第4話 季節はめぐる

 冷たい風が吹き抜ける。

 ソフィアはぶるりと身を震わせると、自分に与えられた仕事である薪割りを早めに終わらせようと気合を入れて斧を握りしめた。

 少し大きくなったソフィアに与えられる仕事は、水汲みだけではなくなった。

 薪割りに洗濯炊事。大きくなればそれだけ仕事も多く与えられる。

 同世代の男の子たちは皆畑で手伝いをしている。小さな辺境の村に、余らせておく労働力などないのだから。

 最近は忙しくて魔女の家に行く頻度が減ってしまった。

 大きく斧を振り上げ、重力を利用して振り下ろす。薪割りのカンっという乾いた音を聞きながら、先日読んだ本の内容を思い返す。

 たくさんの本を読んだおかげか、以前に比べていろいろな事が理解できるようになってきた。

 最近読んでいるのは魔法理論の入門書。魔力というエネルギーの存在。そして魔法を行使するための理論……構築術式と呼ばれるものを学んでいる。

 ”学んでいる”とは言っても、魔女が何か教えてくれるわけでは無い。彼女が教えてくれたのは、大鍋での調薬を教えてくれた1回だけだ。

 勝手に弟子を名乗っているが、それは魔女の優しさに甘えているだけなのだろう。

 軽く首を横に振ってネガティブな感情を振り払う。

 早く仕事を片付けて魔女の家に行きたい。無心で手を動かして仕事を片付けていく。脳内では先日読んだ本の内容を復習する。

 魔法の行使には、魔法に応じた触媒が必要だ。長く生きた樹木、黄金や宝石などの貴金属など、魔力伝導の優れた素材に構築術式を刻み込む。そして構築術式に魔力を流し込めば、術式に沿った魔法が発動するという寸法だ。

 正しい知識と正しい手順。

 ソフィアは大量の本を読み、知識は身につけてきた。魔女の家にある大鍋も、何度か使わせてもらい、いくつかの簡単な秘薬なら調合することもできるようになった。

 だけど魔法の行使はまだやったことがない。

 どれだけ本を読んでも”魔力を流す”という事がどういうことなのか、さっぱりわからないのだ。

 一度魔女に聞いたことがあるのだが

「あぁ、魔力の操作ね。ありゃあ感覚的なもんだ。才能が10割……教えてどうにかなるようなもんでもないよ」

 才能……。

 本に書いていた事が本当なら、魔法を行使できるのは女性のみだという(もっとも、これまで魔法の才能に気が付いた男性がいなかったというだけかもしれないが)。ソフィアの性別は幸いにも女……ソフィアは割り終えた薪の一つに斧で覚えたばかりの術式を刻む。ゆっくり、正確に、丁寧に。

 本来なら木製の触媒に用いるのは、それこそ神樹などと呼ばれるような、魔力を帯びた樹木を加工したものだ。こんな薪で代用できるようなものではない……。

 しかし、ソフィアは思い出していた。かつて魔女が触媒も無しに火の魔法を行使していた事を。

 いままで読んだ本に、触媒が無くてもいいなんて書いては無かった。しかし、実際に魔女は触媒なしで魔法を行使して見せた。

 そこから導き出される答えは、「触媒とは魔法を行使しやすくする補助ツールであって必須なものではない」という事だ。

 もちろん、触媒なしでの魔法が相当高度な技術であることは理解できている。だが、神樹だの貴金属だのは、こんな辺境では手に入らない。

 術式を掘り終えた薪を見た。割れた木片に斧で傷をつけただけの不格好な触媒。刻みつけた術式は”風”。

 ひたと目を閉じる。

 魔力の操作なんてわからない。だからただ集中する。先ほど刻み込んだ術式を手でなぞる。ザラザラとした固い木の感触。暗記するほどに読み込んだ魔法術式の本の内容を頭で繰り返す。

 だんだんと現実感が薄くなっていく。思考の深みへと、自分の内部へと潜り込み、暗闇の中を進む。

 何かが聞こえた気がした。

 懐かしいような、恐ろしいような……そんな……。

『×××』

 目の前に一匹の黒竜がいる。

 見上げるほどの巨体。艶やかで硬質な鱗。知性を帯びた瞳。

 彼はソフィアを見下ろすと、その巨大なアギトをカパリと開けて咆哮する。

 大気をビリビリと震わせる咆哮。それに呼応するかのように、ソフィアの体の奥から、何か熱いものがこみ上げてきた。

 カッと目を見開く。

 握りしめた粗末な触媒に、体から何かが流れ込んでいくのを感じる。

(……来る)

 次の瞬間、薪の触媒が強く発光して砕け散り、そこを起点として突風が巻き起こった。

 強烈な風に吹き飛ばされ、ソフィアは地面を転げる。

 風に舞い上げられた砂埃を吸い込んでしまい、ゴホゴホとしばらくせき込んだ。

 目線を上げる。先ほどソフィアが積み上げていた薪は強風によって吹き飛ばされ、このあと自分で拾い集めなくてはならないと考えると少しげんなりする。

 しかし……。

「……できた……わたしが……魔法」

 胸の奥から湧き上がる喜びの感覚。ソフィアはぎゅっと拳を握りしめた。

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