第3話
「いらっしゃいませ!」
一瞬、ここは露店か何かか、と間違えるような元気な声が聞こえてきた。
久遠はものめずらしそうにあたりを見渡している。しかし銀河は慣れた足取りで、店番のもとへと向かった。
「こんばんは!こっ、今夜はお泊りですか?」
客の接待に慣れていないのか、店番は頬を赤らめている。
(・・・そういえば、昨日もこの人だったな。・・・新しく入ってきた人だろうか。)
銀河は、ここ最近ずっとこの宿に泊まっていたので、ここの常連でもあった。
「はい。今日は二人です。明日の早朝に旅立つ予定です。」
「・・・わかりました。・・・あの、」
店番は視線を銀河の目元に向けた。
「前から気になっていたんですけど・・・その仮面は?」
銀河は、ああ、という風に目元につけた仮面に触れた。たしかこれは、あからさまに王族とばれてしまう自分の目を隠すために、逃げ出した後急いで作ったものだ。
しかし、真相を話すわけにはいかない・・・同じく前から気になっていたのであろう、久遠の興味津々といった視線が痛かった。
「えっと・・・実は、先日身内が亡くなって・・・、この仮面は喪に服すために着けたものなんです。本当は黒い服を着たかったんですが、銭が足りなかったので、仕方なくこれを・・・。」
店番は、大げさなほど同情した表情を見せた。
「そうですか・・・。それは大変でしたね。さあ、今日はゆっくり休んでください。
ちょうど、お風呂も沸いたところみたいですし。」
「ありがとうございます。あっ・・・代金を。」
店番はとんでもない、という風に首をふった。
「そういう事情がありましたのなら、代金は要りません。」
旅人は驚いて銭を探った手をとめた。
「えっ・・・、でも。」
驚き動きを止めている二人は、その後連行され、気づくと部屋の中にいた。
連れて行かれた先の部屋で、2人は顔を見合わせた。・・・多分、同じことを考えているのであろう。
(・・・申し訳ないことしちゃったなぁ。)
仮面の嘘は自分の身分を隠すためについたのであって、銭をまけてもらおうと思って言ったわけではないのだが・・・、まさかタダで泊まれてしまうとは。
そんな思考を破ったのは、久遠の不安げな声だった。
「・・・兄ちゃんも、周りで人が死んだの?」
銀河は一瞬、言われた意味が分からず言葉に詰まった。
(・・・そうだ。久遠は両親が亡くなっていたんだったな。)
「・・・いや、仮面の話は全部嘘だよ。」
それを聞いた久遠の肩から、力が抜けたのが分かった。
「・・・なんだ、よかった。・・・そういえば、喪に服すって、どういう意味なの?」
「あぁ、この地域では、身内が死んだりすると、黒いものを身に着ける習慣があるんだ。それを”喪に服す”っていうらしい。」
銀河がつけている仮面は、黒色の狐をイメージしたものだ。なぜ黒色にしたかは分からないが、その点、昔の自分に感謝しておく。
「・・・そうなんだ。地域ごとに、全然習慣が違うんだね。」
久遠は言葉をつづけようとしたが、大きなあくびにかき消された。
「・・・もう時刻も遅いな。久遠、風呂に入ってくるか?」
「うん、そうするよ。兄ちゃんは?」
「・・・そうだな。少し休んでから、行くよ。」
久遠はうなずくと、腰をあげた。
銀河は久遠が部屋を出るのを見届けると、笠をわきに置き、ベッドに横になった。窓から時々吹いてくる隙間風が、心地よかった。
カーテンが揺れるのを見ながら、銀河は久々に、自分の家族のことを思った。
(姉さんたちは、どうしているだろうか。)
全然性格はちがったけれど、仲が良かった、3人の姉。
(・・・でも、きっともう、会うことはない。)
銀河は、しずかに寝返りをうった。
久遠は風呂からあがった後、さっぱりとした気分で、廊下を歩いていた。
しかし、頭の中では、あの旅人のことが浮かんでいる。
(・・・不思議な人だな。)
その時、向こう側から人が歩いてくるのが見えた。一瞬、銀河かと思ったが、背丈が違うようだ。その客は久遠と通り過ぎる際、驚いたような表情で、久遠の目を見て行った。久遠は、また昔の感情が蘇ったようで、胸が苦しくなるのを感じた。
まだ心に重いものを載せたまま、銀河がいる部屋のドアを開く。部屋の中を見渡したが、銀河はいなかった。右のベッドには、ぽつんと笠が置かれている。
久遠は左のベッドまで歩いて行く際、窓を横目で眺めた。窓から入る月の光が、とてもまぶしかった。久遠は倒れこむようにベッドに横になると、静かに眠りに吸い込まれていった。
久遠は、鼻をくすぐるような匂いに、目を覚ました。
(・・・あれ?)
ここは、どこだろう。窓からは、いつのまにか朝日の光が差し込んでいる。
少し体を持ち上げて、向こう側を見ると、ベッド越しに誰かの背中が見えた。
(・・・そうだ。昨日、銀河に拾われたんだ。)
久遠は記憶を取り戻してから、銀河のもとへと歩いて行った。
「・・・兄ちゃん。」
銀河は振り返ると、口元だけで微笑んだ。
「久遠、おはよう。」
荷物をまとめていたらしい。銀河のものであろう、薬草や本がその辺に並べられている。
「もう出発するの?おれはもう大丈夫だよ。」
久遠はそれらの荷物を眺めてから、意気込んでそう言ったものの、銀河はよし、とは言わなかった。
「出発する前に、大切なことがある。」
「・・・?」
銀河は、お腹をぽんとさわった。
「朝食だ。」
それに呼応するように、久遠のお腹がぐう、と鳴った。
露草色の逃亡録 純粋なこんぶ。 @zack0724
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