとおおおぉぉっ!

「おい、お前らっ!とりあえずってなんだ、とりあえずって!」

「な、なんですかアンタ達は!」

「おれはこのビールの開発者だ!お前、俺達がこのビール作るのにどんだけ苦労したと思ってるんだ!それをとりあえずだとおおおぉぉっ!」

「だって居酒屋来たら普通言うだろ。って?」

「この野郎!またとりあえずって言ったな!」

「中村さん、止めて下さい!ここで揉めるのはヤバイですって」

「田中!お前は悔しくないのか!あんな事言われて!」

「あのオジサン達何熱くなってんだか…」

ゴクッゴクッ・・・

「おい、そこのお前はそんなスポーツドリンクみたいにゴクゴク飲んでるんじゃね~よっ!もっと飲めってんだよ!」

「中村さん!タモリはうちのビールじゃないから!」

「誰だよ、中村さんにこんなに飲ませたのは…」

「よっぽどストレスが溜まってたんだな…」


FIN



 

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