第6話 終焉
しばらくの時が過ぎ、村の基準で言うとソフィアは成人……結婚の話がチラホラと持ち掛けられるようになる年になった。
こんな小さな村だ。同じくらいの年の男なんて全員顔見知り。幼いころからこっそりと魔法の勉強をしているソフィアにとってみたら、皆一様につまらない男ばかりだった。
ソフィアは今日も適当に仕事を終わらせると、こっそりと村を抜け出して魔女の家に向かう。
その道中、親から言われた結婚について考え、小さくため息をついた。
結婚相手として名前が挙がっているのは革職人の息子であるダン。ソフィアとは年が近く、小さい頃は一緒に遊んでいた。
別にダンの事が嫌いなわけじゃない。だけど、彼と結婚するのは嫌だった。
ダンは、良くも悪くも村の平均的な男だ。都会への憧れはあるだろうが、村から出ていくほどでもなく、小さい頃は少しやんちゃな遊びもしたが、親のいう事は良く聞き、今は親の家業を継ぐために必死に修行をしている。
まさにパーフェクト。石を投げれば当たるくらい平均的な村の男、それがダン。
そんな男に嫁いだらどうなってしまうのか。
もちろん、ダンはソフィアにも”村の平均的な女”を求めるだろう。
結婚して、子どもを産んで、子育てと家事をして……。
再びため息をつく。
こんな退屈な村で、生涯を終えたくはない。知ってしまったから……魔女の家で、この村の外には大きな世界があるのだと知ってしまった時から、ソフィアの心は、村の外にあった。
しかし困ったことに、村から出たことの無いソフィアに、村の外で生きていく方法が全くわからなかった。
魔法という超常の力を学びながらも、ソフィアの肉体はこのちっぽけな村に囚われていたのだ。
なんとなく落ち込んだ気分で魔女の家に向かうソフィア。そんな彼女の肩に、パタパタと飛んできた小鳥型のゴレムが止まった。ゴレムは、まるで落ち込んでいるソフィアを励ますかのように、その小さな体を彼女の頬にすり寄せてくる。
「……ふふっ、慰めてくれるの?」
ソフィアが指で優しくゴレムの頭をなでると、小鳥型のゴレムは気持ちよさそうに目を細めるのだった。
やはり、魔女の魔法は桁違いだ。
最近、特にソフィアはそう実感していた。
魔法を学べば学ぶほど。魔力の操作を理解すればするほどに、魔女の作るゴレムが、どれだけ常識外れな魔法であるのかと思い知らされる。
火や風を操るのとはわけが違う。ゼロから生命を創るが如き所業。今の小鳥型のゴレムも、色がピンク色であることを除けば普通の鳥と見分けがつかない。
魔女の作るゴレムにあこがれて、書籍を読み、自分でゴレムを作ってみたこともある。
結果から言えば、ゴレム制作の魔法自体は成功した。しかしそれは、粘土で作ったお粗末な人形が、コアに刻まれた簡単な命令をこなすだけの代物だった。ソフィアのゴレムを見て、魔女は「へえ、一発で成功したのかい。やるねぇ」と一応褒めてくれたのだが、ソフィアはゴレムの出来栄えに愕然とした。
(これが成功?だとしたら師匠のゴレムって……)
ソフィアは魔女から魔法の手ほどきを受けたことが無い。唯一教えてもらったのは、初歩的な魔女の秘薬の作り方だけ……。
わかっている。自分は正式に弟子入りしたわけじゃない。勝手に魔女を師匠と呼んで慕っているだけ。魔女がそれを許してくれているから、その曖昧な関係に甘えているだけなのだ。
正式に弟子入りを申し込むことも考えなかったわけじゃない。
ただ、怖かった。
ちゃんと言葉にすることで、もし断られてしまった時に、この心地の良い曖昧な関係までなくなってしまう事が怖かったのだ。
「あれ?珍しい……師匠が留守なんて」
魔女の家に着くと、珍しく魔女は不在だった。この家に通うようになってしばらくたつが、生活に必要なことをすべてゴレムに任せている引きこもり体質な魔女が家にいなかったことは、数えるほどしかない。
どうせすぐに帰ってくるだろうと、ソフィアはいつものように本棚から適当な本を取り、定位置の椅子に座って読書を始めた。必要なことはすべて本に書いてある……それが魔女の言葉だ。
どうやら本を読んでいる途中に少し眠ってしまったらしい。最近夜遅くまで魔法の練習をしていたから、疲れが溜まっていたのだろう。
大きなあくびを一つ。起き上がると、何か違和感に気が付く。いつもは忙しく動き回っているゴレムが一体も見当たらない。家の中が静かすぎるのだ。
胸騒ぎを覚えて魔女の家から飛び出す。シンと不気味に静まり返った森。ゴレムどころか生き物の気配が全くしない。気が付くと、ソフィアは村に向かって走り出していた。空気が重い……絶対に普通じゃない、何か良くないことが起こっている。
突然、ビリビリと大気を震わせるような咆哮が森全体に響き渡る。今まで聞いたこともないような音……それは系統でいうと肉食獣の唸り声に近いのだろうか?しかし、森に棲んでいる狼などとは比べ物にならない邪悪さを含んでいるその声は、なんと村の方角から聞こえてきた。
走る
走る
走る
息も切れ切れに村にたどり着いた時、彼女の目に映ったのは煌々と燃え上がる村の建物。悲鳴を上げて逃げ惑う村人たち……そして……。
村の中心部に存在する異形のもの……伝説上の存在、緑色の鱗を持った巨大なドラゴンがそこにいた。
気高さすら感じさせる圧倒的なオーラ。新緑の鱗が炎を反射して幻想的に輝いている。
咆哮。
ただの鳴き声ですら現実的な圧力を持ってソフィアを圧倒する。ギョロリとドラゴンの目が動き、その視線がソフィアをとらえた。気のせいだろうか?一瞬ドラゴンが獲物を見つけた肉食獣のような獰猛な笑みを浮かべたように感じた。
ガタガタと全身が震える。勝手に涙が流れ出た。魔女から譲り受けた魔法の触媒を持ってはいるが、それを使おうとすら思えないほどの……生物としての格の違い。ソフィアは初めて知った。本当の強者に相対した時は、逃げようという気すら起こらないのだと。
「あっ……あ……」
恐怖のあまり気を失いかけたその時。背後から聞き覚えのある女性の声。
「さがっていなクソガキ……出来るだけ遠くに逃げるんだ」
「し、師匠……」
珍しく真剣な表情をした辺境の魔女が、短く息を吐きだしてドラゴンの方向へ歩いていく。
いくら師匠でも無理だ。殺されてしまう……。魔女を止めようとするソフィアだったが、あまりの緊張状態で満足に声も出せなかった。
「ドラゴンか……実物を見るのは100年ぶりくらいかね」
そう言って魔女はパチンと指を鳴らす。すると森の中からピンク色の毛をした動物たち……多種多様な姿をした無数のゴレムが魔女の元へ終結する。そして空からはソフィアも見たことが無い、ワイバーンを模したゴレムが数匹降り立った。大きさはドラゴンに比べると小さいが、それでも人が数人乗れそうなほどの大きさの飛行型ゴレムが数体……これが魔女の隠し玉だろうか?
飛行型ゴレムに飛び乗った魔女は、チラリと背後を振り返ってソフィアに向かって叫ぶ。
「ドラゴン相手じゃあアタシも勝敗は五分五分だ……巻き込まない自信は無い!早く逃げな!!」
そう言って魔女はドラゴンに向かって飛び立った。魔女に追従するように、姿形も様々なゴレムたちがドラゴンに向かっていく。
そこから先の事はあまり覚えていない。
ドラゴンの吐き出す炎のブレスと魔女の行使する魔法が交差し、平和だった村は焼き尽くされる。村人たちが無事か確かめもせず、ソフィアは必死に逃げ出した。
今まで練習してきた魔法なんて何の役にも立たない。あまりにもレベルの違う戦いに、ソフィアは訳も分からず涙を流す。
ただ、死にたくなくて逃げた。
どこへ向かっているのかもわからず走りに走ったその先にたどり着いたのは、魔女の家だった。
毎日のように通ったこの道を、無意識のうちにたどっていたのだろう。
乱れる呼吸を整えて、ソフィアは来た道を振り返る。
遠くで、ドラゴンの咆哮が聞こえたような気がした。
ドラグーンウィッチ 武田コウ @ruku13
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