第5話 触媒
「薪に術式を掘っただけの簡易触媒で魔法が発動したぁ!?うっそだぁ」
魔女に報告すると、彼女は想像していた以上の驚きを見せた。読んでいた本を床に落としてしまったほどだ。
「ウソじゃないよししょー!わたし、本当に風の魔法が出せたんだよ!」
興奮した様子で報告するソフィアに、魔女は少し考えこむような表情を見せた。いつになく真剣な表情をした魔女を見て、ソフィアは少し不安になる。
もしかして自分はいけないことをしてしまったのだろうか?
師匠師匠と呼んで慕ってはいるものの、ソフィアは魔女の正式な弟子というわけではない。
もしかすると、魔女の世界には厳しいルールがあって、許可のないものは魔法を使ってはいけないのかも……。
そんな事を考えていると、魔女がゆっくりと目線をソフィアに合わせた。
「もし本当に魔法が使えたんなら……ちゃんとした触媒が必要かもね」
魔女は立ち上がると、なにやら物置をごそごそとあさり、木製の短い杖を取り出した。
見るからに年季の入ったその杖は、持ち手に向かって太くなっており、一番太い部分に3つの円形の窪みが彫られていた。
「これはアタシのお古だけどね。なかなか質の良いマジックワンドさ」
「マジック……ワンド?」
「そう、つまりは魔法の触媒」
そう言って魔女はソフィアにワンドを渡した。ワンドはその大きさの割にはズシリと重い。これが魔法の触媒……じっくりと観察すると、ソフィアはあることに気が付く。
「ししょー……これ、術式が刻まれてないみたい」
魔法の触媒には必須な筈の魔法術式。しかし、ソフィアが持つワンドには術式が刻まれている様子が無かった。
魔女はニヤリと笑うとソフィアに手を出すようにと声をかける。ワンドを持っていない左手を差し出すと、その掌に銀色に鈍く輝くコインを数枚握らせた。
「銀で作ったコインに術式を刻んである。術式の内容は”風””火””水”の三枚だ。お前に渡したワンドに窪みがあるだろ?そこにコインが嵌められるようになっている。使いたい魔法の数だけ触媒を用意するのは手間だからね。こうやって術式の付け替えができる触媒が魔女のスタンダードなのさ」
なるほど。ソフィアは納得して受け取ったコインを見る。術式の付替えが可能というのは実に理にかなっている。コインであれば持ち運びも楽だし、銀は魔力伝導も優れていると聞く。
「ありがとうししょー……一生大切にするよ!!」
そう言ってソフィアは魔女に抱きつく。魔女は「暑苦しいわクソガキ!」と罵声を言いながら、それでもソフィアの頭をポンポンとやさしく叩いてくれた。
「クソガキ、魔法を練習するときはアタシの家の近くでやりな。魔法が使えることが他の村人にバレたら面倒だろう?」
魔女の言葉にソフィアはうなずく。
正直、他の村人に自慢したい気持ちはあった。しかし、”辺境の魔女”を過剰に恐れている村人たちの姿勢を見るに、下手なことは言わない方がいいのだろうと、なんとなく察していたのだ。
ソフィアはちらりと魔女を見上げ、おずおずと質問する。
「ししょーが……魔法を教えてくれたりしないの?」
ソフィアの問に、魔女はフンと鼻を鳴らした。
「本を読みな。必要なことは全部書いてある……どっちみち、自分で試行錯誤できないやつに伸びしろはないさ」
「……わかった」
しぶしぶソフィアはうなずく。
「でも一つだけ、ししょーはなんで触媒も魔法術式もなしに魔法が使えるの?」
魔法の行使に絶対必要なはずの触媒と術式。本にはそれがなくても魔法が使えるなんて書いていなかった。
魔女はニヒルな笑みを浮かべる。
「アタシ自身が触媒であり術式なのさ」
「……ちょっと理解できないよ」
「当たり前だ。アタシがこの領域にたどり着くまでにどれだけの時間をかけたと思ってる?お前はまだその段階じゃねーんだよ」
そう言うと魔女はニッコリと微笑む。
「何はともあれ、ようこそソフィア。お前は今日から魔女だ」
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