第2話 辺境の魔女

「ししょー!書いてることが全くわかりません!」

 元気よくそう言ったソフィアに、辺境の魔女は思い切り顔をしかめた。

「うるせぇクソガキ!アタシはオメェを弟子にとった覚えはねぇんだよ」

 そう言いながらも魔女はソフィアのもとに歩み寄り、読んでいた本をヒョイと取り上げてパラパラとめくった。

「わからないのも当たり前だ。コイツは上位魔法書。ペーペーの素人が読んでもただの文字の羅列だよ」

 そう言って魔女は本棚から一冊の小さな本を取り出してソフィアに放り投げた。

「魔女が子供に読み聞かせる絵本だ。クソガキはこれでも読んでな」

「これを読んだら魔法が使えるようになるの?」

「そんなわけねーだろクソガキ。絵本だっつーの」

「わたし、魔法が学びたいのだけれど……」

「弟子でもねーガキに教えるほど、アタシはお人よしじゃないのさ」

 そう言って辺境の魔女はふかふかのソファーに腰かけると、何やら難しそうな本を読み始めた。

 ソフィアがぶーぶーと文句を言うが、魔女は知らん顔。

「まったく、困ったおししょーさんだよ」

 そう言いながら、どこか嬉しそうな表情で絵本をめくるソフィア。

 彼女が辺境の魔女の家に通うようになってからしばらくたった(水汲みの合間に周囲の人間には内緒でこっそりと遊びに来ている)が、魔女は鬱陶しそうな表情を浮かべるものの、ソフィアを追い出す様子も危害を加える様子もない。

 村の大人たちから聞いていた冷酷非道な”辺境の魔女”とは大きく印象が違っていた。

 魔女の家には村には無いようなワクワクするものがたくさんある。

 ソフィアの背丈よりも大きな本棚には、見たこともないような魔導書がぎっしりと並べられているし、名前も知らないピンク色の毛をした、姿かたちも様々な動物たち(魔女は彼らを”ゴレム”と呼んでいた)が頻繁に出入りしている。

 魔女曰く、ゴレムたちは希少素材で作った人形を魔法で動かしているだけで、厳密には生物ではないとのことだったが……。

 一匹の小鳥型のゴレムが、ソフィアが絵本を広げている机に飛び乗ってきた。クリクリの目を大きく広げて「何をしているの?」とでも言いたげに首をかしげ、ソフィアを見上げる。

 ソフィアは少し笑って小鳥型ゴレムの小さな頭を、指先でそっと撫でた。ゴレムは気持ちよさそうに目を細める。

 これが非生物だなんて信じられない。魔法というものはソフィアが今まで培ってきた常識では測れない技術のようだ。

 時々やってくる小鳥型ゴレムと戯れながら、魔女から勧められた絵本を読む進める。大きくてカラフルな絵と、わかりやすい文章で綴られたその物語は遥か昔に滅んだという、竜と共に生きる一族と魔女たちとの長い戦の物語だった。

 魔女を不浄のものとして魔女の集落に攻め込んできた”竜に乗る一族”と魔女の戦は10年にも及んだという。

 絵本には、竜の一族がいかに野蛮で卑劣であったか、そして魔女たちがいかに勇敢に戦い、その一族を滅ぼしたかが書いてあった。

 本の挿絵に描かれているのは、曲がりくねった木の杖を持ち、天地を揺るがす大魔法を行使する魔女の姿……。

 本から視線を上げ、チラリと辺境の魔女を盗み見る。

 思い返してみると、ソフィアが師匠と呼ぶこの魔女が魔法を使っている姿を見たことが無い。大鍋で怪しい薬を作るところも、ほうきで空を飛ぶ姿も見たことがないし、何なら魔法の杖を持っているところも見たことがない。彼女は毎日定位置の椅子に座って難しい顔をして本を読んだり、書き物をしたりしているだけだった。

 この小屋で魔法と呼べるようなものは、周囲をせっせと動き回っているピンク色の小動物たち……ゴレム達だけだ。

「ししょーって魔女なんだよね?」

 ソフィアの問いに、魔女は視線を本に下ろしたまま面倒くさそうな声音で返答する。

「あぁん?どう見ても魔女だろうが」

「でもわたし、ししょーが魔法使ってるとこ見たことない!」

「はぁ?何言ってんだい。魔法ならいつも見てるじゃないか」

 そう言って魔女がそのすらりとして手をヒラリと持ち上げる。すると開いた窓から一匹の小鳥型ゴレムがパタパタと飛んできて魔女の手のひらに乗った。

「こいつらはそこいらの魔女には真似できない高度な魔法さ」

 高度な魔法……。

 確かに今魔女の手に乗っている小鳥型のゴレムは、生き物にしか見えない動きをしている。

 聞けば、ゴレムの体を形成するほとんどは土だという。

 ただの土塊から生命を生み出す奇跡。これを魔法と言わずして何というだろう。

 しかし、ソフィアは手に持った本に描かれた挿絵に視線を落とす。

 木の杖から火や雷の大魔法を放ち、凶悪なドラゴンと戦う魔女の挿絵……。

「ししょーは火とか出せないの?」

 ソフィアの問いに、魔女は呆れたようにため息をつくと、パチンと大きく指を鳴らす。

 すると彼女の指先から一筋の光のようなものが生み出され、暖炉に向かって伸びていく。

 次の瞬間、火の消えていた暖炉に煌々と炎が燃え盛った。

「……ししょー、火が出せたんだ」

「火なんか大した魔法じゃないよ。魔女じゃない一般人でも火を扱うことができるんだからね。見栄えがいいだけだ。構築術式はいたってシンプルだよ」

 魔女の言葉に、ソフィアはキラキラと目を輝かせる。

「わたしにも出せるかな?」

「火打石でも叩いてなクソガキ」

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