第3話 ロマジータの花

「ししょー!ロマジータの花、たくさん摘んできたよ!」

 ソフィアは背負った籠いっぱいに詰め込まれたロマジータの花を魔女に見せて得意げに笑う。彼女の肩には、魔女が万一のボディーガードにとソフィアに与えたウサギ型のゴレムがちょこんと乗っている。

 フワリと甘く香る純白の花。魔女曰く、ロマジータの花には月の魔力が満ちており、秘薬の原料になるらしい。

「ご苦労。籠ごと大鍋の隣に置いといて」

 魔女はチラリとソフィアを見ると、適当な労いの言葉をかけて再び読書に戻った。

 この家に通うようになってしばらく立つが、この魔女は家事のほとんどをゴレムに任せているようで、自分は定位置の椅子に腰かけて読書をしているか、気まぐれに大鍋で何かを煮詰めている姿しか見たことがない。

 当然、魔法などソフィアに教えてくれるわけが無く、本棚の本は自由に読んでいいという事なので、ソフィアは難しそうな本の中から、何とか読めそうな本を厳選して魔女の隣で読書をするのが日課になっていた。

 飽きもせず毎日通うソフィアに少し興味を持ったのか、最近はこうしてゴレムとともに素材回収のお使いを頼まれることもある。

 魔女に言われた通り、籠を大鍋の隣に置いたソフィアは、いつものように本棚から自分の読めそうな本を吟味する。

 最初は全く意味がわからなかった本も、別の本を読むことで意味がわかってくるから不思議なものだ。

 たっぷり時間をかけて本を選んだソフィアは、魔女の隣の椅子に腰かけると読書を始める。

 そんなソフィアをチラリと横目で見ると、魔女はポツリと呟いた。

「しかし、こんなクソガキでも文字が読めるとはね」

「どういうこと?文字なら大長老が教えてくれるから、村の子供たちはみんな読めるよ?」

「それがどれだけ恵まれていることか……あの村から出たことのないお前にはわからないだろうね。しかしそうかい、あの坊やは今でもしっかり村人を導いているんだね」

「坊や?」

「なんでもないさ……しかしクソガキ、お前少し見ない間に難しい本を読むようになったね。その本に書いている事が理解できるのかい?」

「全部はわからないけど……」

 ソフィアの言葉に、魔女は「ふむ」と何かを考えるように顎に指をあてる。

 やがて小さく頷いた魔女は、読みかけの本をパタンと閉じて立ち上がりソフィアに向き直った。

「今からお前が摘んできた花を使って秘薬をつくるけど……一緒にやるかい?」

「……いいの?」

「二度は言わないよ」

「やる!やりますししょー!!」

 魔女からの初めての提案に、ソフィアはパッと表情を明るくした。

「いいかい、魔女の秘薬なんて大層な名前がついているが、それは一般人に説明する時に使うただのざっくりとした通り名だ。栄養を補給する時に使う栄養剤から、どんな傷をも一瞬のうちに直す本物の秘薬まで……魔女以外の一般人にとっては皆”魔女の秘薬”なのさ」

 そう説明しながら魔女は大鍋に井戸から組んできた真水を注ぎ、パチンと指を鳴らして火をつける。

「今回作るのはどんな秘薬なの?」

「ただの栄養剤から始めよう……とは言っても、市場に持っていけば一瓶で銀貨数枚にはなる貴重品さ。夜のお供に愛用している貴族もいるらしい」

 夜のお供?というのはわからなかったが、基本的な薬だからといって侮るな、ということを言いたいらしい。

 ソフィアは魔女からの初めての講義に、真剣に耳を傾ける。

「いいかクソガキ。調薬ってのはすべての魔法の基本だ。魔女ってのは歴史を辿っていくと薬師にたどり着く。どの薬草がどんな効能を持っているのかを知り、正しい手順で調薬する。すべての魔法の基本は正しい知識と正しい手順だ」

 いくつかの薬草、はちみつをじっくりと煮込み、色が茶色になったタイミングでロマジータの花を適量加える。

「……キレイ」

 今までくすんだ灰色だった薬は、ロマジータの花を煮詰めることで美しい琥珀色に変化した。

 魔女は火を消して鍋を少しかき混ぜ、粗熱を取ると、お玉でいくつかの小瓶に移し替えた。コルクで蓋をして、そのうちの一つをソフィアに渡す。

「お使いの報酬だ、もっときな。数年は劣化せずに置いておけるだろうよ」

「わぁ……ありがとうししょー!」

「お前を弟子に取った覚えはないよ……まあ、花集めを手伝うんだったらこの大鍋は好きに使っていい。ちゃんと後片付けはしなよ」

 そう言って魔女は小さく笑ったのだった。

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