【KAC20246】ははよ、ははよ

サカモト

ははよ、ははよ

「しくじったり!」

 朝、母の魂しいのこもった叫びで、目が覚めた。スマホのアラームが鳴る、二分前だった。二度寝するには、シャープな残り時間だったので、起きてリビングへ向かった。途中、廊下で朝ごはんをガッツいている、我が家の黒毛の愛猫に、おはようさん、と、あいさつした。今朝は、茹でたササミを食べている。ちなみに、わたしのあいさつは、むしされた。

 リビングに着くと、母は、台所でわたしが学校へ持ってゆくお弁当を用意している最中だった。母のつくるのは、つねに、おにぎりを主戦力とお弁当。ただ、テーブルの上に置かれていた弁当箱は空だった。

 母は冷蔵庫の扉をあけたまま、固まっている。

 どうしたの、と、聞く前に、振り返り、母は言う。

「具がねぇ!」

「ねぇ?」

「忘れた」

「なにを」

「おにぎりに入れる具、買い忘れた」

 それで、朝からあんな腹から出した声で、叫びを。

そして、おにぎりの具が、ないのか。

「そっか」

 とだけ、わたし。毎日、お弁当を作ってもらっている立場の身としては、具のないおにぎりに対して、発言権はないと思っている所存。

「いいにゃ!」すると、母は吠えて目を細めた。「絶望するには、まだ、はやい!」

 張り切ってるなあ、母。そう思い、わたしは「こちらは、ひとまず、学校へゆく準備をさせていだきます」と、伝えた。その後で「そうだ、おはよう、はは」

 と、あさのあいさつ。

 母も「おはよう、むすめ」と、返してくる。

 そして、わたしは学校へ行く準備を開始し、終了する。

 リビングへ戻ると、お弁当箱はすでに布に包まれていた。

 母は言う。

「とりあえず、できた」

「具なしおにぎり?」

「いいえ、あなたの一番好きなやつを入れた」

「お金?」

「正解」

「わーお」

 と、かわいた歓喜を放って、朝ごはんを食らう。

「つーか、トリ」

 母はそう言い直した。

 直後、足元を愛猫が通り過ぎる。さっき食べたササミの味を反芻するように、ぺろり、と舌をまわりつつ。

 トリ、もしかして。うちで猫用に買い置きしている、あのササミを、なんらかの調味料であえたのかな。いやはや、だとしたら、おにぎりの具として、ササミがどんなパフォーマンスを発揮するのは、見ものではある。

 ありがたや、と、一礼いつつ、お弁当を持って、学校へ。

 午前中の授業をこなし、昼食休憩に。

 お弁当箱をあける。お金は入ってなかった。いつものように、おにぎりが入っている。

 箸で、つかんで、ふが、っと食べる。

 ああ、なにかは入ってる、でも、噛みきれない、なんなだ。

 見ると、おにぎりの中に小さな透明なビニール袋が入っていた。鳥の絵が見える。

 指先で袋をとりだしてみる。中身は小さく折り込まれた一万円札で、見えていた鳥は、印刷された鳳凰の絵の部分だった。

 手紙も織り込まれ添えてある、そこにはこう書かれていた。

『これで好きな具を買って入れるべし』

 いや、食っとる最中に、それを言われても、母よ。

 あと、混入金額も、一万円は、どデカイって、母よ。

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